第十三話「おばちゃん、実は凄かった」
そこは、私が『羽根を伸ばす』と頭がぶつかりそうな広さの部屋だった。
地に足をついた状態だと十分とも言えるし、狭いようにも思う。
部屋の中には私と、私に向き合うような形で三名が座っていた。彼らの目の前にはテーブルが置かれてあり、ぶ厚い紙束があった。
ちらと見えたところ、どうやら受験生たちの情報が書かれた紙らしい。
私のことも色々と書いてあったが、『竜人族』というところに赤いペンでぐるぐると◯が書かれてある。
(うむ? 竜人族であることを疑われているのだろうか? 羽根を伸ばして見せたほうが良いか?
ぐぬぅ。大変だ。ヴァレリオがいないから確認が取れんぞ)
一人ひとりで面接が行われているため、頼りになる弟子に頼れない。――いや、日頃から私が甘えすぎていたのだ。もっと人の子達の理解を深めねば。
理解を深めるためにも、体験入学で学ぶことにさらに気持ちが高まる。
「えと……レン様でお間違いないですね?」
「ああ。家名とやらはないのだ。すまないな」
「い、いえ! その……」
面接官の二人は顔を見合わせた。そして中央の……人間族に見える男性を仰ぎ見た。
どこかで感じた気配ににているなと少し考える。
(ん~? この気配は……あ! ゼペーで出会った警備隊員に似ているな)
思い出してスッキリした。
そしてこの国ではエルフの数は少なく町中を歩くと目立つと聞いていたから、隠そうとすることもおかしくない。
真ん中に座っていることといい、残り二人が気を遣っている様子を見るに、偉い人らしい。
(しかし……あらかじめ見ていた学園の『偉い人』にこんな人物はいただろうか?)
さらなる疑問が浮かんでしまった。記憶を掘り下げるが、やっぱり心当たりがない。
(うむ……私も年を取ったものだな。こんなにも最近学んだのにもう記憶が曖昧だ)
数多の記憶が交錯しあい、どの話のことだったかがわからなくなる。
(ラングゥイリーヤに似ている気がするが……あれはまだ私の鱗が変色してなかった……十万年は前か。なら違うな)
記憶を探ってもまったく分からなかったので、諦めた。
仕方ない。分からないものは分からない。ならば
「む、すまない。学園関係者については学んだはずなのだが、君の顔に覚えがない。私が見逃しただけかもしれないが、教えてくれないだろうか」
素直に聞いてみることにした。
だが、両隣の面接官は「ひぃっ」と振るえた様子で真ん中の彼を見た。
淡い紫色の髪と瞳。全体的に線が細いが、仕草はどこか美しい。セルべーリアやレイヴンの所作とどこか似ているので、貴族なのは間違いないだろう。
そして何よりも特徴的なのは、精霊たちが優しげな雰囲気で彼の周囲を漂っていること。
精霊たちが、自慢の子孫なのだと教えてくれた。
彼がゆっくりと口を開いた。
「私はシルヴァグゥインド=ゾンネ=アウレリアと申します。
最近、父が崩御したため、皇帝の地位につきました」
彼……シルヴァグゥインドは椅子から立ち上がり、私に向かって静かに膝をついて頭を下げた。残り二名も彼に従い、膝をつく。
「ああ、なるほど。皇帝だから学園関係者欄にいなかったのか」
つまり私が見逃したわけでも、覚えてなかったわけでも、ボケたわけでもないらしい。
「しかし、君は若いように見えるが、もう親なのだな。君の子にゼペーで会ったぞ。
元気ないい子だな」
安心して笑い、そう声をかける。
シルヴァグゥインドは、感情が見えなかった顔に少しの驚きと共に、口元にかすかな笑みを浮かべた。
「……そうですか。あやつは少々落ち着きがなく、レン様にご迷惑をかけていなければよいのですが」
言いつつも声は柔らかく、子を褒められたことを嬉しく思っているようだった。親の顔をしていた。
「いや、ちゃんと務めを果たしていたぞ」
彼はその言葉に安堵したようだった。
「しかし、学園の面接というものは皇帝がするものなのだな。知らなかった」
感心していると、奇妙な空気が流れる。
「? どうした?」
「……いえ、本来は私は面接に関わりません。学園のことは学園の者に任せてますので」
「そうなのか。では、何か問題でもあったのか?」
首をひねると、なぜか三人からじっと見つめられた。
「少し……興味がありましたので」
シルヴァグゥインドが、言葉を選ぶように慎重に声を発した。それで納得する。
「なるほど。私と同じか!」
「……は?」
「私は体験入学。君は体験面接、ということだろう?
