第十二話「おばちゃん、行列は癖になると知る」
試験の結果は、残念ながら不合格だったらしい。
しかし、半年間の体験入学をさせてもらえることになった。
考えてみれば、私にとって数年は瞬き程度の時間だが、ヴァレリオにとっては長い時になる。
半年だけと区切ったほうが彼にとってはいいかもしれない。
(まぁ、私も人の子の体の強さや魔力についての知識が多少得られればそれでいいしな)
これからもっとちゃんと師として指導するには、私の中の『人の子』への知識が浅い。
ヴァレリオ本人から聞くこともできるが、彼自身分かっていないことも多い。
自分の肉体についての理屈など、分かっているようで分かってないものだ。
ひとまず私としては納得していたのだが、ヴァレリオは不満そうだった。
「師匠が不合格だなんて……一体どんな評価をしたのだか」
肩を上げているその姿は、今にも抗議をしにいきそうだ。
「怒ってくれるのは嬉しいが、仕方ないだろう。
試験のあとで、受験生が勉強に使うという教科書を買って読んでみたが、私の知っていることと違うことも多かった」
これは当時のことを見てきた私と違い、当時の人の子達の遺したものから昔を読み取っている現代の人の子達との差だろう。
単純にそれを間違っている、とは言い難い。
(私の目で見たそれが絶対的に正しいとも言えないからなぁ)
それに、多くの受験生にとってはそれが『正解』と教わって勉強してきたものを、私の一言だけで変えるのも変だろう。
「ヴァレリオ。
真実や正解なんてものは、見る者によって変わるものだ」
「師匠……」
「そう。君にとって私が『師』であるように。他の人の子からすると、私は竜人であったり、世間知らずのおばちゃんだったりする。
それらが時と共に変化するかもしれないが、真実は変化しても良い……と、私は思っている」
口をつぐみ、視線を下げて何かを考え始めたヴァレリオから目線を外す。
彼は優しく柔軟だ。様々なものを見て様々なものを感じ、彼なりの何かを積み上げていくだろう。
それがどういうものになるのかが楽しみで……、もしかすると子を持つ親というのは、このような感覚なのかもしれないと思った。
「ふふ……ああ、そういえば明日は面接だったか。面接とは何をするのだろうか?
楽しみだな」
面接なんて初めてだ。試験官と話をするらしい。何の話をするのかと想像してみる。
「色々と聞いてみたいことはあるが……む? いや、私が聞く側ではないのか。
私に答えられることがあればいいのだが」
脳裏にはフィンからの依頼や、レイヴンとの講義前の面談が頭に浮かんだ。
あのような雰囲気なら、なんとかなりそうだ。
「よしっ!
明日のことは明日だ。夕食を食べに行くとしようか」
手を叩いて意識を切り替えると、ヴァレリオもちょうど思考から戻ってきたところのようだった。そっと微笑んで頷きを返してくれた。
「そうですね。
なら、今日は商人街の方に行きませんか? 受験生が話してましたが、帝都では酪農が盛んらしく、直接酪農家から仕入れている美味しい店があるそうです」
「酪農、というと……動物を飼いならして増やし、その乳や肉などを得る職業のことだったか」
昔からとても不思議に思っていた。
しかしその酪農のおかげで、美味しい『ばたぁ』やら『ち~ず』が食べられるのだ。
最初にそれをしようと思った人の子に感謝したい。
「酪農というのは不思議だな。食べるために育てるとは……いや、それを言い出すと畑もだが」
竜人族の里には畑も牧場もないので、初めて畑や牧場を見たときはなんとも新鮮で不思議だったものだ。
ヴァレリオは一瞬驚いてから、すぐに納得した。
「ああ。竜人の方は基本食事されないんでしたっけ」
「うむ。自然の魔力を得ているからな。生命維持のためにわざわざ食事をすることはないな」
「畑も牧場もない里……俺には逆に想像がつきませんね」
不思議そうに首を傾げられる。
たしかに彼からするとそうかも知れなかった。人の子達は、それぞれの役目を毎日こなし、その対価を受け取って生活している。
「ふむ……経済というものがそもそも私達の里にはないからなぁ。
服に関しても、そもそも私達が無意識に発する魔力に耐えられる布地というのがなかなか無いし、自らの魔力で生み出せば事足りるから誰かから買おうという発想にはならない」
