第七話「おばちゃん、弟子を褒める」
船から降り立つ。
「うむ。楽しい船旅だったな」
昼も夜もゆらゆらのんびり揺れるのは、興味深かった。
「わー、もう着いた。さすが帝国の船」
「はやかったねー」
「ここが帝国かぁ」
周囲ではいろんな声が聞こえる。
「……やっと、着きましたか」
げっそりとした声に振り返った。ヴァレリオが青白い顔で立っている。それでもふらついていないのは流石というべきか。
魔力の調整は何度かしたのだが、結局原因が除去されない限り戻る。
別にずっと魔力調整し続けるのは構わない。しかし、それにはずっと触れ続ける必要があり、ヴァレリオが落ち着かなさそうだった。
申し訳なさそうに、真っ赤になりながら「だ、大丈夫ですから!」と部屋を追い出されたので、ひとまず船員に船酔いに効く薬をもらって渡しておいたのだが。
船酔いというのは、中々の強敵らしい。ヴァレリオをここまでの状態に追いやるとは。
「……私もちょっと船酔ってみたいな」
「…………」
ヴァレリオは無言で額を押さえた。まだ調子が悪そうだ。早く宿を探そう。
と、思っていたら周囲がざわついた。
そちらを確認すると、エルフの一団がいた。誰かを探しているようだったが、私と目が合うと彼らは真っ直ぐにこちらへ来た。
「私達はノービレ卿より話を聞いて参った者ですが、あなたがレン様でいらっしゃいますか?」
どこか緊張した様子だった。
「のーびれ……ああ。ドゥーカか。ゼペーの」
「っ! そうです」
思い出して呟くと、ぶんぶんと勢い良く首を縦に振っていた。元気だなぁ。
「たしかに私がレンだが……どうした? ちゃんとお金を払って船に乗ったぞ?」
乗船手続きでなにかミスっただろうかと首を傾げる。ヴァレリオに聞きながら受付で『てぃけっと』を買ったのだが。
思いながら『てぃけっと』を見せる。乗船した後にちゃんとチェックも受けて、乗船許可の印を押してもらっていた。
「もしやこの『てぃけっと』は返さなければならないのか? 記念として取っておきたかったのだが」
初めての乗船受付経験と初めて手にした乗船『てぃけっと』なので持っていたいが、無理なら仕方ない。
肩を落としつつ差し出すと、向こうが慌てた。
「いえっ、何も問題はありません!
ただ、その……お困りのことはございませんでしたか?」
どうやら『てぃけっと』は持っていていいらしい。
良かった。
ホッとしながら、袋にしまう。今度、友人たちに自慢しよう。
「困ったこと? いや、特に……あ! 連れが船酔いで体調が悪いのだ。
早く宿を探してやりたいのだが、おすすめのところはあるだろうか」
「あ、いや俺は大丈夫で」
「! それならば、おすすめの宿がございますので、そちらへご案内させていただきます」
「うむ。頼む。
ヴァレリオ、歩けるか? 歩けないなら抱えるが」
「歩けます!」
「む? そ、そうか。元気ならいいのだが……本当に大丈夫か? 真っ赤だぞ?
