第六話「おばちゃん、鱗を焦がす?」
黒い鉄を纏い、長い武器――たしか槍と言うんだったか――を持った子供がこちらを見てくる。
最初に見かけた時からは想像しにくいほど、鋭い瞳でこちらを見てくるのを、微笑ましいなと思いながら見つめる。
こんな風に自分に挑んでくる里の子どもたちの相手を良くしたものだ。
いや、子供と言っても、目の前の子……ヴァレリオは、人の子達の中では成人しているそうだ。
(人の子の年齢の見分け方はよく分からんなぁ)
若いと思っていたギルバートは、人の子で言うと私と似たような中年らしいので、難しい。
逆に言うと、彼らにとっても私たち竜人族の年齢は分からないということだろうが。
などと考えていたら、ヴァレリオがぐっと腰を落とした。
その瞬間、彼の中にある炎が全身に駆け巡り、その肉体の能力を最大限まで引き上げるのが分かる。
見た目上は赤い炎と黒い影が槍にまとわりついていた。
その魔力は、とても好ましい。
人の子たちの魔力は、とても不思議な色をしている。
様々な魔力が混じり混ざったグレーがかった色。
火属性が強ければ若干赤みがかり、土属性が強ければ茶色がかる。
人の子たちは、私たちと違ってなにかに特化した属性の持ち主は多くないようだ。
だが、目の前のヴァレリオは違う。彼の魔力は私たち竜人族のものに似ている。
赤と黒のハッキリとした色合いが2種類見える。――それもまた、『私』に近くて親近感が湧く。
(ふむ。なかなか良い色をしている。体にも馴染んでいるようであるし……。
このギルド一の実力者、とギルバートが言うだけはあるな)
頷いてから、はてどうしたものか、と首を傾げる。――何を勝利条件にすべきだろう。
手加減をすれば、ヴァレリオなら死にはしないだろう。それにすぐ癒やせば良い。
しかし、
(あの纏っている金属……む? あれはなんというのだったか。えーっと……たしか……よろい。そうだ。ヨロイだ!)
手加減しても、ヨロイは間違いなく壊れるだろう。
その昔から、私たち竜人族でも耐えうる武具を作り出そうと挑戦した者たちは多くいるが、出来たという話は長老からも聞いたことはない。
ヨロイを壊してしまえば、自分には直せない。人の子は、武器や防具に愛着を持つと聞いたことがある。
修理代金を払えばいいというものではないだろう。
(まいった。何も考えずに勝負を受けるのではなかったか)
悔いたが、今更しょうがないので解決策を考える。
とにかく、こちら側から攻撃しないのであればいいのだ。
「む? そうだな。
……よし、勝負内容を決めよう」
私がそう言うと、構えていたヴァレリオと、審判として見ていたギルバートが怪訝そうにした。
「内容って……どういうことですか?」
「勝負だぜ? 勝つか負けるか。ソレ以外にねーだろ」
頷き返す。
「そうだ。勝つか負けるかだ。
ヴァレリオが私の鱗を一枚でも剥がせたら、そちらの勝ちでどうだろうか?」
ヴァレリオの魔力の質を見るに、不可能ではない……はずだ。我ながら、際どい、いいところを示せたと思う。
うむうむ、と満足気に頷くと、ビュンっと空気が震えた。
目の前にヴァレリオの槍があり、こてんと首を傾げる。
「っ! それは、俺への侮辱ですかっ?」
目の前のヴァレリオは、眉を吊り上げていた。魔力の濃度も上がっている。
「……何っ?」
驚く。
なぜか分からないが、怒らせてしまったらしい。私は何かを間違えたらしいが、それが何なのか分からない。
困ったなと身を縮めると、「がはは」と豪快な笑い声が響いた。
「がはは! なるほどな……そうか。そういうレベルかよ。
いいぜ。その条件でやろうぜ」
ギルバートが頷いたことで、ヴァレリオは信じられないという顔で彼を見た。
「ギルバートさんっ? 俺は――」
「……侮られていると思うなら、全力で行け。それで実力を見せりゃあ良い。
安心しろ。
その人相手に手加減なんか不要だ。グラーゴの旦那と同じだからな」
不満げだったヴァレリオだが、グラーゴの名前に目を見張り、やがて納得したようだった。
随分とグラーゴはこの街に浸透しているらしい。
「グラーゴ様の……ということは、竜人……なるほど。そうでしたか。
失礼いたしました」
態度が変わる様子に、一体全体グラーゴはこの街で何をしたのかと疑問に思う。もしくは竜人族というものに、過剰な何かを抱いてそうな気がする。
(竜人族など、長く生きているだけの引きこもりなのだがなぁ)
世界は広いと言うのに、ずっと私は狭い世界で生きていたのだと、この数日で痛感していた。
肩をすくめつつ、右手を出して袖をめくる。
そして、普段は見えなくしている硬質な光を宿した茶色と緑混じりの鱗を浮き上がらせると、二人は息を呑んだ。
「うむ。こうした方が分かりやすいだろう?
