第十話「おばちゃん、自慢話を得る」
空気がピンと張り詰める、とはこういうことを言うのだろう。
余り経験したことのない雰囲気に、柄にもなく少し緊張する。
(音を立てて他の子たちを邪魔してはならないからな)
静かにペンを取り、用紙に書き込んでいく。
問題:以下はレングラント王朝の歴代コインである。これを古い順に並べよ
見てみると、何やら見覚えのある金貨の絵が描かれてある。昔もらったことのある金貨だ。
私が金貨の絵を気に入ったからか。あの国の人の子達は、金貨の絵が変わるたびに新しいものを持ってきてくれていた。
(えーっと、たしか……最初はリリーという女性が届けてくれたな。それがたしかこれだ)
記憶を辿っていく。
まだ数万年前の話なので記憶は鮮明だ。
昼寝から目覚めると、目の前にはたくさんの野菜や穀物、そして金貨が置かれていた。
寝ている間に置かれていたらしい。
少し驚いたが、初めてのことではないのでまたかと思っただけだったのだが。
『現人神様。我らはレングラント王国より参りました。どうか我らがこの地に住まうことをお許しください』
その後でやってきた女性たちが、私が目覚めていることに気づくと頭を下げてそう言ったのだ。
たった数百年昼寝していただけなのだが、人の子達はそうやってよく私達を神と呼ぶ。
私達は神とやらではないし、神という存在も私達は見たことない。しかしよく神と呼ばれることがあるので、そんなに私達と神様とやらは似ているのだろうか。
(と、そんなことより今は試験に集中せねばな。
だから……これが最古……いやまてよ。たしかリリーに聞いた時、こっちのほうがさらに古いと言っていたな)
リリーとの会話を思い出しながら、古い順番にコインの番号を書いていく。
問題:レングラント王朝は竜神を崇めていたが、その竜神の属性は以下のどれか
(む? 地水火風しか選択肢がないな。私は土と風なのだが、どう答えればいいのだろう)
悩んだ末に、二つ書いておいた。
問題:コーレニ湖ができた自然現象のことをなんというか。
ペンが止まる。
(自然現象……うむ。まぁ、喧嘩も自然に起きるから自然現象か)
納得してペンを動かす。――火のヴァルヴァロッサと水のウォータニアが喧嘩したから。
(よし。調子がいいな。このまま頑張るとするか)
他にも計算問題もあったが、そんなに複雑でもなかったので解いていく。
(うむうむ。試験というのは、楽しいな)
フィンから帝国アカデミーの試験は難しいと聞いていたが、今のところそんなに難しいと感じるものはない。
あえて言うなら、私の属性が選択肢になかったあの問題くらいだろうか。
試験が終わったら、ちゃんと伝えておこう。
(私は風と土だから、片方だけと言われるのは少し悲しいしな)
父と母から受け継いだものだ。
(……む? いや待てよ。そもそも私達は人の子達と違って属性そのものは持っておらんな。
あくまでも、魔力の質がどの属性に変換しやすいかの違いであって……むむっ、困ったぞ)
ということは、あの問題の答えは無属性、というひっかけなのかもしれない。
こういった問題には、そういう意地悪な問題がある、とレイヴンからも聞いた。
なるほどと納得して、無属性と書き直した。
問題:以下の言語を読み解き、設問に答えよ
進めていくと、今度は言語の問題が出てきた。見慣れぬ文字だが、似た文字を知っていた。それに当てはめていくと、すぐに理解できた。
(ほほお? ヒンダガ語というのか。大陸南部の方の少数民族の言語だと……興味深いな)
試験というのは、学びの場でもあるらしい。新しい発見に楽しくなる。
私達からすると、紙に情報を書いていても、紙の方が先に壊れてしまう。だから、文字で残そうとする発想がない。文字というものを残す意味が薄い。
しかしこうして人の子達が文字として単なる情報を残す以外にも、文学というものにまで発展させているのを見ると、竜人族はなかなか不便なものだなと思った。
私達ではできない発想。里内で、文字による芸術作品があまり普及しない原因なのだろう。
(音楽はある。弾き語りや物語ることはあるが、絵本なるものを使うことはないし……そういえば、絵本とやらは楽しかったな。
あとで帝国の絵本も買いに行くか)
リンドベルで買った絵本の存在を思い出し、試験後の楽しみが増える。
そんな風に、試験の時間は過ぎていった。
最後まで書き終わり、周囲を見渡す。
自信満々そうな者。顔面蒼白な者。まだ真剣に解いている者。寝ている者まで様々だ。
(ふむふむ。街中では余り見かけなかったが、ここにはいろんな種族がいるようだな)
帝国は、エルフを皇帝とし、人口の多くは人間族で残りはほとんどエルフだと聞いていた。
実際、ここに来るまでの道中や街中では他の種族は殆ど見なかった。
帝国のアカデミーは大陸でも屈指の学び場だと聞いているので、おかしくはないのだろうが。
(それにしても、街中でもう少し見かけても良さそうだが……ふむ?
