第四話「おばちゃん、古代人だった」
じゃらじゃらと、硬貨が置かれた。
いろんな種類があり、耳を尖らせた丸眼鏡の少女が説明してくれる。
「これが小鈴貨で、1枚で1リル。最小単位。これが5枚で中鈴貨で5リル、10枚でこの大鈴貨で10リル」
「りんか……ふむ。たしかに、鈴のような綺麗な音がするな」
「……ふふ、そうね。名前の由来はそこから来ているという説があるわ。
ちなみに10リルが小銅貨で、同じように銀、金、白金とあるの」
こすれるたびにリンリンと涼やかな音を立てる硬貨を手に取る。かなり軽い。
金ではない。
魔力の混ざり具合から、いろんな鉱物を混ぜているようだ。
最近の人の世では、金以外でも硬貨を作っているらしい。そしてかなり種類が多く、鈴貨の上が小銅貨(1枚で10リル)、銀貨、金貨、白金貨と上がっていくんだとか。
「むぅ。今の人の子たちは、こんなにたくさんの硬貨を使い分けているのか」
なんだか大変だなと唸ると、少女――リアナ=フェローチェは、「あはは」と軽やかに笑った。
「とはいっても、一般的には銀貨までしか使わないわ。
金貨や白金貨は商売とか国が使う程度で……白金貨なんて見たことない人がほとんどよ。
金貨ですら、1度も見たことない人がいても驚かないもの」
普通の人が使わない硬貨があるということに驚く。
しかし、確かに商売で使うお金の量を考えると、必然とそうなるのだろうと、納得した。
(私のように、誰しも荷物を圧縮できるものでもないだろうしな)
「だから、普通の店では金貨は使わないことをおすすめするわ。
偽物って疑われかねないし」
偽物。疑われる。
その言葉に、真剣に頷く。疑われたのは、つい先日の話だ。
「では、私はひとまず銀貨まで持っていれば過ごせるのか?」
「そうね。ただあなたの場合は、一応竜人族なんだし金貨とかも持っていてもいいかも。
金とかの方が価値が下がりにくいから、また後々の世で使えるかもしれないし」
「そうか……そうだな。たしかにこの金貨の彫刻は好きだしな」
リアナが見本として出してくれた金貨と白金貨を摘む。
銀貨以下の硬貨にも繊細な模様が施されているが、金貨以上となるとさらに細やかだった。
昔から感心するのだ。こんなにも精巧な彫りを、無数の金貨に刻むなど、竜人族にはない発想であり、技術だ。
そんな私を、リアナは呆れたような顔で見た。
「……最初、数千年分の生活費が欲しいって言われた時は何事かと思ったけど……竜人族って、世間知らずなだけなのね」
率直な物言いに少し驚いてから、あははと笑う。
「そうだ。そうだな、リアナの言う通り。我ら竜人族など、世界の一部に引きこもっているただの世間知らずに過ぎんよ」
リアナは、笑う私を少し呆れたような目で見ていたが、やがて「ふふふ、本当にあなたって」と何かを言いかけた。
「変わっている、か?」
途切れただろう言葉を口にすると、リアナは一瞬目を見開いて、少しバツの悪そうな顔になる。私は手を軽く振った。
「なに、気にするな。竜人族の里でもよく言われていた」
「……なるほどね。まぁ、変わり者じゃなければ、人間の国に来たりもしないか」
リアナは納得したように頷く。
そして彼女は、硬貨の種類ごとに袋にまとめて入れた。銀貨の量がやはり一番多い。
しかし個人的には、リンリンと鳴る鈴貨が一番気に入ったので、鈴貨も増やしてもらった。
「とりあえず、これだけあれば百年は過ごせるとは思うけど、それ以上は保証しないわ。
物価は変わるものだし、最近は特に……ちょっと不安定だから」
リアナの声が、段々と小さくなる。丸い眼鏡の向こうの目が、少し苦しげに細められた。
首を傾げると、リアナはハッとして肩をすくめた。
「はぁ。……実は、今までリンドベルを支えていたダンジョンがなくなったのよ」
「……だん……ぞん?」
不思議な響きの単語に、ますます首を傾げる。
そんな私を見て、リアナが目を丸くし、細長い耳を震わせた。
「え? ダンジョン知らないの?」
「聞いたことはないな。なんなのだ、その『だんぞぉん』? というのは」
「ダンジョンね。これは約2000年前ほどに発見されて……あー、そうか。
あなたにとったらちょっと前の話ってことね。私たちにとっては随分昔ってことになるんだけど……」
