第五話「おばちゃん、友を紹介したい」
波がぶつかり、足元が揺れる。鳥の鳴き声と、船員や他の客たちの声が聞こえる中、目の前の真っ青な顔の青年に目を落とす。
ベッドに横たわる姿は、なんとも弱々しい。
「うむ……大丈夫か? ヴァレリオ」
ヴァレリオは普段の姿からは想像つかないほどにげっそりとしていた。いつもの元気な姿はそこにはない。
なんでも、『船酔い』というらしい。
「う、すみません。初めて船に乗ったもので」
よく分からないのだが、揺れに敏感な者や慣れていない者がこうして体調を崩すのは、普通のことらしかった。
お酒で酔うのとは別。そして調べたが、魔力酔いとは確かに違った。
「人の子は、いろんなものに酔うのだなぁ」
しみじみと呟く。私としては、地面とは違う不思議な揺れは楽しいのだが、ヴァレリオは冗談抜きでしんどそうだ。
額に指を付ける。
「どれ……これで少しはマシか?」
ヴァレリオの中で荒れ回る火属性の魔力を落ち着かせる。ヴァレリオは火の属性を多く身にまとっているので、より敏感なのだろう。
(ふむ。それにしても、やたらと闇属性を抑制してるようだな)
額から指を離しながら、むしろそんなことが気になった。
「ふぅ。ありがとうございます。とても楽になりました……なるほど。フィンはあの時、こんな感じだったのですね」
「ん? ああ! そうだな。あの時のフィンにしたのと同じことを君にした。
それで気づいたのだが……君たちは、属性魔力そのものを放出するだろう?」
本当に不思議だなぁと呟けば、ヴァレリオが赤い瞳を丸くした。
「はい、そうですが……え? 師匠は違うのですか?」
「うむ? 知らないのか。
そうだぞ。私達竜人族の魔力には属性がない。無属性、とでもいうと分かりやすいか」
良い機会だ。属性について頭の中で整理しながら話していく。
「属性がないからこそ、他者の体内に魔力を注いで魔力調整を本人の代わって行っても、拒絶されにくいのだろう。
特定の属性の魔力を注ぎ込むと、注ぎ込まれた相手の相性自体では癒すどころか、悪化するかもしれんしな」
もちろん、相性が良ければ癒すことが出来るだろうが、試したことがないので分からない。どちらにせよ難しいが。
「レイヴンに治癒魔法を見せてもらったことがあるが、あれは全属性の魔力を均等に混ぜて、無属性のような魔力を生み出していた。
あの状態なら、他者の魔力調整を行えるだろうが……しかし相手にも属性の強弱があり、それに合わせないと駄目だろうから、かなり難しいと思うぞ」
私も全属性を均等に混ぜることまでは出来るが、それを他者に合わせて使って癒すのは、自信がない。
あとおそらく、人の体について理解していないといけないだろう。
人の魔力についても、正直そんなに詳しくないので、人の身体にその方法で治療を施すのは怖い。
それは、ただたんに体内の魔力を整えるのとはまったく異なることだ。
(と考えると、無属性に変換したポーションでの治療は、彼らにとっては理にかなっているのか。
薬というものに魔力を足すとは、良く考えるものだ)
人の子たちの工夫に感心する。
「君の魔力は、火と闇が圧倒的に多いが、他は緩やかだな。レイヴンも水……氷に関係する属性だけやたらと多かったが」
「あ、はい。火以外の属性に関しては学んで魔力炉を解放しましたので」
「まりょくろ?」
はてと首を傾げる。
なんなのだろうかと思ったが、人の子達は属性ごとの魔力発生源を魔力炉と呼んでいるそうだ。
通常ならば活動していないその魔力炉を、学ぶことで人工的に活性化させている、と。
「人工的な活性方法では、本来の能力を半分も引き出せないと言われてますが、身体への負担が少ないのです。
また、少しでも活性させていることにより、その後自然発現すると負担が楽とも言われているので、冒険者ギルドでは属性魔法の初級活性が推奨されてます」
「体の負担……?
