第五話「おばちゃん、肉料理までたどり着かず」
白い雲。
そこに突き刺さるように街の北部にそびえ立つ巨木。
人の子たちは、この木を『結界樹』と呼んでいるそうだ。
私の目からすれば、大きく育ちすぎた『ただの木』だった。この地域によく生えている種だ。
たしかに本来ならばここまでデカくはならない。しかし時折、変異種でこのようなサイズになったのを見たことがある。
そのため、あまり気にしてはいなかった。
しかし、リアナの話を聞いてから改めて観察すると、色々と気づきがあった。
「ふむ。やはり若いな。
だが、若いからこそ『げぇと』……『だんぞん』の力を吸収できたのか」
そしてこの木が余分な力を吸収していたために、『だんぞん』の暴走が防げていた。
見上げた先、雲の切れ間から覗いた枝葉の先が黒ずんでいるのが見え、少し眉間に皺を寄せる。
「侵食に耐えられなかったか」
結界樹からかすかに感じる『異界』の気配にため息を吐く。
――申し訳ありません、レン様。私たちは、なんという過ちを……。
脳裏には、今の人から『古代人』と呼ばれるようになった隣人の、最後の姿が浮かぶ。
まるで昨日の出来事のように思い出せるが、多くの者にとってそれは『古代』の出来事なのだ。
「むぅ。……私は、おばあちゃんだったのか……」
今までは自分のことを『おばちゃん』だと思っていたが、どうやら多くの者にとっては『おばあちゃん』らしい。
今度からはそう名乗るべきだろうか?
そんなことを考えながら、再び足を動かす。
(それはさておき、何か食べたいな)
今日は、冒険者ギルドを訪ねてみようと思っていた。冒険者ギルドの雰囲気や、ギルド内で解放されている食堂の料理も美味しいと聞いたので、それを味わいたい。――特に肉料理が絶品らしい。
懐で、りんりん、と鈴貨が鳴る。
「ふふん。今の私はちゃんと『りる』硬貨を持っているからな。次こそちゃんと店で食事をしてみせるぞ」
わくわくしながら、結界樹の根元に佇む、ゴツゴツした建物の門をくぐった。
建物は、土魔法で強固に固められており、居心地が良い。
中は面積としては広々としていたが、人が多く存在しているため、狭くも感じた。
金属や革を身にまとった人の子たち。
似たような青い服を身に着けた人の子たち。
それらとはまた違う雰囲気の人の子たちが、いる。
金属や革をまとっているのは、おそらく冒険者たちだろう。
各々、様々な武器を持っており、体内魔力の濃度が他の者達より濃い。戦闘に長けた者たちだ。
どこか火の竜人族に似た荒々しい雰囲気のものが多い。
同じような青い衣服を身に纏っているのは、おそらくギルドの職員たちだろう。
魔力濃度はまちまちで、戦闘員と非戦闘員とがいるようだ。
それ以外の者たちは、自分と同じような客らしい。何か困りごとを依頼したり、素材の買取に来たりしているのが聞こえてくる会話で伺える。
ちなみにどんな依頼があるのかと、掲示板を見に行こうとした。
「おいおい。お嬢ちゃんが、こんなところに何の用だ?」
見上げると、鉄をまとった若者がこちらを見下ろしていた。
焦げ茶の硬そうな短髪に青い目。左目には黒い眼帯をつけているが、右目は明らかに自分を見ていた。
はて、と頭を傾ける。
「もしや……お嬢ちゃんとは、私のことか?」
違うだろうと思いつつも、あまりにもまっすぐに自分を見ていたので確認する。
この年で自分に向かって『お嬢ちゃん』などと言ってくれたと勘違いするのは、中々に恥ずかしい。
若者は、「他に誰がいんだよ」と怪訝そうにした。
驚く。
「なんと! 本当に私のことか!」
お嬢ちゃんなどと呼ばれたのは、何万年前の話だろうか。
感動すら覚えた。
が、待てと記憶をたどる。
「いや? 里の長たちには、呼ばれたか」
年長者からすればいつまでたっても若者は若者。
グラーゴが成人しようと私にとって「ラー坊」であるように、私もあの人達には「レンちゃん」と呼ばれる。なので、そう昔のことでもない気がした。
「む、しかしどちらにせよ。そんな風に呼ばれると私もまだまだいけると嬉しくなるな。
ありがとう」
お世辞だろうが、若者の声に悪意は感じられなかった。なので素直に受け取り礼を述べる。
若者は青い瞳をまばたかせてから、「がはは」と大きな声で笑った。
「妙な気配感じて来てみりゃ、おもしれーお嬢ちゃんだな。
あんた、かなりつえーだろ? どうだ? 冒険者になってみねーか?
