第六話「おばちゃん、弟子を疲労させる」
「ふむ。すでに強い君に何を教えるべきか悩んでいたが、そこかもしれないな」
ようやく教えられることが見えてきたと、嬉しくなる。
「闇属性は便利だぞ?
君は影をよく使うが、影はあくまで闇の一部にしかすぎんし、君の使い方は土の適性に近いからな」
というより、影属性自体が闇と土の両方の性質を持つ。
「え? 土、ですか? 師匠と同じ?」
「ん? 同じというわけではないが、影という属性は闇と土のハーフみたいなものだな。氷が火と水の合わさったものであるようにな」
不思議そうにポカンとしたヴァレリオに、何か変なことを言ったかと思う。
「え? あの……影は闇の下位属性では? それに氷は水の」
「ほお? 下位属性だと?
なるほど。君たちはそう考えるのか」
今まで何かと噛み合っていなかった会話の意味が理解できてきた。
「たしかに影属性は闇の性質を持っている。だが、ソレだけなら形はないだろう?
土の『保持』という特性も持つことで、影という目に見える形になる……と、私達は考えている」
あくまでも竜人族はそう理解してきた。
とはいえ、ヴァレリオの言うことも分からないではない。闇から派生した属性であることは確かだろうから。
だからより正確に言うと、闇属性寄りだが土属性の性質も含んでいる、になる。
「氷も確かに水から生まれる。その水に火属性で『変化』を与えて氷になる。
そもそも、影が闇そのものだとしたら、わざわざ別の名前にする必要もないだろう?」
「それは……確かにそうですが」
影は闇の一部であるのは間違いないが、闇そのものでないからこそ影属性として別にあるのだ。
「だから君は闇属性もだが、土属性も割と得意なのではないか?」
確かめるように問いかけると、ヴァレリオは思い当たる節があったのか。驚いた顔で固まった。
「おそらくだが、影属性が発現した時に闇属性と土属性の……君たちのいう魔力炉とやらが少し開いたのだろう。それが合わさって影属性となったと考える方が自然かもしれんな。
もっとも、私も魔力炉は見えんから、真偽は分からんが」
そう考えると、氷属性のレイヴンは、火と水の魔力炉が活性化したのだろう。
実際、彼の持つ魔力は水が一番強く、次が火だった。
そしてそれはヴァレリオにも言える。
ヴァレリオは圧倒的に火が強い上に、全体的にどの魔力も他の人の子たちと比べても標準以上なので、今まで気にしてなかった。
しかししっかりと見てみれば、二番目が闇属性で次が土が強い。
だがこれは、闇への忌避感のせいで無意識に抑え込んでいるようなので、気にしなくなれば闇属性が火と同程度に強くなり、ひいては土も引っ張られて発現するかもしれない。
(しかし本当に人の子は不思議だな。全属性の魔力を扱うなど……他の生物にはない特性だ)
普通、多種属性を持つと魔力がぶつかりあって暴発するはずだ。
自分たち竜人族も、番になる際に互いの魔力を合わせ合うが、無属性同士でもかなり苦しいと聞く。
その魔力炉が、各属性別々に存在して、それぞれをコントロールしているからだろうか?
「ただ、そうか。そうだな。
もしかすると、君の闇属性はすべてが活性化してないのかもしれん。
単純に闇属性を厭って抑え込んでいるのかと思ったが、火属性の強さに対して、闇属性が明らかに弱いからな。
まぁ、単純に君の火の魔力炉が強いだけかもしれないが……その調べ方は私には分からない」
首を傾げる。水の者なら知っているかもしれない。私にはそういう深い知識はない。
しかし、辻褄が合ってきた気がする。
「だが、完全に活性化していないがゆえに、普通の一属性発現より弱いとして、君たちが下位属性と思った、というのはありそうだな」
あくまで推測だが、ありえそうだ。
それでも、ヴァレリオはどこか浮かない顔をしている。
仕方ないことだろう。彼からすれば、闇属性というのはあまり良くないものとして過ごしてきたのだから。
周囲から揶揄されたことも、あるのかもしれない。
無理やり闇属性を強くしろと強要するのは、好まない。だから、闇属性で何が出来るのかを見せることにした。
「闇属性は便利だぞ。
遮断だからな。
距離を遮断すれば一瞬で移動できるし、重力を遮断すれば空を飛べるし、飛ばなくても身体を軽くすることも出来る」
「距離を遮断、ですか??」
「ああ……たとえばこうとか」
どうしたら分かりやすいかと悩み、人差し指を立ててみる。そしてその指先の空間を遮断。指をそこに差し込めば、遮断した空間の先に指先が現れる。
ヴァレリオが「は?」と変な声を上げた。口が開きっぱなしだ。
「え? あ、師匠! 指が!」
「これはこの間の空間を遮断した例だな。指が切れているわけではないぞ。
ほら、動いているのが見えるだろう?」
指先をもう少し出して、指を曲げてみせるとちゃんと動く。そして、その空間から指を抜けばもとに戻る。怪我一つない。
ヴァレリオは慌てた様子で私の手を確認した。
「怪我は……ない」
「うむ。空間を遮断しただけだ。つまり、一歩歩いた先で星の裏に行くことも可能だぞ。
……あ、そうだな。あのアヴァリスの『げぇと』は、闇属性の応用みたいなものだ」
もっとも、アヴァリスの『げぇと』はもっと様々な属性も混ぜているし、色々と付随していて、私には理解しがたいものではあるが。
「欠点というと、直進的なところか。闇属性だけでは基本曲げることが出来ないから、他の属性を混ぜなければ、基本は直進移動しか出来ない。私も出来ない。
屈折に関しては、光の方がやりやすいな」
闇属性だけで曲げるなど、闇の竜人である友は出来るが、他属性の長老たちですら、出来ないのではなかろうか。
「光と闇は、終の棲家づくりに良く使われるんだぞ。
私達は羽根を伸ばすこともあるから、基本君たちより大きい家になるからな。
でも、普通に作ると邪魔になるだろう?
