第十一話「おばちゃん、言葉で笑わせる」
ぽかんとしてから、まさかと口に出す。
「なんだ君たち。知らずに装置を止めたのか?」
そう聞くと、フィンはふらふらと後ろに下がり、棚に体をぶつけた。――様子がおかしい。
「フィン? どうし」
「そんな……じゃあ、僕が提案したことは――」
フィンは震える手で自身の顔を覆った。そして「うっ」と吐き気を覚えたような声を上げ、走り去る。ヴァレリオが「フィン!」と慌ててその背中を追うのを、呆然と見送った。
その後、フィンはしばらく吐き続けた。何も吐くものがなくても吐こうとしている彼を見かね、彼の額に人差し指で触れる。そこから静かに魔力を注いだ。
苦痛の表情が緩み、そのまま意識を失った彼を、ヴァレリオが担ぎ上げた。
服を着替えさせ、ベッドに寝かせる。
「……すまない。私は何か、おかしなことを言ってしまったようだ」
今は穏やかな表情のフィンを見ながら、口にする。グラーゴに注意されたばかりだというのに。
ヴァレリオは勢いよく顔を上げた。
「師匠のせいじゃありません! 師匠はご存知なかったのですから」
ヴァレリオは力なく首を振り、それから話し始めた。
「リンドベルのダンジョンにモンスターウェーブの兆候があると分かってから、フィンや複数名は調査をしました。そして、ダンジョンがそもそも古代人の装置であり、その装置の暴走がモンスターウェーブを引き起こしていることを突き止めました。
その時、リンドベルでは2つの意見がぶつかったのです。
装置を止めるのか。装置を今後も上手く利用するのか」
そしてヴァレリオは装置を止める派。フィンは利用する派だったらしい。古代文字が読める数少ない一人だったフィンは、装置を安全に扱えると思ったそうだ。
(そういえば、リアナが『だんぞん』は危険だが利益ももたらすと言っていたな。それがなくなったから、今リンドベルは少し混乱している、と)
そう思うと、たしかに『だんぞん』を残したい、と思う者たちがいてもおかしくはないだろう。
まぁ、正確には第三の『現状維持』派もいたらしいが。
「……最終的にはセルベーリア様が、自分の子孫たちに危険を押し付けることは出来ないとして、装置の停止を決められ……。
俺やフィンは装置を止めるために、結界樹の中に入っていきました」
フィンは装置の利用継続を唱えていたが、決定に抗うことはせず、装置を止めた。
「むぅ。そういうことだったか」
「あ! 誤解しないで下さい。だからといって俺達にわだかまりがあるとかではないです。俺もこいつも、今の結果に納得してます。
こいつは昔からひねくれていて、気が合わないだけなので」
ヴァレリオが慌てて付け足す。
ひねくれている、気が合わないなどと言っているが、フィンのことを認めているのが窺えた。
長く息を吐きだす。
「しかし……痛感するな。やはり私は人の世に対して無理解すぎる。傷つけるのは本意ではないのだが」
腕を組んで考え込む。ある程度仕方ないこととは言え、無知でなければ、もう少し言い方もあっただろう。
悩んでいると、ヴァレリオがじっとこちらを見ていた。嬉しそうに目を細めている。
「む? どうした?」
「いえ……俺は、優しい師匠に出会えて幸運だったと思っただけです」
「……優しい?」
はて、と首を傾げる。私の言動のどこに優しさがあるのだろうか。
「そうか? 初めて言われたな……うむ。
嬉しいかもしれん。ありがとう、ヴァレリオ」
笑いかけると、ヴァレリオは赤い瞳を少し大きく開き、慌てて顔をそらした。
「い、いえ!」
そして彼は勢いよく立ち上がる。
「あのっ! お腹空きましたよね? 食べ物買ってきます。師匠はここにいて下さい」
止める隙もなく行ってしまった。――元気がいいなぁ。
見送ってから、フィンのベッドの横に椅子を持っていき、座る。
フィンは穏やかに眠っている。
――申し訳ありません、レン様。私たちは、なんという過ちを……。
頭をよぎるのは、よく接していたアヴァリスの研究員の女性の苦しげな顔。それが先程のフィンと被る。
