第十一話「おばちゃん、残念がる」
非常に困ったことになった。
目の前では実技試験として、試験官から指摘された属性の魔法を使わないといけないらしい。
(しかし、しまったな。私は魔法が使えないぞ)
魔法とは人が生み出したものであり、私には使えない。もちろん、似たような結果にすることは出来るが、それは魔法とは異なる。
ヴァレリオに聞いたところによると、魔法式というものを魔力炉に刻み込むらしい。その魔法式を通すことで、魔力を一定の形に変換して事象を生み出す。
そんなに大変そうなことをせず、自分で魔力を変換したほうが良いのではないか、とは思うのだが。
(ヴァレリオでもそれは難しいそうだからなぁ)
魔法式で魔力への方向性をある程度つけることで、魔力を扱いやすくなるらしい。
そしてその魔法式は戦闘に特化しているらしく、一般人はそう必要としない。
冒険者たちですら、魔力炉の解放はするが、魔法式まではしないものが多いのだとか。
『魔法式を刻むには自身の魔力への理解と、苦痛を伴いますからね。
そこまでしなくても、身体能力の強化はできますから』
なるほど、と分かったような分からなかったような返事をしてしまったものだ。
だがとにかく。魔法を使うのは中々に面倒だということ。
とはいえ、帝国のアカデミーに入ろうとする者たちは魔法を習得していることが大前提らしい。
「次! 受験番号2367、レン……。レンは前へ」
悩んでいると呼ばれた。名前が言いにくそうだったのは、私には家名がないからかもしれない。
先程から聞いている限り、人の子には家名があるのがほとんどのようだったから。
(うむ。この家名というのもなんだか不思議なものだな)
また一つ、知りたいことが増えたと思いながら前に出る。
「……すまない。私は魔法が使えないのだが」
そして、仕方なく素直に告げる。試験官は少し驚いてから、頷く。
「なるほど、種族魔法ということでしょうか?
そうならば、同じような結果をもたらしてくだされば構いませんよ」
悩んでいたことは、あっさりと解決した。
どうやら、種族魔法というその種族ならではの魔力技術も、魔法の一種のように扱ってくれるらしい。
自分の使っているのは魔力をただ操るだけなので魔法と呼ぶのはおこがましいが、魔力を使ってそれっぽいことをすればいいというのは助かる。
「火属性は使えますか?」
「む? うむ。できるぞ」
「ならば……この藁人形を燃やしてください」
言いながらメガネを掛けた試験官が、中庭に立てられた藁人形に手をかざして火の玉を飛ばして燃やした。
めらめらと燃えているが、不思議なことに藁人形はすぐに燃え尽きることなく、火を受け止め続けていた。
じっと観察してみると、表面を水の魔力が覆っており、人形を保護しているようだ。
それでも燃えているのは、彼の放った魔力そのものの持つ効果。
「遠慮なさらなくても大丈夫ですよ。保護魔法がかかってますから」
「ふむ。燃やせば良いのだな」
「はい。方法は問いません」
頷く。とても簡単なことだ。
とはいえ手加減をしなければ、隣りにいる試験官が怪我をしてしまうかもしれない。
なので、近くにいた火の精霊にお願いすることにした。
周囲にいる人達が怪我しない程度の威力で、人形を燃やしてほしいと。
火の精霊は、楽しげなステップを踏んでから人形に飛びつく。
ゴオォッ!