別に君一人くらい抱えるのは苦ではないから気にせずとも」
耳まで赤くなっているヴァレリオを心配するが、彼は「俺が気にするので、止めてください。本当に大丈夫ですから」とまで言われては仕方なかった。
師匠らしく弟子を抱えてみたかったのだが、ダメらしい。
本人が嫌がっているので、残念だが諦める。
「むぅ……でも、そうか。君も年頃だものな」
私も親に抱えられるのが嫌になる時期があったものだ。
うむうむと首を縦に振ると、ヴァレリオがすっと視線を外して歩き出した。その足取りはたしかにしっかりしていたので、問題はなさそうだ。
だが、疲れはあるだろうから、やはりまずは宿でしっかりと休んだ方がいいだろう。
エルフたちはそんな私たちのやり取りを、奇妙なものを見る目で見守っていた。それから、なぜかヴァレリオに期待と同情の目が向いた気がする。
不思議に思いながらも、紹介してくれた宿にたどり着く。宿は湖を一望できる場所に立っていた。
部屋も広々としており、部屋の中に炊事場や風呂まであった。
「宿なのに住めるのか……すごいな」
ちなみにヴァレリオは向かいの部屋だ。今頃はゆっくりしているだろう。
夕食の時間まではまだある。何をするかと考えながらテラスに出る。
「……うむ、良い風だな」
ゼペーの反対側のこの街、関門都市リウカは、崖沿いに建てられていて、変わった形をしている。
来る前に軽く聞いた話だと、防衛に重きをおいている街だそうだ。
精霊が言うには、大きな争い――戦争もあったようだ。
(人の子は、昔から戦うのが好きだものな)
嘆き悲しむ割に、なぜか争う。どうにも理解し難いが、人とはそういうものらしい。不思議だ。
しかし、そんな立地であるがゆえに、景色がいい。
明るい色の石畳を歩く人々、人間族がほとんどだ。ゼペーも人間が多かったが、それでも多少他の種族がいた。
リウカはほぼ人間族で、時折エルフを見かけるという雰囲気らしい。
(そういえば、こちらに来てからやたらと角を見られたのは、そのせいか)
じろじろと見られることは今までもあったので気にしていなかったが、単純に人間とエルフ以外を見かけることがないからのようだ。
ドゥーカにも、角は隠した方が目立たないと助言をもらってはいたが、ここまでとは思わなかった。
「うむ。角、隠すか」
手を振った。これで角は見えなくなったはずだ。
「……? となると、周囲からは人の子に見えるのか?」
なんだかそれは、とても新鮮だ。
少し嬉しくなるが、同時により人の子っぽく振る舞わなければならない。
ヴァレリオに迷惑かけるわけにはいかない。
「人の子っぽい振る舞いか。……む? 人の子っぽくとは、どうすればいいだろうか」
自分としてはおかしなことはしていないつもりだが、どうにも周囲を戸惑わせることが多い。きっと、変なことしてるのだろう。
しかし、何がおかしいのか分からないので、気をつけるのも難しい。
となると……。
「……なるべく黙っていることにするか」
最近、年を取ったせいか。ついつい喋りすぎてしまうところが出てきた。こういうところが、グラーゴのような若者に嫌われてしまうのだろう。気をつけねば。
夕食時。
宿の一階の食堂で会ったヴァレリオへそう言うと、微妙な顔をされた。
「それで角を……その、たしかに師匠の言動に戸惑うことはありますが、俺は……師匠には、そのままでいて欲しいと思います」
ヴァレリオが白身の魚の揚げ物を取り分けてくれたのでそれを一口食べ、背中が震えた。
「おおっ酸っぱいぞ。びっくりした」
甘酸っぱい独特の味に、目が覚めたような感覚がして、思わずしげしげと料理を見下ろしてしまった。
ヴァレリオが笑う。
「はい。これは保存食の一種らしく、この酸味が長持ちさせたり魚臭さを消す効果があるそうです」
「はぁ、そうなのか……」
二口目は恐る恐る食べる……びびびっと背中が震える。
なんだか不思議な感覚だ。しかし、もうひとくち食べたくなる。
「これは、変な感じがするのに、次も食べたくなるな」
「……癖になる味、というやつですね」
「ほほお。人の中ではそんな言葉があるのか。たしかに! そんな感じだ」
はぁっと息を吐き出してから、ヴァレリオを見る。
「私が喋ると、君が困ったりはしないか?」
顔を傾ける。私一人が困るだけならともかく、ヴァレリオにはなるべく迷惑はかけたくないのだが。
眉を寄せる私に、ヴァレリオはどこか嬉しそうな顔をしていた。
「迷惑などと思ったことはありませんから、気にしないでください。
それよりも、師匠が師匠らしく過ごしてくれた方が、俺としては嬉しいです」
本当に彼はいい子だ。
「……私は本当にいい弟子を持ったものだなぁ」
しみじみと呟くと、ヴァレリオは照れくさそうに頬を染めた。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第七話「おばちゃん、弟子を褒める」完




