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おばちゃん竜人族の、人の世体験日記  作者: 染舞


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第十二話「おばちゃん、拷問に耐える」

 眼の前には、湯気の立っている魚の煮付けがあった。

 一口食べれば、その身に含まれる旨味と調味料が上手く融合している。やや甘めのその味付けはとても好みだった。


「うむ……うむ! 肉もいいが、魚料理もいいな! 人の子は、どうしてこううまい料理を発展させるのか」

 竜人族は、そもそも自然の魔力を食べていればいいので、料理をする発想はあまりない。


 もちろん、美味いものを食べたいという欲求はあるのだが、人の子たちほどの探究心を持つものは稀だ。


「むぅ。料理好きな友に教えてやりたいが……いや、彼女はすでに知っているかもしれんな」

 彼女もグラーゴのように、人の世の何処かで過ごしているはずなので、きっと知っているだろう。

 落ち着いたら彼女を探して尋ねるのもいいかもしれない。


「師匠! まだまだあるので、たくさん食べて下さい。

 食後のデザートにアップルパイも買ってきましたから」

「パイ! 最高ではないか」

 ヴァレリオがまた別の料理を皿に取ってくれる。お礼を言いつつ、舌鼓を打つ。リンドベルは肉料理が多いらしいが、近くにある川や湖での漁も盛んらしい。魚も美味しい。


「……その体のどこにそんなに入るんだ?」

 そして、そんな私をフィンは呆れたような目で見ながら、お茶を飲んでいた。

 それでいて、何やらメモも取っている。


「竜人族は普段何食べてるんだ?」

「そうだな。基本は特にこういった料理は食べないな。空気中の魔力があれば生命活動は維持できる。

 だが、食べたくなる時もあるから、そういう時は狩りをして、生で食べることもあるが、焼いたり煮たりするぞ?」

 料理がないわけではないが、調味料が圧倒的に少ない。リンドベルに来て、店でたくさんの調味料があることを知った衝撃は凄まじい。


「食べ物にかけるといえば、塩しか知らなかったな」

「なるほど。どうやってそのエネルギー確保してるのかと思ったら、直接魔力を食べてるのか……規格外になるわけだ」

 フィンはさらさらとメモに書いていく。なんでも、竜人族に関する文献はあまり多くなく、彼らからすると私たちは「なんだかよく分からないが強くて逆らってはいけない存在」らしい。


 なんだかショックだ。


「……そんなに怖く見えるのか?」

 肩を落とすと、ヴァレリオは慌てて「そんなことありません!」と首を左右に振った。


「まぁ、間抜けそうな顔してるよね」

「フィン!

 違いますからね、師匠! 師匠はとてもお若く美しいので……ぁ、いや、その」

 フィンの淡々とした物言いに文句を言って反論するヴァレリオだが、私を無理に褒めようとしたせいか。真っ赤になって俯いてしまった。

(ヴァレリオはいい子だなぁ)


 師匠と弟子という関係性は未だに納得行っていないところはあるが、こんなにいい子ならば良い気もしてきた。


「ごほんっ!

 とにかくですね。師匠はお優しいですから、その雰囲気が出てますので怖いという印象はないです。

 むしろ……下手すると、舐められかねないくらいですよ」

 ヴァレリオは咳払いをしてから、そうまとめた。フィンも頷く。


「そうだね。金の瞳じゃないから、竜人族というのも信じてもらえないかもね。

 僕たちの常識では、竜人族というと瞳は金色、というイメージが強すぎるから」


 二人の話を聞きながら野菜のスティックをドレッシングにつけて口に放り込む。……甘じょっぱいドレッシングが、みずみずしい野菜によく合う。


「むぅ。なるほどなぁ。そういえば、警備隊のものたちも、最初は信じてくれなかったな。鱗と羽を見せたら納得してくれたが」

 普段はしまっている手の鱗や背中の羽を出して見せたことを思い出す。


「君みたいな紫の瞳の竜人族は多いの?」

「いや。異なる属性の血を引いている者の中に、稀に生まれるという感じではあるな。

 ただまぁ、それだからといって何かあるわけではないが」

 紫の瞳だから特殊な能力があったり、何かに秀でているわけでもなく。

 稀とは言っても、まったくいないわけでもない。


「年配の竜人族にも一人いるし、最近も生まれたしな。

 まぁ……そもそもが、属性が異なる間には子が生まれにくい上に、性格も合いにくいから番になること自体が少ないのはある」


 料理をあらかた食べたところで、食後の『でざぁ~と』だ。パイをフォークでつつく。相変わらずポロポロ崩れて食べにくいが、その触感と甘味と酸味がなんとも言えず、美味しい。

 口元も緩むというものだ。


「番……同じ属性同士が多いんだ?」

「ああ。単なる恋人だと異属性間も多いんだがな。違う価値観が新鮮だから。しかし、数万年ともに過ごせば、価値観の不一致で嫌になるらしい。

 土は基本鈍感でのんびりなのだが、火は感覚が鋭敏でせっかちだし、風は自由であちこち飛び回り一箇所にこだわらない。水は知識を蓄えるから討論するのが好き、という傾向がある」