今こっちは人手不足でな。歓迎するぜ」
予想外の提案に驚くが、心も惹かれた。
「ほほお。冒険者か。私のような旅人でもなれるのか?」
「おうっ全然問題ねーよ。
依頼に関してはどの街でも受けられる。
ダンジョンに関しては街所属って縛りはあるが……、リンドベル(うち)には、もうないしな。
何より身分証明書になる。旅をするにも便利だぜ?」
身分証明書。
それは街に入る時に門で求められたものだ。持っている者は手続きが比較的簡単に通過していたが、持っていない自分は中々の時間を消費した。たしかにあると便利そうだ。
(リアナが言うには、冒険者ギルドは大きな街には大抵あるそうだしな)
元々終の棲家を探しに里をでたのだ。あちこち旅をするうえで、一回一回門で時間を潰されるのは面倒だ。
頷こうとして……どこからか漂う肉が焼ける匂いに、そちらへ顔を向ける。
ごった返した人々の向こう側に、食堂が見えた。
「興味はあるが、ひとまず食事をしたいのだが良いだろうか? ここの肉料理は絶品と聞いてな」
青い瞳がまん丸になり、それからまた「がはは」と空気が震えるような笑い声が聞こえた。
「なんだ、飯食いに来たのか? そうだぜ。うちの飯は安い上に美味くて腹がふくれるで自慢だ」
と、彼は食堂へ向かって歩き出した。どうやら案内してくれるらしい。
他の職員と同じ服を着ていないが、職員のようだ。遠慮なくついて行く。
「ふふ、そうか。それは楽しみだな!
人の子の料理は種類がたくさんあって、聞いているだけで腹が減る」
「人の子……? ああ、なるほど。あんた、もしかしてグラーゴの旦那の知り合いか?」
前を歩いていた若者が、ふと振り返った。
「む? そういう君こそラー坊と知り合いなのか?」
「は? ラー坊……?
くくっ、なるほどな。そういうことかよ。
いや、なんとなくだがあんたの気配が旦那と似ている気がしてな。ビンゴか」
彼はそれ以上は何も言わず、空いている席にどかりと音を立てて座ると、二カッと笑う。
「改めて名乗るぜ。俺はギルバート。一応ここのギルド長をしてる。
今日は俺の奢りだ。好きなの食えよ」
若者――ギルバートの挨拶に少し驚き、だがすぐに納得した。彼の気配は、このギルドの中で最も強かったからだ。
魔力が最も洗練されていた。
「そうだったのか。私はレンだ。
君の奢り、か……ふむ」
腕を組んで考える。彼の気遣いであり、きっと普通なら喜ぶべきなのだろう。
しかし……懐で、リンリンと音が鳴る。
「むぅ。困ったな。私はこのリルで買い物をしたいのだが」
断るのも失礼な気はした。しかし、やっと硬貨を使えるぞと楽しみだったのも事実。
うんうんと唸ると、ギルバートは一瞬だけ目を丸くしてから、また豪快に笑い、自身の膝を叩いた。
「かはははは! なんだそりゃ。いいぜ。なら、勝負でもするか?
勝った方が奢るってのはどうよ」
「む、勝負……?」
以外な話に首を傾げるが、なんだか面白そうで頷く。
「面白そうだな。どんな勝負をするつもりだ?」
聞けばギルバートは、にやりと笑う。
「ここは冒険者ギルドだぜ? 勝負っていやぁ当然……力勝負、手合わせだろうよ」
ギルバートは「相手は俺……と言いたいが、いろいろ立場もあってな」と、やや残念そうに言った。
私も残念に思う。この建物内にいる人の子たちの中で、最も濃い洗練された魔力を持つのは、目の前の彼だったから。
きっと彼なら、私の鱗を剥がせただろう。
(致し方ない。ギルド長というのは、それだけ大変なのだろう)
立場、というのは私たちにはよく分からない感覚だ。しかし、人の子たちにとっては大切なものということは、理解している。
「それは私も残念だが、君の代わりか……それはそれで楽しみだな」
目の前のギルバートが、自身の代わりに推す人物に興味はあった。
尋ねようとした時、熱い炎の気配を感じて振り返る。――黒髪の子供がそこにはいた。
ギルバートが手を上げた。
「おっ、話していたらちょうど来たな。あいつだ。おーい、ヴァレリオ! こっちに来い」
「ギルバートさん? はい、どうかしましたか?」
呼ばれて寄ってきたのは、先程見ていた黒髪の子供。濃い赤の瞳を不思議そうにまばたきしている。
彼が歩くたびに、その身に纏われた黒い鉄の塊ががちゃがちゃと音を立てる……はずなのだが、不思議と静かだ。
熱い炎の気配を感じさせながらも、どこか穏やかな空気を纏う、不思議な子供だった。
(それに炎だけでなく――ほほお。私と同じか)
感心したように頷く。ギルバートが推薦するだけはあった。
ギルバートが、ヴァレリオの背中を叩く。
「こいつが俺の代わりにあんたの相手をする。どうだ?」
「うむ。確かにこの子なら面白そうだな」
納得する私たちを他所に、ヴァレリオは「へ? 相手って……何の話ですか?」と、戸惑っていた。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第五話「おばちゃん、肉料理までたどり着かず」完




