第十話「おばちゃん、知らずに真実を語る」
積み上げられた本や散らばった紙。紙だけでなく机や壁にはインクでの走り書き。不可思議な道具。様々な色の液体。魔力を宿した鉱石。干された草に、よく分からない粉。
「ほう? 錬金術とは、中々に面白いな」
一体全体、何一つとして意味を理解できないが、なんだかふしぎな空間に、年甲斐もなくワクワクした。
家の主である、薄金色のボサボサした髪をした人の子は、嫌そうに目を細めた。日焼けしていない肌のせいか。目の下のクマがやたらと濃く見えた。
「勝手に触らないでよ?」
「うむ。分かっているぞ。これは触っていいのか?」
もちろん、許可なく触ろうとは思わない。しかし、許可を得ればいいのだとたずねると、その人の子――錬金術師のフィンは、ため息を付いた。
「駄目」
「むー、そうかぁ。残念だ……この液体から好きな魔力を感じたのだが」
細長い試験管に入った明るい紫色の液体を、無念そうに見る。
「……好きな魔力?」
と、フィンが興味深そうにこちらを振り返った。心なし、目が輝いている。
何かおかしなことを言ったかと首を傾げ、そういえばと思い出す。
「君たちは魔力が読み取れないんだったか」
「多少は僕たちにも分かるよ。
……竜人族は魔力が色で見えるって聞いたけど、本当ってことか?」
フィンがやや身を乗り出しているので、「色」と呟いて考える。たしかに、言葉として伝えるならば「色」というのが一番近い。
「言葉にするのは難しいが、分かりやすく伝えるなら色というのは間違いではないな。属性、と表現する同胞もいるが……私の感覚では、どちらも正解で、どちらも不正解だ」
頭を悩ませる。どう言えばこの感覚が伝わるだろうか。
「むぅ。そうだな……初対面の相手に対し、なんとなく気が合いそう、だとか。逆に合わなさそう、と思うような感覚だな」
相手の見た目。そこから発せられる空気に対しての感覚だ。
フィンは腕を組んで「なるほどね」と頷いているので、肩をすくめる。
「とはいえ、それは私の感覚だ。おそらく他の同胞はまた違うだろう。私は感覚に鋭いわけではないからな。火の者なら、本当に色として、視覚的に捉えているかもしれん」
「火の者……火の竜人族? 属性ごとにそんなに違いが?」
「傾向としてはあるぞ? 火は敏感で繊細な者が多い。だからこそ、苛烈でもある。
逆に土は鱗が強固なせいか、鈍い。風や水は鈍くはないが、受け流す傾向にある」
自分は土と風の特性を持っているが、感覚で言うと土の傾向がある。
よく母に呆れられたものだ。
しかし、母が何について怒っているのか分からず、父と二人で首を傾げた回数は数しれない。
フィンの目がますます輝き、口を開いた時。
「おい、フィン。今日はその話じゃないだろう?」
と、呆れた声が遮った。ヴァレリオだ。
フィンが鬱陶しそうにヴァレリオを見た。二人は前からの知り合いらしいが、互いに「友人じゃない」と言い合っている。――うむ。仲がよろしくて何よりだ。
がしがしとフィンが頭をかきむしる。寝癖のついた髪がぴょんぴょんと揺れた。
「分かってるよ……ったく、小うるさい。だからこいつを家に入れるのは嫌なんだ」
「はっ! 俺だって、好き好んでここになんて来るか。師匠が来るって言うから、お前が師匠に迷惑かけないか心配で来ただけだ」
いつも礼儀正しいヴァレリオの、子供らしい……いや、若者らしい姿を見て、微笑ましく思う。
ぼんやりとそんな二人を眺めていたら、二人はふいにこちらの視線に気づいたらしく、気まずそうに目線をそらした。
「……ごほんっ。
あー、それで古代人……アヴァリスについてだけど」
フィンは白く不健康そうな頬を、若干赤く染めながら話題を変える。
彼らが古代人と呼んでいる存在について教えてほしい、という依頼を受けてここにきたのだ。
ちなみに依頼主はフィンではなく、領主のセルベーリア。どうも、この古代人……アヴァリスの研究がとても大事らしい。
「うむ。私よりもグラーゴの方が詳しいと思うがな。やつは知を探求する水そのものだ」
少し不思議に思って呟く。なぜわざわざ自分なのか。
「あー、グラーゴ様に聞いてないの? グラーゴ様はこの街に滞在する代わりに、国のことには何も干渉しないという契約を結んでる」