リアナの言葉に、そういえばと思い出す。エルフの寿命は大体1500年だということを。――少し、物悲しい気分になる。
「ダンジョンが何かは……そうね。簡単に言うと、素材の宝庫だったの。
冒険者ギルドが管理しているから、私も直接は見たこと無いけど、虚空に空いている穴があるんだって。その穴を通ると、まったく別の空間に繋がっていて、そこには魔物や資源が豊富なのよ」
別の空間。
どこかで聞いたことがあるなと思いながらも、リアナの説明を聞く。
「リンドベルは、そのダンジョンがあったからこそ出来た都市国家なの。
ダンジョンは素材の宝庫だけど、時折モンスターウェーブっていう災害も引き起こすから、見守らないといけない。
そこで、人々を守るために初代リンドベルの領主様が作ったのがこの国で、冒険者ギルド。
この街が冒険者ギルド発祥の地なんだからね!」
リアナは自分の生まれ育った街の話を、胸を張って語っていく。口元が緩んでいてどこか誇らしげに見え、微笑ましい。
故郷に誇りを持っている者たちを見るのは、いつだって心が穏やかになる。
そうかそうか、と頷いていたが……やがてリアナの表情は曇っていった。
「ダンジョンは不定期にモンスターウェーブを引き起こす。だけど、リンドベルのダンジョンは約600年、モンスターウェーブが起きてなかった。
街の中心の大きな樹、見た? 結界樹って呼ばれてるんだけど、モンスターウェーブが起きないのは、その『結界樹の加護』だって言われてたの」
話題に出た巨大な樹のことを思い出す。まだ若い樹に見えたが、異様に巨大化していた。
(少々元気がなさそうなところが気にかかったが、なるほど)
そして何より気になったのは、『言われていた』というところ。
「実は、最近。モンスターウェーブの兆候があったの」
「む? しかし、街に被害は見えないが」
「ええ。モンスターウェーブを起こさないで済む方法を発見したのよ。
その方法が……ダンジョンの機能を止めること……ダンジョンは、古代人の装置だったの」
「……すまない。よく分からん」
なんだかわかりにくくて首を傾げると、リアナは苦笑して詳しく話してくれた。
「ダンジョンは、元々よく分からないもの、だったの。だけどそれが古代人の装置だと、最近判明して――」
よく分からない『現象』だった『だんぞん』。
監視する必要と同時に有益であったから、人の生活に組み込まれていた。
しかし最近、『だんぞん』が『古代人』の装置が引き起こしていた現象の一つだと判明した。
モンスターウェーブとは、その装置の暴走が引き起こした災害だったんだとか。
古代人、という言い方にはやや引っかかるところはあるが、得心したところがある。
「別の空間……だんぞん……なるほど。アヴァリスたちの『げぇと』のことか」
アヴァリス。
それは昔の隣人であり、体は弱かったが頭がよくて器用な種族だった。
羽を持たないのに、空を飛ぶ乗り物を作り出し、最後は空に城を建築していた。
昔、その乗り物と共に空を飛んだものだ。
懐かしさに、少し目を細めると、リアナが「知っているの!?」と丸い眼鏡の向こうで目を丸くしていた。
だが、やがて彼女も納得したようだった。
「……って、それはそうか。あなたからしたらきっと、彼らは『古代人』ではなく、実際にいた人達なのね」
「そうだな。むしろ彼らからしたら私たちの方が『古代人』だろうなぁ」
腕を組みながら頷き、ふと、とてつもない事実に気づいて唖然とした。
「む?ということは……なんとっ! 私は……古代人だったのか!」
驚きの声を上げると、リアナは呆れた顔をした。
「気になるのは、そこなの?」
「むー。年を取ったとは自分でも思っていたが、改めて気づくと中々に衝撃が強いものだな」
うんうんと唸ると、リアナが呟くのが聞こえた。
「……グラーゴ様が、『あなたの反応すべてに対応しなくていい』っておっしゃった意味が、よく分かった」
「む? ラー坊がそんなことを? それはどういう意味だ?」
心の底から疑問で首を傾げるが、リアナは「そうね。あなたが素敵な人ってことかしら」と、からからと笑うだけだった。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第四話「おばちゃん、古代人だった」完