分かるぞ。何事も初体験というのは心弾むものだ。こればかりは年を取ろうが関係ない」
うむうむと一人頷く。
「恥ずかしがることはないぞ。知りたいと思うことは、おかしなことではない」
笑って親指を立てて安心させようとする。
「……ふっ、そうですね。知りたいと世界へ飛び立つのは、自然なことです」
彼が笑ったので頷く。
「うむ。私としては人の世というのはどうにも不思議なことだらけでな、興味深い。
まぁ、学園に来たいと思ったのは弟子のこともあるが」
ぼそりと呟くと、シルヴァグゥインドが……いや、三人の目つきが変わった。
顔を見合わせ、代表したようにシルヴァグゥインドが口を開く。
「弟子ですか?」
「うむ。ヴァレリオというのだが」
「ヴァレリオ?」
「……二つ名持ちの冒険者ですね。若くしてAランクにソロで昇格した」
首を傾げた彼に、隣りにいた別の面接官が答える。
弟子はそこそこ有名らしい。
(たしか、二つ名というのは大きな功績をもとにギルドから与えられるものだったか?)
頭の中から冒険者知識を掘り返す。
Aランクだから絶対持っているわけではなく、場合によってはCランクで二つ名持ちの場合もあるんだとか。
冒険者のランクは単純な貢献度だけでなく、試験合格も必要なのでそういう事――貢献度は偉大でも実力が追いついていない――も起こりうる。
そして余程のことがない限り、いきなりランクが上がることはないそうだ。
(……むぅ。一つずつランクが上がる経験もしてみたかったなぁ)
私は『竜人族』ということでいきなりSランクになってしまった冒険者証を思い出し、少し切なくなった。
リンドベルにいた頃、何度か冒険者ギルドを訪ねたが、ランクの昇格試験の合否について語っている子達を何組か見かけた。
落ち込む者、喜ぶ者、さらに意識を引き締める者など三者三様だったが、微笑ましかった。
「それで、弟子がいることと入学にどういう関係があるのでしょうか?」
「む? いや、師匠となったからにはきっちりと教えたいとは思うのだが、今の人の子たちの肉体強度についてよく分からなくてな。
幸いヴァレリオは強靭な方だが、限界値が分からないと肉体を破壊しかねないだろう?」
だから、人の子の身体について学びたい。
「あとは君たちの言う魔法についてだな。
私達が無属性を変換してそのまま使うのに対し、君たちは無属性を魔力炉というものを通すことで属性を変換し、魔力炉に何か書き込むことで魔法とするのだろう?」
なんだか複雑なことをしているなと、口に出してみて改めて思う。
基本、生き物の本来持つ魔力は無属性だが、多くの生き物たちは無属性のまま体外に放出できない。
無属性のまま放出してから属性に変換する私達竜人族とは、根本的に違う。
なぜわざわざ魔力炉というものを生み出し、それを通さないと外に出せないのかは知らない。
無属性のままの方が、いろんな属性に変換しやすいのでそっちの方が良いと思うのだが……。
「それは、無駄にエネルギーを放出しないために魔力炉で蓋をしているためです」
首を傾げる私に、シルヴァグゥインドが言った。
「魔力というものは、日々過ごすだけでも体内で消費されます。身体能力の強化や健康維持に使われ、食べたり寝ることで回復します。
なので魔力が少なければ身体能力は低くなり、病気にもかかりやすくなります」
「ふむ。それは分かるが……魔力炉がなくても私達は問題ないぞ?」
言葉を返すと、苦笑された。
「それは貴方がた竜人族様が持つ魔力が膨大すぎるから、多少漏れ出ても問題ないこと。それと魔力制御能力が高すぎるから大丈夫なのかと思われます。
私達は日々の生活において、動作や感情で魔力が乱れます。意識のない間は特に……常に魔力を管理し、外に漏れ出ないようにするのは非常に困難なのです」
驚きに口を開ける。
「寝ていようが起きていようが、魔力の制御はできるものだろう?」
聞き返せば、シルヴァグゥインドの両隣の面接官が、ぶんぶんっと音がするほどに首を横に振っていた。
多少の魔力は日々漏れ出ているものの、生活に支障が出ない程度に魔力炉を使わず『自力で』抑えられているのは、すごいことなんだとか。
はー、と声が出た。
「……私、凄かったのか」
シルヴァグゥインド達が、がくっと体のバランスを崩して転けそうになっていた。
突然どうしたのだろう?
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十三話「おばちゃん、実は凄かった」完