結局彼女たちは、責任を取って世界から旅立ってしまったが……果たして、フィンにどこまで話すべきなのか。
自分としては、世界が滅ぶなら、その時はその時。というより
「むむ? 滅ぶとはどの程度のことを指すのかも問題か」
今まで数度、竜人族以外の生き物がほとんど死に絶えたのを見たことはある。人の子たちからすれば、それも『滅ぶ』なのかもしれない。
つまり、フィンが今回の異世界侵食の影響をどの程度だと思っているかも考えて、なるべくショックを与えぬように話さなければならないのだが。
「……ぐぬぅ。なんということだ。こんなにも会話とは難しいものだったのか」
角を掴む。
言語は同じはずだというのに、どうにもすれ違う。いっそのこと、言葉などない方がこんな悩みはないだろうに。
「いや、言葉がなくてはそれはそれで不便だな」
むむっと考え直す。世の中、上手く行かないものだ。
しかしかといって、関わりたくない、とは思わない。ならば努力を続けるしかない。
「まずは……君の話を聞くところから始めたいのだが、どうだろう?」
と、声をかける。フィンの閉じられたまぶたがピクリと動いた。
気まずそうに目が開いていく。
「気づいてたのか」
「うむ。感覚は鈍いとはいえ、風の血も引いているからな。風が教えてくれる」
かすかな動きも、風は見逃さない。普段は読み取ったものを受け流しているが、今はフィンの様子に注力していたのですぐに気付けた。
「気分はどうだ? 君の波長に合わせて魔力を調整したつもりだが……魔力酔いはしてないだろうか?」
魔力調整は得意とはいえ、魔力酔いしやすいかどうかは個人差がある。
ゆっくりと体を起こしたフィンは、気絶する前より顔色が良さそうだ。
「いや、問題ない。むしろ調子がいいくらいだ。何をしたんだ?」
「む? 魔力を流して乱れた魔力を整えただけだが」
それがどうしたとフィンを見ると、呆れた顔をされた。
「は? 他人の魔力を整える、だって? ふざけてる……わけじゃなさそうだな、あんたの場合」
「むぅ? なぜふざける必要があるのだ? 私はいつだって真剣だぞ」
「他人の魔力への干渉なんて、相当高度な魔力操作が必要なはずなんだけど。
というより、そんな治癒術聞いたことがない」
驚く。こんなもの、里では当たり前に使われているものだ。子供の時は魔力を上手く扱えず、熱を出したりもするからな。
それに
「しかし、君たちも治癒魔法とやらを使うだろう? 錬金術師が作るという魔法薬も、同じなのではないのか?」
「たしかに治癒魔法やポーションはある。
けど原理が違うね。
治癒魔法やポーションは、身体に干渉する。一時的に体を活性化させることで治癒能力を爆発的に向上させる。
だから、後で反動が来るし、相手に一定の体力が必要でね。万能じゃない。頼り過ぎもよくないんだ」
興味深く聞く。人の子たちの魔法や錬金術という技術は、自分たちの魔力の消費方法とはまるで異なる。
そもそも、自分たちのは体系化されてもおらず、各々が自由気ままに魔力を操っているだけだ。
「でも君のは違う。使われた後にむしろ体が軽くなるだなんて……」
「魔法とは便利そうだと思っていたが、使ったら逆に疲れるなど、結構不便なのだな」
ほえーっと頷くと、フィンは何か言いたげな顔をしてから、やがてゆっくりと首を左右に振った。まるで何かを諦めたような雰囲気だ。
「あの規格外のバカ……ヴァレリオが懐くわけだ。それ以上の規格外だね、あんた」
「むぅ、なぜだ。褒められている気がしない」
「褒めてはないからね。けなしてるわけでもないけど」
「そうなのか。
……まぁ、けなされてるのでないなら、いいか」
納得すると、フィンはやがて……肩を震わせた。笑っているらしい。
「ほんとあんたって……変なやつだね」
言葉は決していい意味ではないのに、フィンは心から楽しそうだったので……まぁいいかと、笑い返した。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十一話「おばちゃん、言葉で笑わせる」完