だから、光で透過したり闇で遮断して、他の種族に迷惑かけないように作るのだ。
まぁ、土で空間を圧縮することもあるがな」
ちなみに両親の住処も、父が張り切って圧縮している上に遮断している。竜人族以外の者には見えないし、存在も感じられないだろう。
「はぁ、家造り、ですか」
ヴァレリオは、どこか疲れたように息を吐き出した。
うむ。船酔いは治したはずだが、少しの間でも酔ったのだ。疲れたのだろう。
椅子から立ち上がる。
「すまないな。しんどかったのに、ややこしい話をした。
とにかく、今は休むといい。
属性についてや今後の修行については、また後で話そう」
ヴァレリオはなにか言いたそうにしていたものの、「はい……またあとで」と静かに頷き、真剣になにか考え込み始めた。
なので部屋をあとにして、甲板に向かった。
外では、水と風の精霊たちがひそひそと楽しげに語らっている。湿り気を帯びた風が肌に触れ、目を細めた。
若い精霊たちが多そうだ。
なんでも、この帝国の船の『もーたー』がすごいとかなんとか言っている。何のことか分からないが、楽しそうだ。
船は帆がないのに進んでいる。魔力を動力源に動かしているらしい。
アヴァリスなんかもよくこういう乗り物を作っていたが、人というのは乗り物を作りたくなる傾向にある。
(まぁ、人の子は飛べないし泳ぐのも遅いからな)
正直、自分で泳いだ方がこの船より早い。しかし、この不思議な揺れの中、のんびり旅をするのも良いものだ。
「わぁっはやーい」
「落ちないように気をつけるんだぞ」
そんなやり取りをしている親子を見ながら、風を浴びる。手すりから湖の中を見ると、美味しそうな魚や魔物が見えた。
(む。あの魚は……ゼペーで食べたやつだな! やや淡白だったが、だからこそ特製のソースと相まって美味しかったな)
今思い出しても、笑ってしまいそうなほど記憶に残っていた。
「肉料理もいいが、魚も良いものだな。陸地の魚は臭いものと思い込んでいたが」
帝国では色んな料理があると聞く。楽しみだと思いながら、水底を泳いでいたソレが私に気づいた。
そう言えば昔。この魔物を食べたことがあったが、生臭くて食べられたものではなかった。しかし、私の調理法が悪かっただけかもと思い至る。
人の子達の細かい料理法を知った今。彼らに渡せば美味しく調理してくれるかもしれない。
「……狩るか?」
ぽつりと呟くと、その気配を察知したのか。ソレが慌てたように船から離れていく。
水を操って捕まえようとして、考え直す。
「むぅ。何かする時はヴァレリオに判断を仰げと、ラー坊たちから言われたな」
こんなことで体調の悪い彼に負担をかけるのも申し訳ないが、もし間違っていて余計に負担になってもいけない。
「一応聞いてから狩るか」
と、再び部屋に戻って彼に聞いた結果。
「絶対ダメです! それはこの湖の『主』です」
「ぬし?」
「この周辺では守り神のように崇められてるんです」
神という概念がまたしても出てきた。
狩ったり食べたりしてはダメらしい。
美味しい料理にしてもらおうと思っていたので残念だが、そういうことなら仕方ない。
「そうか。
それにしても、君たちは何かと神という存在を求めるのだなぁ」
私達竜人族のことも神と呼ぶこともある。しかし、私は神という種族など見たことがない。
なのに、一体どこから神という概念を生み出したのか。
「不思議だな」
「……そうですか」
ヴァレリオが、とても疲れたように肩を落とした。
疲れているところに申し訳なかったなと謝ると、なんとも言い難い顔をされた。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第六話「おばちゃん、弟子を疲労させる」完