「……そういえば、そんな話をしていた気はするな」
記憶を遡る。グラーゴがこの街にいるだけで、他国が攻めにくくなっているとか。
「とはいえラー坊は戦いに興味ないから、そんなに戦力にならんと思うがな。
せいぜいこの街を湖に変えるくらい……いや? ラー坊も成人しているし、この街と周辺を湖に変えることはできるか?」
自分の記憶にあるグラーゴの実力はまだ成人していない時で止まっている。今の彼ならもう少しできるだろう。
うむうむと納得していると、
「…………」
「…………」
部屋が静まり返っているのに気づく。
フィンからは呆れたような、ヴァレリオからはキラキラとした目を向けられていた。
「む? 二人ともどうした?」
「いや……君、今とんでもないこと言った自覚ないの?」
「はて? 私は何か言ってしまったか?」
「師匠! 師匠ならば、もっとすごいことができるということでしょうか?」
「む? もっとすごいとは何のことか分からないが……。
そうだな。この街を片手で持ち上げることはできるぞ?」
顔を傾けつつ答える。しかし、相変わらずフィンが変な顔をしているので、もう少し説明する。
「もちろん、あれだぞ? ちゃんと周囲を魔力で固めたうえで、街を地面から引き剥がして浮かせる必要はある。
さすがに手だけで綺麗に街をくり抜くのは難しいからな!」
片手で簡単に地面を綺麗にくり抜いて街を持ち上げると勘違いされては大変だ、と付け加えたのだが。
「……なるほど。リアナが君のことを『非常識な引きこもり』と言っていた意味がわかったよ」
フィンの反応は、なんとも曖昧だった。
「難しい……ということは、可能ということですか?」
「うむ。少し時間をかければ……千年くらいでできる……。む?
いや、君たちにとっては千年は長いのだったか」
会話とは難しいものだ。
自分の感覚だけで話してしまえば、語弊がでてしまう。
「まぁ、それはおいといて……。
して? アヴァリスの何が聞きたいのだ?」
しょうがないことだと首を振り、話を戻す。
フィンが真剣な目になった。
「古代装置について聞きたい。特にダンジョン……いや、ゲート装置について」
「ふむ。『げぇと』か。こことは異なる世界につながっている、というところまでは君たちも把握しているのだったな」
「ああ。けど、そもそもなんでこんな装置を作ったのか。そして、異世界の一部分だけを切り取るように、一定以上先に進めないのはなぜなのか。
そういった事は分かってないんだ」
話を聞いてホッとする。それなら多少答えられる。
「なんでも、異世界から『えねるぎー』を確保しようとしたそうだ。
彼らは魔力を使って様々な装置を動かしていたが、この世界の魔力だけでは供給が安定しないから、と」
魔力不足、というのは私たちには分からない話だった。十分生きていけるだけの魔力は世界に溢れていた。
「異世界からのエネルギー供給! もしかして、結界樹はその力を吸っていた?」
「結界樹、というと街の北にあるあの木だな? その通りだ。
あの木はこの周辺に生えている木と変わらないが、『だんぞん』から漏れている異世界の力を吸収してあのサイズになっている。
だが、その異界の力に耐えきれなくなってきていたようだな」
以前確認した結界樹の様子を思い出しながら語る。侵食が起きていた。
もう装置は止めたそうだが、もしもまだ稼働させていたら、結界樹は完全に異界に侵され、その影響はこの街全体にあったはずだ。
「装置を止めたのは賢明な判断だな。装置を上手く操れようと、結界樹は完全に侵食され、街も崩壊していたかもしれんしな」
しみじみと言えば、フィンがメモを取っていたペンを落とした。
不思議に思いながらペンを拾って見上げると、フィンは元々真っ青な顔を更に白くしていた。
「街が崩壊って……どういう意味だ?」
「?」
なんでそんなに衝撃を受けているのかと、ヴァレリオを見るが、彼も真っ青になっていた。――何かがおかしい。
「どういうって……君たちは異世界に『侵食』されると分かっていたから、装置を止めたんじゃないのか?」
部屋に沈黙が降りた。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十話「おばちゃん、知らずに真実を語る」完