あー、そうか。君たちは常に全力だと身体が壊れてしまうんだったな」
まったく、不思議な体の構造だ。
全力を出し続けて壊れる身体になぜわざわざするのだろうか。全力に耐えられる身体として生まれた方がいいだろうに。
「まぁそれはともかく、君は火に比べて闇の魔力を抑えつけてるようだが、なぜだ?」
そう。それが謎だった。
戦闘時には影――闇属性の一種を使っているが、普段は抑え込んでいるようだ。そのせいで余計に火が暴れやすくなっている。
闇の力もしっかりと解放すれば、さらに安定するはずなのだが。
ベッドの上で、ヴァレリオがぎゅっと拳を握るのが見えた。
「闇は……あってはならないものだから、です」
「?」
苦しげな声に、心配になって顔を見つめる。また体調が悪くなったのかと思ったが、どうも違う。
「俺の、醜い部分が具現化してしまったのを見せつけられているようで、苦しいんです。
だって、俺は……あの時……!」
胸のあたりを掴み、苦しげに……それはもう本当に苦しげに言うヴァレリオに、ぽかんとしてしまった。
意味を理解するまで時間がかかった。
(闇があってはならない? 醜い部分……?)
腕を組んで真剣に考える。彼は冗談を言っているわけではない。とても真剣だ。真剣に苦しんでいる。
考えて、考えて、はたと理解した。思わずぽんっと手を叩く。
「あ、そういえば人の子は、光を是。闇を間違いとする思想があったか」
納得した。
理由はよく分からないのだが、昔から人の子達はなぜか闇というものを極端なまでに排除しようとすることがある。
(そのせいで友人はよけいにいじけたものだ)
人の子は夜目が効かないから闇を怖がるのだろうと、友人を慰めたことを思い出す。
何回か人の子になぜだと聞いたことがあるが、未だに理解は出来ない。
だが、今まで私の考えを説明すると、大抵は納得してくれたので話してみることにする。――それでヴァレリオが楽になるといいのだが。
「ふむ……ヴァレリオ、良く見てみるといい」
ベッド脇においてあったリンゴを手にし、それを闇の魔力で完全に覆ってみる。
リンゴは真っ黒な闇に覆われ、見えなくなる。
そして今度は、光の魔力で覆ってみる。――これもまた、真っ白に覆われてリンゴは見えない。
「分かるか?
光や闇も、それだけだと何も見えない。そこにあると、感じ取れないのだ」
光と闇のバランスを変え、どちらも存在させるとリンゴが姿を表し、掴むことが出来る。
「君が闇を発現した時に何があったかは分からない。
だが、属性に意思はない。
あるのは、それをどう扱うか、というだけだ」
ヴァレリオは以前、命の危機に陥った時に普段は出ない力が出せたという話をしてくれたことがある。その時にしていた表情は、今目の前の彼のものと少し似ている。今回の話を考えるに、きっとその時に影が使えるようになったのだろう。
「ですが、師匠……俺は」
その時の何かが、彼の中で引っかかり、成長を抑制している。
解き放つのが、彼にとって良いのか悪いのか。解き放つ方法があるのか。少し考える。
だが、私には結局分からない。
分からないから、自分の思う通りにする。
「ふむ……君は、火・水・風・土・光・闇、それぞれの属性をどう思っている?」
判断はつかないので、触れずに属性についての私の考え方だけを述べることにした。
「私達竜人族は、各属性をこのように考える」
火は『変化』
水は『循環』
風は『伝達』
土は『保持』
光は『透過』
闇は『遮断』
手のひらの上に火の玉を浮かべる。
「火はゆらゆら揺れる。そして何より、熱の変化をもたらし、その熱の変化が様々な現象を引き起こす。
水は空から降り、川や湖、海へと姿を変え、蒸発してまた空に戻る。
そういう特性を持っている、と考えてその時々に最も適した属性の魔力を使うのだ」
私が土と風の竜人族でも、光と闇、火や水の魔力も扱うように。
「もっとも、極めればどの属性でも同じようなことは出来るがな」
なので、里では属性で優劣を決めることはない。
「どの属性にも優劣も、正しいも過ちもない」
それは、私達竜人族からすると事実に等しい考え方だ。私よりも何世代も前の竜人族たちから続く考え方で、当然過ぎてヴァレリオたちとの考えの差に思い至るのが遅れてしまった。
少し、微笑む。
ヴァレリオにとって何が良いのか分からない。分からないが、
「……私の友人に、闇の竜人族がいてな。
できれば……あまり闇を嫌いにならないでくれると、嬉しく思う」
いつか、友人とヴァレリオを会わせたいなと、そう思う。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第五話「おばちゃん、友を紹介したい」完




