閑話「答え無き問いを終わらせる方法」
アウレリア帝国のアカデミーは、大陸でも屈指の歴史と実績を持つ。
大陸一の学び舎と呼ぶ者も多く、それに反論するのが難しいほどだ。
そんなアカデミーの入学試験は当然のように難関で、十年以上試験に向けて真剣に学んでも、何度か不合格になるのが当たり前。
一発合格しただけでも自慢になるほどの中、歴代最高成績で入学試験を突破したレイヴン=フローや、最年少15歳で入学したフィン=アルデルトは、アカデミーの長い歴史に刻まれるほどの逸材だった。
その時も、アカデミーは非常に騒がしくなったものだが、今もまた別の意味で慌ただしかった――物理的には沈黙していたが。
アカデミーの会議室。十数人が一堂に会しているにもかかわらず、その場にあったのは静寂だった。
彼らは手元にある紙を睨むように、あるいは救いを求めるように見つめている。
「……本来の回答では間違いですが、当事者の解答を不正解には……」
ある者が指摘した箇所は、
問題:レングラント王朝は竜神を崇めていたが、その竜神の属性は以下のどれか
であり、解答欄には
答え:私は無属性だ
とあった。
これが普通の受験者ならば「何言ってるんだ?」「頭がおかしい解答だ」と間違いだとできるが、受験者は『竜人族』だった。
彼らであるならば、実際にこの古代王朝を見聞きしていてもおかしくはなく、神として祀られていた張本人の可能性も十分にあった。
というよりも、『竜人族』がこのようなことで嘘をつくわけがなく、事実に違いない。
これを正解とした場合、本来の正解として用意していた『風属性』を解答した場合が不正解となる。
しかし、今まではそれで正解であるのが常識だった。風と答えた受験者の答案に不正解は出せない。
「それに関しては、両方とも正解とする他ないだろう」
「適当に無属性と書いた他の受験生については?」
「最近判明した事実として公表する。本来は無属性だが、今までは風が真実とされていたので今回の受験に関しては風も無属性も正解とする、と」
「次回以降は無属性が正しいとして……教科書も作り直さないといけませんな」
たった一問。
されど一問。
この一問の正否で、合格不合格が決まる可能性もある。
さらに影響はそれだけで済まない。
「歴史学会からの問い合わせも来そうですぞ。
それに、風の竜人族として崇められていたのは事実です」
「生物が体内に持つ属性は、たしかに無属性ではありますが……無属性のまま体外に出すことは、通常なら出来ませんからな」
「ああ。そんなことができるのは、それこそ神か竜人族様くらいだろう」
「無属性が正解としだすと、すべてが無属性になってしまうからな……試験にはそういう引っ掛け問題もあるが、今回は」
うーん、とまた黙り込む。
――レングラント王朝の象徴の竜が何属性であるか。
それは多くの者にとって関係のない、どうでもいい話である。属性を間違えて生活に困ることもない。
しかし、一部の者にとっては深く関係してくる。
「やはり、風で通すべきでは? 当時の書物にもハッキリと『風を操る竜神様』と書かれてあります」
「当時はそのように捉えていた事自体は、ほぼ確実でしょう。少なくとも、発見された遺物に書いた人物にとっては」
現実として、そう書き記されたものが残っていた。これを無視はできない。
「ですがご本人様の経歴書を拝見すると、風と土のご両親を持っているとか……風の竜人族も正しくはないのでは?」
そして経歴書も無視できない。
「とはいえ、この方の解答を不正解にできるか?
この問題の正否で合格か不合格か決まるというのに、不正解として不合格にしてしまったら、お怒りになられるのではないか?」
彼らが最も恐れているのは、そこにある。――怒らせたくない。
だが、学を追い求める者たちとして、嘘もつきたくない。少なくとも今判明している事実を答えとすべきだ。
ここにいる者は、良くも悪くも真面目な者が大多数だった。
「かといって、正解にしてしまえば、他の受験生の解答にも影響が出ます」
「竜人族様だからの特例でいいのではないか?」
「納得する者もいるかもしれないが、竜人族様を実在しないと思っている者も多くいるのだぞ?」
「そんな者たちが竜人族様に文句を言ったら……」
議論は止まらない。
一つ答えを出そうとすると別の問題が起こる。
だが一番の問題は別にある。
合格させたとして、誰が竜人族に教鞭を振るうのか。
不合格にさせてしまったら、竜人族の怒りが国に降り注ぐのではないか。
合格にせよ不合格にせよ。どちらをとってもその先には不安しかない。
なにせ人の世に竜人族が関わることなど、なかった。
古代では交流があったようだが、近年……五百年ほど前からリンドベルに一人の竜人族が住み始めただけでも帝国が震え上がる出来事だった。
帝国ができる前から続く長い歴史を持つエルフたちですら、直接竜人族と関わったことがない。
不幸中の幸いに、リンドベルの竜人族はそこに住んでいるだけでほとんど人と交流しない。なので自分たちから手を出さない限りは大丈夫という安心感がある。
だが、この解答者は『自ら』やって来たのだ。
一体どこの誰が竜人族を止められるだろうか。
彼らの気まぐれ一つで、国が滅びる可能性があるというのに。
視線が、円卓の中央に集まる。
そこには、黒焦げになった藁人形が、置かれてあった。
保護魔法がかかっていたにもかかわらず、その保護魔法がかき消されて根本から燃え、なぜ形を保っているか分からない状態。
通常ならば表面だけが焦げて表面を修理すれば何度も利用可能だが、コレは不可能だ。根本から黒焦げになっている。
何よりも、ここまでの状態になっているのに原型を維持し続けているのが、もはや不気味なほどだ。
「これを調べたところ、土属性が検知されました。どうやら土属性により現状が『保護』されているようです」
「土属性の『硬化』か」
「……正確に言うと違いますね。本来以上に硬くなっているわけではなく……その形を『維持』しているのが正確かと」
「顕微鏡にて詳細を確認しましたが、まさしく今言われた通り、物質のその状態のまま『維持』されていました。焼かれた藁人形という本質は変わっていないものと思われます。
この魔力が消えれば、本当にただの炭として形が崩れることでしょう」
硬くなっているから壊れない、壊せないのではない。
維持という力が働いているから壊れないし、壊せないのだ。
それは似ているようでいて異なる。
一部分だけを採取して詳しく調べようにも、一部分だけを削り取ることすら出来なかった。
なのに、触った感触は崩れそうなほどに不安定。
「はぁ……今まで私達は土魔法の本質を『硬化』と判断してきましたが、本来はこちらなのかもしれませんな」
常識が覆りそうな発見に、議論の主題が土属性についてへ移行しようとする。
誰もが、先程までの平行線な議論よりも、新しい発見の方を求めていた。
元々学問が好きな者たちの集まりなのだから、なおさらだ。
しかし、今の議題が『土属性の性質』についてではないのを、皆が理解していた。
「どうしますか、学園長?」
誰もが助けを求めるように一人の人物を見た。
髪のない頭に立派なヒゲを蓄え、アカデミー中の尊敬を集め、普段問題が起きてもしっかり向き合って解決してくれる頼りがいのある彼は……ひどく困った表情をして言った。
「陛下をお呼びしよう。
儂らだけの手には余る」
誰も反論せず――ようやく、議論は終結した。
たとえそれが、問題の先送りだと皆が理解していたとしても、答えの出ない迷宮からの解放感があった。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
閑話「答え無き問いを終わらせる方法」完




