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数十万年生きた竜人族のおばちゃんが、人の世を体験するようです  作者: 染舞
アウレリア帝国編

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第八話「おばちゃん、馬車旅を体験する」

 ガタッゴトッ。

 揺れるたびに、その揺れが新鮮で「おおっ」と声を上げる。


「ヴァレリオ! ガタガタするぞ」

 周囲の景色はのんびりと流れていく。どう考えても自分で歩いた方が早いが、ガタンっと揺れるのが楽しい。

 ヴァレリオは、目を細めて笑う。


「馬車ですからね。ですが、ここは道が整っているので揺れが少ない方ですよ」

 言われて道を改めて確認するが、たしかにただ踏み固められただけでなく、土の魔力を感じられた。


「そうなのか? だから君も酔わないのか?」

「う……あれは船だったからです。馬車では酔いませんよ」

 首を傾げる。

 船の揺れではあれだけしんどそうだったヴァレリオは、馬車では元気そうだ。私からすると同じ揺れだが、違うらしい。


「なんだよ姉ちゃん。大人なのに、馬車くらいではしゃいで、おかしいの」

 と、高い声に顔をそちらに向ける。

 幼子がこちらを見ていた。ヴァレリオが立ち上がりかける。


「なっ! 君、この方は――」

「ははは、そうなのだ。実は、乗合馬車に乗るのは今日が初めてでな。君は何度も乗ってきたのか? すごいな」

 笑うと、幼子は自慢げに胸を張った。なんとも愛らしい。


「そうだぜ! 俺は母ちゃんと何度も馬車に乗ってるからな」

「もうこの子ったら。すみません、不躾に」

 隣の母親らしき女性が申し訳なさそうな顔をするが、手を振って気にしてないと伝える。

「実際、馬車においては彼の方が先輩だからな」

「せんぱい……おう! そうだぜ」

 少し頬を染めて、しかし嬉しそうに頬をかいた幼子は、バンバンと馬車を叩いた。


「そこの兄ちゃんも言ってたけど、ここらへんはまだ道が良いんだ。だけど、もっと道が荒れてるところだと揺れがきつくと、身体が痛くなるんだ。だからクッションになるもの持ってるといいぜ」

 そういう彼の下には、たしかに外套が畳んで敷かれてあった。


(人の子は、この程度で身体が痛くなるのか。大変だな)


 身体が弱いからこそ、様々な工夫をするのだろう。感心して頷きながらも、ふと思い出す。


「ほお。なるほどな。

 む。

 そういえば以前出会った夫婦が馬車で旅をしていたが、その馬車の車内にはクッションが敷かれてあったな」

 あの時はそういうものかと思ったが、あれは身体が痛くならないようにということらしい。

「それは……かなり裕福な方かもしれませんね。単純に長旅なのかもしれませんが」

 驚いたようなヴァレリオの言葉に、さらに詳しく思い出す。確かに、あの夫婦の馬車は見た目は一見質素な感じだったが、全体的に頑丈であったし、車輪のところの構造はもっと複雑な感じだった気がする。


(しまった。ミソシルのことばかり気にして、馬車について聞くの忘れていたな。聞いておけばよかった)

 少し残念に思ったが、また会うことがあれば聞いてみるとしよう。


「じゃあ、姉ちゃん。あれしらねーだろ。この街道沿いに生えてる花は、先代の皇帝様が好きな花なんだぜ」

「なんとっ! 君は皇帝の知り合いなのか?」

「はっ? 何言ってんだよ。前陛下の好きな花くらい、常識だろう?」

「常識……常識なのか。知らなかった」


 前皇帝の好物は常識らしい。ということは、現皇帝のもそうなのだろうか。


(一個人の趣味趣向を皆が知っているとは……不思議だな)

 里の皆のことをよく知ってはいるが、全員が全員の趣味趣向を知っているかと言うと、そんなことはない。

 だというのに幼子が言うには、帝国国民ならほぼ全員知っているらしい。

 すごいな。


「だめだなぁ、姉ちゃん。どんな田舎から来たんだよ。仕方ねーから、俺が色々教えてやるよ」

「うむ。頼む」

 鼻の下を指で擦った幼子が、いろいろと話してくれる。中々に興味深い話だ。

 彼の母親とヴァレリオは、なぜか顔を見合わせて肩をすくめていたが。


「……ふむ。尊敬しているから好きなものを広め、それを様々なことに用いているのか」

 道端の花しかり。祭や式典しかり。


「そうだぜ。先代の陛下は、この国を作られた偉い人だからな!」


 それは少し分からなくもない。私も敬愛している方のもとを訪れる際は、その方の好むものを用意する。

 だが、人の世界の場合はそれだけでもなさそうだ。


(この子には悪いが、おそらく権力構造にも関係してそうだな)

 幼子は純粋に尊敬の念を抱いてそうだが、さすがの私も全員が全員、心からの敬愛を見たこともない人物に抱くとは思えなかった。


 権力者の好きなものを日常や式典に取り入れることで、民に親しみと敬意を抱かせ、同時にその上下関係とやらを意識させる。

 上下関係というものは、レイヴンとの授業でも聞いたが、未だによく分からない。ただ、人が社会を形成し、秩序を保つためにはある程度必要なものだと聞いた。

 その権威の強さは種族や地域、規模で異なるそうだ。


(人の子の世界は、複雑だなぁ)