あとでヴァレリオに聞いてみるか)
などと考えていると「ゴォーン」という鐘の音が聞こえ、背中がびびびっとした。
試験の開始時にも鳴ったが、聞き慣れない音だ。
「はい。ペンを置いてください。解答用紙を回収します」
試験を見守る番人が、受験者たちの紙を集めてまわり始めた。
順番が近づくと、年甲斐もなく興奮した。
「回収しま……っ!」
「うむ。持っていってくれ」
堂々と差し出すが、試験の番人は私の顔を見て何やら途端に汗を書き始めた。
「? どうした?」
「い、ぃえっ? ななっ、なんでもございません」
声を裏返し、慌てた様子で私の用紙を受け取るとすぐに次へと移っていった。
(ふむ……教室内は人の子密集率もあって、すこし気温が高いから、そのせいか)
人の子は気温の変化に弱いと聞くから、きっとそうなのだろう。
風を操って涼しい空気を送ってあげることにした。
「ひぃっ」
ぶるぶるっと体を震わせていた。どうやら涼しくなったらしい。
そのあと、番人はすべて回収を終えると、
「このあとは実技試験になります。受験番号を確認し、各自それぞれの会場に向かってください」
やや早口でそう言うと教室を出ていった。
番人は忙しいらしい。かなりの人数が受験すると聞いたから、大変なのだろう。
立ち上がる。
どうやら問題用紙は持ち帰っていいそうなので、記念に宝物袋に入れておく。
「ふふっ……受験生を経験したなどと言ったら、きっと皆羨ましがるぞ」
里でもそんな経験したことのある者は、ほとんどいないだろう。
なにせ、金の瞳は人の世界では目立つ。
「試験、楽しかったなぁ」
しみじみと試験のことを反芻していると、「師匠!」ヴァレリオの声がした。
ヴァレリオは別の教室で試験を受けていた。
「おおっヴァレリオ! 試験は楽しめたか? 私は……楽しかったぞ!」
「大丈夫でし……楽しっ?」
赤い瞳が丸くなった。とても驚いている様子に、少し照れくさく思いながら笑った。
「うむ。
歴史の問題では中々懐かしい話もあったしな。私の話が出た時は、少々気恥ずかしかったが、ちゃんとひっかけ問題も見抜いて回答したぞ」
「懐かし……自分の話……は、えと……ひっかけ?」
どこか呆然としている様子のヴァレリオに、説明した。
「ああ、ほら。レングラント王国の話があっただろう?
当時、なんど違うと言っても彼らは私を『竜神』と呼ぶものでなぁ」
「……は?」
「竜神の属性とやらは、最初は私も風と土かと思った。
しかし……考えてみれば、選択肢にはなかったが私の魔力はそもそも無属性だ。
だから、選択肢に惑わされず、ちゃんと無属性と書いたぞ!」
両手を腰に当てて胸を張る。
「……それは、すごいですね。さすがです、師匠」
「そうだろうっ?」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十話「おばちゃん、自慢話を得る」完




