第九話「おばちゃん、閃く」
寝転びながら呻いている男たちを見下ろす。
「うーむ? ヴァレリオ……喧嘩にしてはやりすぎじゃないか?」
「喧嘩……」
どこか恥ずかしそうにしていたヴァレリオは、私の言葉に曖昧に笑った。
「そんなに君が清潔好きとは知らなかったな。今度から、私も気をつける」
「え? そういう意味では……いえ、もういいです。はぁ」
黒い前髪をクシャりと掴んだ彼は、やがて顔を横に振って息を吐き出した。
「本当に、ありがとうございました!」
御者や乗客たちがヴァレリオにお礼を言っていた。
彼らの立場からすれば、ヴァレリオの喧嘩は渡りに船だったのだろう。取り囲まれている。
特に、若い女性……少女など、よほど怖かったのか。詰め寄る勢いだ。体を震わせ、目に涙をためている。身体に力が入らないのか、くねくねしている。
「本当に怖かったんですぅ。ありがとうございます。本当に……格好良かったです」
「は、はぁ。大したことでは……あの。ちょ、近いです。離れてください」
ヴァレリオは、戸惑ったように一歩退き、私を見てなぜか慌てたように両手を振った。
「師匠! 誤解しないでくださいね」
「む? 誤解?」
何の話か分からなかった。
ヴァレリオがやや頬を赤くして、咳払いした。
「ごほんっ。そんなことより! こいつらをどうしましょうか。
引き渡すにしても、まだ街まで遠いですし、街まで連れて行くには人数が多いので」
たしかに、賊は10人以上いる。この馬車にはこれ以上人数は乗れないだろう。
放置すると、もし逃げ出した時、賊たちは別の人達を襲うだろう。今回、こてんぱんにされたとはいえ、反省しているようには見えない。
そうなると……ヴァレリオのせいになったりするのだろうか?
(むむっ! それは問題だな。なんとかせねば)
彼が捕まってしまったら大変だ。
「なら、袋に詰めて」
「それは却下で」
腰につけた革袋を取り出そうとしたら、すぐ否定された。ダメらしい。生き物を入れても問題ないのだが。
「死んだりしないぞ?」
一応言ってみたが
「だから問題なんです。そんな袋、普通はないので」
ヴァレリオは小声で囁いた。私を見返す赤い目は真剣だ。一生懸命作った袋なのだが、変らしい。
(そういえばリアナも袋について何か言っていたような……なんだったか?
たしか……あ! 欲しいって言っていたな。なのにあげようとしたら「いらない」と言われて、よく分からなかった)
欲しいのにいらない、とはどういうことかよく分からないが、袋がオカシイのは間違いないのだろう。
今度から、人前で出すのは止めるとしよう。
「そうか。なら、私がここで見張っていよう。君は馬車に乗って街に入り、人を連れてくればいい」
こういった犯罪者は、その国や街の治安維持部隊に引き渡すらしい。
だが、運ぶのに私が考える方法は、たぶんダメなのだろう。
(羽を伸ばして背中に乗せようにも、私の身体では小さいから全員は無理だしな。父さんなら運べただろうが)
生粋の土の竜人族である父の巨体を思い出す。子供の頃は、友人たちと一緒に父の背に乗せさせてもらったものだ。
「うむ……懐かしいな」
「はい?」
「いや、父なら全員運べたなと思い出してな」
「ああ、なるほど……たしかに師匠だと全員は無理ですもんね」
ヴァレリオは以前見た私の『羽根を伸ばした』姿を思い出したのか。納得したように頷く。
「たしかに師匠のりゅう……『羽根を伸ばした』状態だと、大人が二人くらいですかね?」
「乗せようと思えば乗せられるが、安定した状態で座ろうとしたら、それくらいだろうな。
それに」
頑張れば札の上とか頭の上や尻尾にも乗せられなくはない。一応羽を動かさずとも空は飛べるし、風にお願いすれば落ちないようにも出来るが……。
「何よりも見た目が悪いしな!」
拳を握って言う。身体のあちこちに人の子をぎりぎり乗せている姿は、曲芸のようだ。
「……そうですね」
「? ヴァレリオ? なんで頭を撫でるんだ?」
「いえ、なんとなく」
それから、ヴァレリオは少し悩んだが……他の案が思いつかなかったようで、他の者と一緒に一度街へ向かうことになった。
「いいですか、師匠。大人しくしててくださいね?」
「うむ。見張るだけにしておくぞ」
「その間、コチラを渡しておきますね。食べ終わる頃には戻ってきますので」
ヴァレリオが袋を渡してくれたので確認すると、『ばたー』の香りがするお菓子だった。
「たしか……! そうだ、くっきぃ、だな」
道端の岩に座って、食べる。程よく甘い。何よりもこの歯ごたえと香りが良い。紅茶と飲むとよく合うのだと、セルべーリアに教えてもらった。
なので腰の袋から水筒を取り出し、温かい紅茶を飲む。
「しかし、本当にお嬢ちゃん一人で大丈夫なのかい?」
御者が不安そうにそう言った。
「そうだぜ、兄ちゃん。あの姉ちゃんぼーっとしてんのに」
幼子や他の人々もこちらを見ていた。
どうやら、私の『足を降ろした』姿は、人の子からすると強く見えないらしい。
人の子は余り魔力を感じ取れないようで、見た目で判断することが多いと聞いた。
(そんなに若く見えるのだなぁ……ふふふ、少し照れてしまうぞ)
ヴァレリオは、曖昧な表情を浮かべた。怒っているような。納得しているような。そんな複雑な顔だ。
「問題ありません。師匠は、俺なんてまったく歯が立たない方ですから」
なんだかすごく褒められた。
心配そうにする人々をヴァレリオが説得し、彼らは馬車で去っていった。
治安維持部隊を連れてきてくれるまで、待っているとしよう。
紅茶を飲み、『くっきぃ』を頬張る。うむ。中々に優雅なひとときだな。
「うぅ」
目の前にいる盗賊たちが呻いている。
その中の一人が、立ち上がった。先程からずっと、背後で縛られた手元で縄を少しずつ切っていたのが、ようやく切れたらしい。――よく頑張ったなぁ。
あのようにちまちまと縄を切るのは、むしろ大変ではなかろうか。
(私だったら……むぅ。たぶん少し動いたら千切れてしまうな)
この縄はとても脆い。
「死ねぇ!」
その男が、粗悪な小さい刃を突きつけてきた。
武器について詳しくないが、ボフトンの店にあったものとは比べ物にならないお粗末な出来だというのは、分かる。
作ったものの意思を感じない。
(なら、壊してしまっても良いか)
気にせずに、もう一枚、『くっきぃ』を取り出して食べる。
ガキィンッ!
