第七話「おばちゃん、酔っ払いと出会う」
目の前にずらりと並ぶ肉料理。温かな湯気が立ち上り、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
とろりとしたあの脂身は、口に入れば一瞬で溶けて口内に広がるだろう。
それはもともとの目当てであり、待望の初めての買い物、になるはずだった。
「むぅ、困ったな」
目線は肉料理から、斜め前に座る幼子……ではなかったな。青年に向かう。
青年――ヴァレリオは、キラキラとした顔でこちらを見ながら、肉料理を切り分けて私の目の前に置いてくれる。
「どうぞ、師匠」
どうやら、私にも弟子ができたらしい。
(まいった。私は弟子がとれるほどの実力ではないのだが……勝てたのは、長く生きているだけであるし)
少しばかりヴァレリオたちより長生きしているだけ。
ヴァレリオが自身と同じだけ生きたならば、確実に自分は負けていただろう。
彼は間違いなく、天才と呼ばれる存在だ。
「……ありがとう」
ひとまず、礼を言ってから、焼いた肉の塊を口にする――美味い。
たくさんの味があるというよりは、まさしく素材の味を活かしている。最低限の味付けと絶妙な焼き加減。
「美味い」
「だろぉ? うちの奴ら(冒険者)が狩ってすぐちゃんと処理してるからな。肉の鮮度が落ちねえんだ」
思わずつぶやくと、ギルバートが自慢気に語る。ヴァレリオがその隣で苦笑した。
「あの人に叩き込まれましたからね。素材の価値を下げない方法として」
「あー、あいつは料理に関わることには、昔から厳しくてなぁ。
まっおかげで俺達はこうしてうまい肉にありつけるんだがな!」
「ほほお?」
中々に興味深い話だ。
依頼として魔物や動物を狩っても、ただ狩るだけよりしっかり処理した方が評価が上がり、報酬も増えるそうだ。
冒険者ギルドにはそういうことを学べる講座も用意されていて、ヴァレリオはそこで徹底的に叩き込まれた、とやや遠い目をしていった。――相当に厳しかったらしい。
(ヴァレリオほどの子がこのような顔をするとは……その教官、只者ではないな)
「あ、師匠! この煮込み料理も美味しいですよ」
ヴァレリオがまた料理を差し出してくれる。目の前で湯気を立てるその煮込み料理はたしかに美味そうだ。
美味そうだが……。
「むぅ。その、師匠というのは止めてくれないか?」
そこがどうしても引っかかる。自分は弟子をとれるような身分ではない。
「君に勝てたのは、私が君より長く生きてきたからだ。君が私と同じだけ生きたなら、間違いなく、負けたのは私だったろう」
それは、核心持って言えることだった。
しかしヴァレリオは、真剣な顔で言い切る。
「でも、俺は負けました」
淡々と事実を告げられると、そのこと自体は否定できず……私はまた「うーむ。そうなのだが」と唸る。
と、ギルバートが「がはは」とまた笑った。
「まぁまぁ、いいじゃねーか。細かいことはよ。今は食おうぜ」
「む? ……たしかにそうだな」
考え事しながら食べるのは、食べ物にも失礼だ。
よし。今は食べよう!