私はここから動かん。この右手も動かさん。君の好きなように動くと良い。
時間は……設けたほうが良いのか?」
時間の感覚が人とズレていると、リアナから教わったので聞いてみる。私としては十年このままでも良いが、きっと彼らにとっては長いだろう。
どれだけの時間を条件にすれば良いのか、私にはさっぱり分からなかった。
すると、ギルバートが「そうだな。……ヴァレリオが諦めるまで、でどうだ?」と提案した。
ぎゅっとやりを握り直したヴァレリオもそれで頷いたので、私も頷く。
「よしっ。じゃあ……はじめ!」
ギルバートが鋭く言い終わるやいなや、白い石床を蹴ったヴァレリオが槍をまっすぐに突き出してきた。
空気が熱を帯び、影がその熱を槍の穂先に固め、圧縮する。
(ほお。影もそこまで操るか)
闇属性の影は、中々にクセが有る。私も一応使えはするが、ここまでの制御はできない。
友人の闇の竜人族にこの話をしたら、きっと喜ぶだろう。中々、闇属性を操る者は少ない。
キィンッ!
甲高い音を風が運ぶ。バサバサと服が揺れ、右手がほんのり温かくなる。
どこからか舞い落ちてきた葉が彼の槍に触れ、ジュッと音を立てて焼失した。
「ちぃっ、今ので駄目か」
「ひゅーっ。さすが神話の竜人様だぜ。びくともしてねえな」
ヴァレリオが舌打ちしながらすぐに下がり、ギルバートが口笛を吹く。
「……神話?」
「しかも無自覚……いや。当人たちからすりゃ、そんなもんか」
首を傾げると、ギルバートは肩をすくめた。だが、説明してくれる素振りはない。
ちょっと気になったが、今は勝負中だ。
ヴァレリオに目を向ける。
「しかし、すごいな。その年で影をそこまで操るとは……。だが、まだ圧縮が甘いな。
もっと一点にまとめてみると良い」
微笑んで声をかける。ヴァレリオは頷き、赤い目を細め、深く呼吸をした。
再び槍の先に魔力が集まる。その密度は先程以上で、感心する。助言を受けたからといって、こんなにもすぐに実行に移すなど、普通はできない。
それも、影だけでなく火も操っているのだ。2つを同時に操る難しさは、私もそうであるからよく理解している。
(私も土と風を自在に操るまで随分とかかったものだ)
しみじみしている間に、ヴァレリオがまた踏み込んだ。
カキィンッ!
少しの衝撃。遅れて少しの熱。
だが今度はソレだけでは終わらず、ヴァレリオはその場に留まると、何度も槍を突き出してきた。
一枚の鱗の根本を、正確に突く。
一撃では難しいと判断し、連続で攻撃を加えることにしたらしい。ますます感心する。
一つの戦法に固執せずに柔軟に対応する。言葉にすれば簡単だが、これが難しい。
里で、何人もの幼子に教えてきたが、こんなにもすぐに頭を切り替えてきた者はいない。
何度も、何度も同じ動作を繰り返す。その動きは正確で、ズレはない。
次第に、腕の一点が熱を帯びてくるのが分かる。
「ほほお……?」
「……っ!」
感心の声を出すが、ヴァレリオの表情は険しい。その眉間には汗が浮かび、唇は強く引き結ばれている。
あとは――時間と彼の集中力の勝負だった。
「おいおい……まじかよ。こんなに――」
ギルバートが唾と言葉を飲み込むのが聞こえた。何を言おうとしていたのだろう。
やがて、ヴァレリオが動きを止め、膝をついた。
「はぁはぁ……参りました」
悔しげに。それでいてどこか晴れやかにヴァレリオは負けを認めた。
うむ、と頷く。
「いや、力押しでくるのかと思っていたが、良い手だった。惜しかったな」
そっと鱗を撫でる。ヴァレリオが槍を突き出していた鱗だけ、明らかに熱を持っていた。根本もカサついている。あともう少しで剥がれそうだ。
軽く手に力を込めて、その鱗を剥がしてヴァレリオに差し出す。
「ほら、見てみると良い。この根本。見事に君の炎が届いていたぞ」
いい勝負だったと笑いかける。
ヴァレリオは鱗を震える手で受け取って、鱗をじっと見下ろしていた。
そうして顔を上げたヴァレリオの赤い目は、何か決意を固めたようだった。
「レン様! 俺を……俺を、弟子にして下さい!」
「……む?」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第六話「おばちゃん、鱗を焦がす?」完