食事をしないから家には台所もなく、寝台があるだけという竜人族がほとんどだ。
水の竜人族は知識のために研究室を持っていたり、火は鍛冶場、土は作業場、風は演芸の練習場を持っていたりはする。
しかし、それらは仕事ではない。
自分たちがしたいからしているだけで、基本は対価をもらうこともない。
余程相手がそれを欲した時に、対価をもらうくらいだ。
「だからいろんな店がある人の街は、見て回るだけでも楽しい」
里で過ごす日々は穏やかで心地が良い。だが同時に、変化に乏しく、物足りなくなることもあった。
逆に言うと、人の街が騒がしすぎると感じることもある。
しかし、今の私はその騒がしさが心地よいと感じているので、問題なかった。
静かになりたいと思ったなら、その時は離れればいいだけだ。
「だから人が金に価値を見出して交換していると初めて聞いたときは、おかしなものをするものだと思ったものだ」
初めてその話を聞いたのは、まだ子どもと呼べるような年の頃だ。
「昔は今ほど凝った彫刻もされてなく、もっと単純でな。
だから当時はあまり心惹かれなかったが、段々と彫刻が精巧になっていき、私もそれが気に入って貢物を受け取るようになったのだ」
一枚二枚と、昔の金貨を見せる。
「これなど見てくれ。父が初めて金貨に描かれてな。父はもっとシャープな顔立ちだが、当時の人の子達が懸命に描いたのがコレなのだ」
数字が書かれた金貨の裏に、羽根を伸ばした父の姿が彫られている。精巧とは言い難い出来だが、当時の人の子達の技術ではそれが精一杯だったのだ。
「それは……まったく見たことない金貨ですね。レングラントのものともまた違いますし、金の純度が高いのでは?」
「む。純度か。余り気にしたことはなかったが、そうかもしれんな」
ヴァレリオに指摘を受けて調べたが、たしかに金の成分の割合がレングラントのものよりも多い。
「……もしや、金の純度が大切なのか?」
首を傾げると、ヴァレリオは苦笑して落ち着いた。
「はい。純度の低い他国の金貨が価値が低いとされているのは、そのためが大きいです」
「はぁ、そうか。君たちは金そのものに価値を見出しているのか。
……なぜだ?」
「なぜ、でしょう? 希少金属だから、でしょうか?」
腕を組んで悩むと、ヴァレリオも「そういえば」という風に考え込んだ。
しばらく二人で悩んでみたが、答えが出る前に目的の店についてしまった。
まずは料理を楽しもう。
ヴァレリオが言っていた通り、並ぶ店には『◯◯牧場直産』『契約先:◯◯牧場』などの看板が競うように書かれてあった。
どういう牧場と契約を結べているか、というのがこの辺りの飲食店では大切らしい。
逆を言えば、牧場からしても名を売るために有名な飲食店に認めてもらおうとする、というのもあるんだろう。
面白い関係性だ。
生涯を共にするパートナーのようだが、互いに利用の価値がなくなれば関係性が途切れることもありそうな、強固なようで不安定な関係性に見えた。
どの店に行こうかと二人で話し合ったが、中でも人々が並んでいる店が気になった。
人の子の短い人生で、並ぶという時間を費やそうと思える店というのは、なんだか凄そうだ。
最後尾の札を持った従業員らしき者に声をかけた。
「うむ。並びたいのだが、どれくらいかかりそうだろうか」
「あ、どうもいらっしゃい。そうですね。今だと1時間以上かかるかと」
「……私はここが気になるが、ヴァレリオはどうだ? 腹が空いてるなら」
私と違ってヴァレリオはし、っかりと食べないと死んでしまう。
振り返ると、赤い瞳が嬉しそうに輝いている。
「!
俺は大丈夫ですよ。並びましょうか」
どうやら彼もここの味が気になるらしい。私達は並ぶことにした。
「ヴァレリオ、すごいぞ。私達が並んだ後に、あんな行列がまたできている!」
「ほんとですね。よほど美味しいんでしょうか。楽しみです」
「うむ。並んだ分も美味しさに足されそうだな」
そうして食べた名物鍋は、とても美味しかった。
「おおっかぁっとするぞ!」
「辛っ……ですが、次にも手が伸びてしまいますね」
「これが癖になるってやつだな」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十二話「おばちゃん、行列は癖になると知る」完