ぱらぱらと刃の破片が降ってきたので、風で払う。
「……は?」
男が、しびれれたように自身の手を見下ろした。刃が折れた武器の柄がそこにある。
「元気なのはいいことだが、今は食事中だ。少し待ってくれ」
まだ手に残っていた食べかけの菓子を口に放り込み。ゆっくりと咀嚼する。
「わ、うわあぁああああっ」
男が折れた刃をめちゃくちゃに振るう。額や髪、目に当たる。
そのたびに刃が欠け、その粉が少し体にかかる。
菓子を全部口に放り込んだあとで良かった。菓子にかかったら面倒だった。
(まぁ、刃ごと食べられなくもないが、鉱物はあまり美味しくないからなぁ)
「さて。すまない。待たせたな」
今まさにまた振り上げていた男と目が合う。その時、
「ひぃっ化物!」
目を閉じて横たわっていた小柄な男が、仲間を置いて走り出した。
「む? ダメだぞ。君たちが逃げたら、ヴァレリオのせいになってしまうだろう?」
走り出した小柄な男を引き寄せる。
「……へ? なんで、俺はここに」
「逃げられては困るからな。重力で引き寄せた」
土の血を引いているので、重力操作は得意だ。父から教わったからな。生粋の土にもそうそう負けない自負がある。
「は? じゅうりょ……なんだよ、それ」
「君たち。元気なのは結構なことだ。
しかし、ルールに反することをすると決めたなら、負けたらそのルールに縛られるということだ」
この賊たちは、ルールを守るヴァレリオに負けた。そして私は、ヴァレリオが戻るまでここで賊の彼らを見張ると約束した。逃がすつもりはない。
「聞いてみたかったのだが、君たちはルールを嫌うようだ。だが、君たちの間でも別のルールがあるように思う。
なぜだ?
ルールが嫌なのに、なぜルールをまた作って別の組織に属するんだ?」
心から疑問に思って聞いてみたのだが、何故か全員が「ひぃっ」という声しか返してくれない。
首を傾げている間に、縄で縛られた者たちも、動かせる部位だけで逃げようとしていた。イモムシのようだった。
「どうした? どこへ行くのだ?」
彼らが前に進むのを引き寄せ続ける。
「大人しくしてくれ。君たちを潰さないようにするのは少し大変なんだ」
まいったなと呟いた時、彼らは全員が意識を失ってしまった。
「……む? 眠かったのか……それは悪いことをしたな」
起きたらまた聞こう。
そう思っていたのだが、起きる前にヴァレリオが警備隊を引き連れて戻ってきた。
「残念だな。彼らに眠気がなければ色々と聞いてみたかったのだが」
「師匠。お待たせしまし……眠気?」
「ああ、ヴァレリオ。ご苦労さまだ。
いやなに、私が質問したら皆揃って眠ってしまったのだ。余程疲れていたらしい」
「は、はぁ。一体どういう流れで……」
「さぁ、分からんが……あ! それよりヴァレリオ! あのくっきぃは美味しかったぞ。
まだあるか?」
「え? ありますが……夕食もありますし、食べ過ぎはよくないですよ?」
ヴァレリオが呆れるので、唇を尖らせた。
「むぅ。しかし、さっき男が振り回した刃物の粉を少し食べてしまったのだ。鉱物は魔力は豊富だが、美味しくないだろう?
口直ししたいのだ」
「……は? ふりまわし……え、鉱物……って」
ヴァレリオは、しばらく混乱した様子で、私に何が起きたか聞いてきた。細かく聞いてくるので話す。
「それで質問した時、ちょうど彼らの眠気が限界に来たみたいでな。全員寝てしまったのだ」
「いや、それは寝たのではなく、気絶だと思います」
「キゼツ? 寝るのとは何か違うのか?」
また人の子ならではの体調変化だろうか。
連行されていく賊たちを横目に、ヴァレリオは丁寧に『キゼツ』について説明してくれた。
「強い衝撃や精神的ストレスで気絶する、か。……しかし、私は何もしてないぞ?」
立ち上がって見下ろしたわけでもなく、彼らを傷つけることは何一つしてないのだが。
考え込んで、ぽんっと手を叩く。
「……なるほど! 彼らは繊細だから、ルールに耐えられずに外に出たのか!」
「ブフッ! せ、繊細……はは、あははは!
その発想はなかったです。さすが師匠」
――ヴァレリオにめちゃくちゃ笑われた。
なぜか分からなかったが、楽しそうだからいいのだろう。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第九話「おばちゃん、閃く」完