 それを考えると、両親はずいぶんと異なる性格だが、ずっと仲がいいので珍しい方だろう。


「ちなみに私は父が土、母が風だ。

 性格としては基本父に似ていると言われるが、世界のあちこちを飛び回ろうとするところは母似かもな」

「なるほど。たしかに……君の話で聞く土と風の特徴を引き継いでるね」

「私は割と典型的かもしれんな。

 ラー坊も知識欲が強い水だ。古書店を営んでいるのはらしいが、人の世に出てきている。そこは少し、典型例からハズレているかもしれん」


 魚を食べながら話を聞いていたヴァレリオが、お茶で流し込んでから首を傾げた。


「火の竜人族の方々ともし接することがあったら、気をつけた方がいいということでしょうか?」

 火は短気より、という話から気になったのだろう。

 ぽろっと落ちそうになったパイの煮リンゴを口に放り込む。甘い。美味しい。


「む? いや、そんなに気にしなくてもいいだろう。たしかに短気な者が多いが、直接手を出したりはしないはずだ。

 せいぜい、街の近くに穴が開くくらいじゃないか?」

 言ってから茶を飲む。少しの渋さがパイの甘みをより引き立てる。


「……いやいや! せいぜいって、大問題ですから!」

 茶を飲んでのほほんとしていたら、ヴァレリオが真っ青になった。

「む? 何か問題あったか?」

「あのさ。もしかしてだけど……世界のあちこちにある謎の穴や不自然な湖って、火属性の竜人族が暴れた痕だったりする?」

 首を傾げた。


「私も全ては知らないが、この街の西にある湖は、私が子供の頃に火の者がつくった穴に水が溜まってできたはずだぞ?」

 なんでそんな当たり前のことを聞くのかと二人を見ると、ヴァレリオは天井を見上げ、フィンは額を押さえていた。


「帝国の礎になった湖の発祥が、まさか……」

「? すまない。私はまた変なこと言ってしまったか?」

「そうだね。とても変なことを言ったね」

「いや、変というか、とんでもないことというか」


 二人の様子に考え込み……気づく。


「む! つまり、あれか……湖を埋めたほうがいいのか?」

 あの穴ができた当時、私は子供でただ「すごいなぁ」と眺めていただけだが、今の私ならあの穴を埋めるくらい朝飯前だと、立ち上がろうとしたら、


「埋めるな」「それはやめて下さい」


 二人に全力で止められた。

 遠慮せずともいいのだがと言ったが、あの湖は今や人の世を支えている自然の恵みらしい。なくなったら困る人が多いと聞いて、納得した。


「うむ。たしかにそうだな。湖にもたくさんの種族や生き物が住んでいる。勝手に埋めるわけにはいかんな。

 しかし……むぅ。役立てるかと思ったのだが、残念だ」

 最後のパイの欠片を口に放り込む。美味しいが……コレで終わりかと思うと少し寂しい。もうちょっと食べたい。


「はは、は……師匠はスケールが違いすぎますね」

「ヴァレリオ。あまり甘やかしすぎるなよ。こいつ、ハッキリ言わないと何かしでかすぞ」

「フィン! 師匠に失礼だろ」

「ふんっ僕は事実を述べただけだ」


 ゆっくりと紅茶を飲んでいる間、二人は仲良く話していた。若者同士の友情は、見ていて心地よいものだ。


「それが失礼だと言ってるんだ。もう少し言い方があるだろう?」

「ということは、君も思ってるんじゃないか。こいつが天然ボケすぎて何かしでかしそうって」

「っ! 違う! 俺は――」


 二人の話はどんどんと盛り上がっているようだった。

 私の視線は、ヴァレリオの前にある手つかずのパイに向かう。


(……いらないならもらってもいいだろうか?)

 聞いてみようかと思ったが、仮にも自分を師匠と慕ってくれる者から食べ物を奪うのは年長者としてあるまじきことだ。

 我慢。ここは我慢だ。


「前から君のそういうクソ真面目なところが気に食わないんだ」

「なんだとっ? 俺だってお前のそのひねくれたところが――」


 まだ話は終わらないのか? ならやっぱりもらっても……いや……。


「うむ。仲がいいところ悪いが、パイを追加で買ってきてもいいだろうか?」


「仲良くない」

「やめてください、誰がこんなヤツと!」

「それは僕のセリフだ」


 それからしばらく、私は眼の前にパイがあるのにパイが食べられない拷問を受けた。


 だが、最終的には二人のパイをもらえたので満足だ。


「うむぅ。美味い! 二人とも、ありがとうな」

「……いや、別にいいけど……君って、安上がりだよね」

「む?」

「師匠はそのままでいて下さいってことです」




【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】

第十二話「おばちゃん、拷問に耐える」完


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