 里では、自分とそれ以外という区別しかないので、なんとも不思議だ。

 一応困ったことがあったり、当人たちでどうしようもない諍いがあった場合は年長者を頼ることはあるが、しかしだからといって彼らが里の権力者で重要ごとを決めたり、責任を負うかと言うと、そうではない。


 人の子達は、自分たちよりも寿命が短くて明らかに数が多い。それゆえに秩序を保つために必要なルールなのだろう。


(となると、帝国の『おえらいさん』とやらに会った時は、大人しくしておかねばな。宿に着いたらヴァレリオに礼の仕方を習うとしよう)


 おえらいさんとの接し方が、私にはよく分からないからな。完璧ではなくとも、ヴァレリオに迷惑がかからないようにしておきたい。


「はぁ。師匠……何かおかしなこと考えてませんか?」

「む? おかしなこととは?」

 腕を組んで考える。礼について聞くことはおかしなことではないだろうし、他に今の会話で変なことはあっただろうか。


「……いえ、いいです。あとでお伺いします」

「そうか。それは助かる」

 ヴァレリオが話を聞いて教えてくれるなら問題ないだろう。変なことをしたら教えてくれるに違いない。


 そんな話をしていた時、ヴァレリオが瞬時に目つきを鋭くさせた。


「止まれ!」

 馬車の周囲を取り囲む人の子達。全員何かしら、武器らしきものを持っている。


「ひぃっ」

「きゃあああっ」

 甲高い悲鳴が上がる。――どうしたのだろう?


 よく分からないが、幼子の母親が幼子をかばうように抱きしめ、幼子は女性の腕の中で震えている。

 何か、良くないことが起きているようだ。


「命がおしけりゃ、有り金全部おいていきな」

 馬車を取り囲んだ男たちのセリフに、「おお」と手を叩く。これは噂の『賊』という者たちではなかろうか。

 人の間で取り決めたルールをあえて破る者たちだ。


 初めて見た。

 ……いや、見たことがあるかもしれないが、そういう存在だと意識してからは初めてだ。


 改めて賊を見てみる。雰囲気は警備隊より冒険者の自由な空気に似ているが、もっと乱暴な空気がある。

 一応、彼らの中にも序列はあるようで、周囲に指示を出している者がいる。


(うむ。不思議なものだな。ルールを破ろうとしている者たちなのに、この者たちもまたルールに従っている、とはなんだか奇妙だなぁ)

 守りたいルールと守りたくないルールというのがあるのだろうか?


「いやぁっ止めて」

 悲鳴がまた聞こえる。馬車に乗っていた若い女性が腕を掴まれている。

「お金は払ったはずです。娘を離してください」

 女性の父親らしき男性が賊にすがっている。たしかに賊はお金を払えば命は取らないと言った。だが、賊の目つきは女性の命というより、もっと別の目的がありそうだった。


「ああ。だから安心しろ。命ばかりはとらねーよ。俺の女にして可愛がってやる」

 可愛がる、という態度にしては女性を粗雑に扱っているように見えるのだが……人の子の可愛がるとは一体?


 なんとも難しい。


「おいっお前もさっさと出しな」

「む? 私のことか?」

 考え込んでいたら、賊が私を見た。私にもお金を出せと言っているらしい。

 彼らは確か命が惜しければ払えと言った。しかし、どう見ても彼らに自分を殺せそうには見えない。鱗どころか、鱗のない皮膚にすら傷をつけることができなさそうだ。

 なら、払う必要ないのではないか?

 断ろうと顔を上げる。


「待て……ひゅー。これまた上玉じゃねえか。高く売れそうだ」

「? 玉?」

 玉(ぎょく)が欲しいのだろうか? たしかに昔献上された宝物の中に玉(石)はたくさんある。


「そうか。石も価値があるんだったか。今度はそれを売ってみるか」

「は? 何言ってんだ。そんなことより、その綺麗な顔に傷をつけたくなけりゃ大人しくついて来……は? 動かねー」


 手を掴まれ、軽く引っ張られた。

 どうやら私を何処かにつれて行きたいらしいが、あまりにも力が弱くて、すぐに気付けなかった。


「うむ? そちらに行けばいいのか?」

 立ち上がろうとした時、火が男の手を焼いた。


「あづっ! なんで、火が」

 男が喚く。

 きょとんと隣のヴァレリオを見た。


「どうした? なにか私は間違えただろうか?」

 ヴァレリオの全身から火の魔力が溢れていた。火の精霊が歓喜に踊り、風がそれを持て囃すように歓声を上げる。

 彼は怒っているようだが、こんな時でも無意識に闇の魔力は抑えているようだ。闇の精霊が気まずそうにしていたので、ちょいちょいと呼んで指に乗せた。


「……いいえ、間違ってません。間違ってるのはこいつらですから」

 ヴァレリオが立ち上がり、私の側にいた男を殴り飛ばした。


「汚い手でこの方に触れるな」

 彼の言葉に男を見ると、たしかに泥だらけだった。それで怒ったのだろうか?


 ……いや、それくらいで?


 周囲から、賊たちの悲鳴が上がっているのを聞きながら、腕を組んだ。


「別に泥で汚れていても、流せばいいだけなのではないのか?」

 泥がついた手首を水の精霊に洗い流してもらったが、ヴァレリオの怒りはしばらく収まらなかった。




【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】

第八話「おばちゃん、馬車旅を体験する」完


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