音と熱は一瞬。
黒焦げになった人形がそこにあった。完全に灰になっているというのに形を保ったままとは、中々上手い火加減でやってくれたらしい。
「……は?」
試験官がそんな声を出した。とっさに謝り、せめてこれ以上形が崩れないようにと土の魔力で人形を『保持』した。
「む、すまない。焦がしてしまった。燃やし続けないとダメだったか」
火の精霊が申し訳なさそうにしていたので、気にするなと魔力を渡す。私の伝え方が悪かっただけだ。
それに、誰も傷つけてないのだから、私がやるより上手だ。
(あの程度の火力で燃え尽きるなら、私が加減したものだと形も残せなかったな)
ということは強すぎるということであり、周囲にいる人の子達を傷つけていた可能性がある。
心配になって周囲を探るが、体調不良者はなさそうだ。
精霊に任せて良かった。
(火は扱いが難しいからなぁ)
火は揺れ動き、一時として同じ姿でいることがない。故に安定した出力を維持するのが最も難しい。――子供の頃は、火の制御を学ぶのに、手を焼いたものだ。
火の友人からからかわれたのが悔しく、火の長の元に教えを請いに行ったのを思い出す。
しかしそれ故に様々な属性と結びつきやすく、火は属性の基礎とも言われる。
だが、一定の出力を保つのと、人の子達に影響が出ないが人形を燃やせるほどの威力を出す、というのはまた別だ。
(ここにいるのがヴァレリオだけなら試してみるが、そうじゃないならちと怖いしな)
「人形を壊してしまったな。弁償しよう」
「……そんな、術式も呪文も使わず? あの強固な保護を破壊した……?」
「? 弁償を……」
何やらブツブツ呟いている試験官に声をかけるも、聞こえてなさそうだった。
何やら強い衝撃を受けたような顔をしている。
(……はっ! もしや、この人形がものすごく高価だったのではないか?)
気づいてしまって焦る。
高価とはどれくらいなのだろうか。リアナはだいぶ多めに見積もって両替してくれたと言っていたが、足りるだろうか?
古銭を出してなんとかなればいいのだが。
(いや待て。そんな高価なものを試験に使うだろうか?
だとすると……火球を出すところからまったく同じにすべきだったのだろうか?
しかし、私には火の友人みたいに熱くない火球は生み出せない。……う~ん、指先ほどの大きさならなんとか)
考えれば考えるほど、試験官の見せた見本通りというのが難しかったのだなと気づく。
(先程から受験者たちは同じようにしていたし、皆すごいなぁ)
感心していると、慌てた様子でやって来たアカデミーの者が、試験官の耳元で囁いた。
『先生! この方、竜人様です』
『! なんですって!』
内緒話らしいのだが、聞こえてしまって申し訳なくなる。
竜人と周囲にバレたら騒がれるということで角は消しているが、出願用紙にはちゃんと種族も書いていた。
(嘘をついて入学させてもらうわけにはいかんしな)
試験官がこちらを振り返ったので、威圧を与えないようにと微笑みを返す。
「ひぃっ」
なぜか試験官の顔が真っ青になった。――そんなに私の笑顔は引きつっていたのだろうか? たしかに作り笑いは苦手だが。
「だ、大丈夫です! 人形も老朽化していたので」
「む? そうか……しかし、弁償」
「結構です! 全然! 全然お気になさらず!」
大丈夫、と強く言われたのでひとまず引き下がる。強引に行くと余計に怖がらせそうだ。
(あとでヴァレリオに話して、どう対応するのが正しいか確認しよう)
改めて、この旅に彼が着いてきてくれていて助かるなぁと思った。
***
「ということがあったんだが、弁償した方がいいのだろうか?」
詳細を説明すると、ヴァレリオはしばらく呆然としてから、額を押さえて長い息を吐き出した。
「いえ、弁償はいらないかと思います」
弁償はいいらしい。彼が言うならそうなのだろう。
「む? そうか。
しかし、私の笑顔は怖いのだろうか?」
ただ、私としても弁償以上にそちらの方が気になった。
思わず肩を落としてしまう。
「怖がらせてしまうなら、今後はなるべく控えようと思うのだが」
「そんなことありません!」
悲しいが仕方ないと呟くと、肩を掴まれて「おおっ?」とまばたきをする。
ヴァレリオはとても真剣で、熱意ある目で私を見ていた。
「師匠の笑顔はとても素敵ですから!」
ぽかんと見上げる。
「そ、そうか? そこまで言われるのも少し照れるが、ありがとう。
本当に君はいい子だなぁ」
微笑んで頭を撫でる。ヴァレリオの黒髪はとても柔らかくて触り心地が良かった。
「す、すみません」
ハッとしたヴァレリオは、真っ赤になってすぐ身を引いた。
私より彼は身長が高いので、離れられると頭を撫でられなくなり、ちょっと残念だった。
また隙を見て撫でさせてもらおう。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十一話「おばちゃん、残念がる」完