「勝負に勝ったことだし、思う存分に二人に奢るぞ。好きなだけ食べるといい」
胸を張って言うと、ヴァレリオが少し不思議そうな顔をした。
「はい、師匠! ですが……勝ったほうが奢るって、なんだか不思議ですね」
「がはは! それが、なんでもレン婆さんはお金を使ったことがねーんだとよ。だから使いたいんだと。
最初は俺が奢ろうと思ってたんだがなぁ」
「え? お金を使ったことがないって、今までどうやって生活されてきたんですか?」
きょとんとした赤い目がこちらに向いたので「そうなのだ」と頷く。
「たくさんもらったことはあるが使ったことはなくてな。私は硬貨の細かい作りが気に入ったが、里には硬貨に興味のないものも多いから、共通の交換対象とならんのだ」
竜人族が共通で価値あるものとしているのは、魔力塊くらいだろうか。
何か必要なものがあれば互いに恵み合う。貸し借りにすることもあるが……誰も渡したものと同程度が返ってこなくても気にはしない。
渡すという選択を取ったのは、自分自身だから。
という、自分たちの風習をなんとか伝えてみる。ヴァレリオは真剣に聞き、ギルバートは興味深そうにした。
「へぇ? つまり、貨幣制度はおろか、経済なんて考え方そのものがねーのかよ」
「それは……なんというか。俺には少し想像が難しいですね」
「むう。説明も難しいな。私たちにとっては当たり前過ぎて……まぁ、私たちの数が少ないからできることではあると思うぞ。
君たちほどの数と多種多様な種族がいては、何か共通の価値あるものがあった方が便利だろう」
私が人の子たちの感覚を完全に理解できないように、彼らにも私たちの感覚は分かりにくいだろう。
しかし、二人とも驚きつつも「そういうものか」と、受け入れているようだった。
(そういえば、ラー坊が言っていたか。リンドベルは他種族に慣れている、と)
話を聞いた時は、それは過ごしやすそうだなと単純に思っていたが、きっとこういうことなのだろう。
悪くない。
「がはは! まぁ、あんたみたいなのがごろごろいる世界なんざ、なかなか面白そうだけどな」
「む? そうか? 私たちが多かったら……そうだな。しょっちゅう地形が変わってしまい、他種族に多大な迷惑かけているだろうなぁ」
しみじみとつぶやく。
今は数が少ないから争いも少ないが、多くなれば互いに本気の喧嘩になる可能性もある。
実際、
「ここから西の湖も、昔は陸地だったんだがな。私が子供の頃に大きな音がしたと思ったら、湖になっていたぞ」
「……少ないことにも意味があるんですね」
ヴァレリオが、ごくりとつばを飲み込むように言った。
「はいっおまたせいたしましたー! スレイト鳥の唐揚げでーす」
と、妙な空気になりかけた時、これまた香ばしいものが運ばれてきた。
ギルバートが「お?」と目を輝かせた。
「これだよこれ。ビールのあてに最高なんだぜ」
「ほほお? どれどれ」
一口食べると、サクッとした衣にはややピリ辛の味付けされている。そして中に包まれた肉は……ほろりとほつれ、じゅわりと肉汁と旨味が溢れてくる。
「これはっ! たしかに酒が進むな」
「だろうだろう? ほらよ、もっと飲めよ、レン婆さん」
「……む? どうした、ヴァレリオ。君も飲むといい。私のおごりだ」
ギルバートと再びガツンっと酒の入った器をぶつけ合ってから、ふと見れば、ヴァレリオの酒が減ってない。
遠慮しているのだろうか?
「え、いや、その……俺。酒は最近控えてて」
ヴァレリオはぎくりと体を震わせた。しかし、彼の赤い目はじっと酒を見ている。
「まぁまぁ、今日ばかりは解禁しろよ。お前の師匠がすすめてくれてるんだぜ? 師匠の酒が飲めないのか?」
「うっ……ぐぐ」
何やらおかしなやり取りになっている。
「む? いや、無理に飲めとは――」
止めようと口を開いた時、ヴァレリオが酒の器を手に取り、一気に飲み干した。
「師匠っ! お酒、ありがとうございます!」
「む? いや、構わないが……いやいや、そもそも師匠ではなくてだな」
「もう一杯いかせてもらいます! 師匠!」
やたらと元気に? なったヴァレリオは、目だけでなく顔も真っ赤にしながら、酒のおかわりを頼んでいた。別にそれは構わない。
構わない。構わないのだが。
「うん? あ、ああ、いくらでも飲んで構わないが……君、なにか様子が変だぞ」
目つきが明らかにおかしい。頭もふらついている。魔力酔いの症状に近そうだが、ここにはそんな酔いを引き起こすような魔力濃度のモノは、ないはずだが。
はて?
「がはははは! いいぞ! もっと飲め飲め」
ギルバートはヴァレリオをさらに囃し立て、ヴァレリオはまた追加注文していた。
そして……そして……すごかった。
後日、ヴァレリオが叫んでいた。
「俺、もう二度と酒飲みません」
「む? そうか? なかなか良かったぞ。君のあの大声の歌――」
「それ以上言うのは止めて下さい、師匠!」
酒とは、酔うものらしいと知った。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第七話「おばちゃん、酔っ払いと出会う」完




