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数十万年生きた竜人族のおばちゃんが、人の世を体験するようです  作者: 染舞
アウレリア帝国編

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第四話「おばちゃん、鱗を見せたがる」

第四話「おばちゃん、鱗を見せたがる」




「……あー、はいはい。君たち、その人に手を出さないほうがいいよ」

 聞こえた第三者の声にそちらを見れば、警備隊の制服を着た人間族に見える青年がいた。

 薄紫の長い髪をハーフアップにした青年は、面倒そうにしながらこちらに近寄ってきた。

 風の精霊が楽しげに歌い出し、はてと不思議に思う。彼の耳を見るが、先が丸い。


「……人間?」


 青年を不思議そうに見れば、彼は「うげ」と奇妙な声を上げた。


「ちっ。これだから長命種は」

 小さく文句を言っていたので「むぅ。すまない」と反射で肩を落とす。何か間違ったことをしてしまったようだった。


「は? いや、止めて。そういう態度取られると僕が悪いみたいじゃんか」

 青年は突如慌て、しまいには「あー」と唸るような声を上げて、私を遊びに誘ってくれた子らを追い払った。


「とにかく! お前ら、この人は止めときな。悪いことは言わないから」

「……は、はい。失礼しました」

 なぜか私と青年を交互に見た彼らは、そそくさと去っていってしまった。


「遊びとは、どんなものだったのだろう」

 教えてほしかったが、残念だ。


「いやあれ、ただのナンパだから」

 ため息交じりに青年が言った。肩を落としている。


「なんぱ? 船を転覆させたりしてないぞ?」

「は? 船……?

 って、違う違う! そっちの難破じゃない! 街とかで可愛い女の子に声かけて口説くっていう方」

「口説く?

 ははっ、まさか。彼らは私を遊びに誘っただけだろう? それに私のようなおばさんを口説くわけがないしな」


 面白い冗談に笑うと、青年は唖然としたように口を開けた。


「君、おばさんなの?」

「うむ。変色鱗もあるぞ? 見るか?」

 疑うような紫色の目に、見せようかと服に手をかけて肩を出そうとした。この前ちょうど肩の辺りにも変色鱗があったのを見かけたのだ。


「変色? ……いや、いい。いいから服脱ごうとしないで……って、うわぁっ」

 見せる前に、風が吹き、炎が荒れ狂い、影が私の服を押さえて青年から引き剥がされる。


「む、ヴァレリオ? 何かあったか? 余り無闇に槍を振り回すのはよくないと思うぞ」

 揺れる赤い外套の背中に声をかける。彼の愛用の槍が青年に突きつけられていた。


 あと、よく分からないが、ヴァレリオは青年に対して怒ってそうだった。

 彼と知り合いなのだろうか?


「気になるのそこっ? ちょ、タンマ! 誤解! 誤解だってば。僕何もしてないから! むしろナンパ野郎から救った側だから!」

「……ナンパ?」

 ヴァレリオの赤い目がこちらへ向いたので、首を傾げた。


「ナンパというか、先程複数の男の子に『遊びに行かないか』と誘われてな。そこに彼が来て、追い払ってしまったのだ」

 はて。この状況はなんなのだろうか。


 まったく分からなかったが、今のヴァレリオは少し怖いので、素直に答える。

 ただなんとなく、『遊びに行きたかった』というのは言ってはいけない気がしたので、黙っておく。


「……それで、どうして服を脱ぐことに?」

「む? 脱ぐと言うか、彼が私がおばさんだということが疑問そうだったから、鱗を見せようと思ってな。

 ほら。この前君にも見せただろう?」


 ヴァレリオは私と、青年を交互に見た。青年はヴァレリオと目が合うとこくこくと頷き……やがてヴァレリオは力を抜いた。深々とため息をついている。


「はぁ、すまない。師匠が世話になったようだ」

「ほんとだよ。

 文句をもっと言いたいけど、君の苦労も見えたから言わないでおくよ」

 そして急に一致団結したように見える青年とヴァレリオに、ますます疑問が浮かぶ。


「それで……鱗なのだが」

「分かった! 君がおばさんなのは分かったから、もう止めて」

「師匠! 人前で肌を晒しては駄目だと言っているではないですか」

「そうだよ! 年いってるとかいってない関係なく、駄目だよ」


 二人に言われてしまう。


「むぅ。

 しかし、腕を出すのはいいのだろう? なぜ肩は駄目なんだ」

 肌を晒してはダメと言うが、袖をまくるのには文句を言われなかった。

 理由を知りたくて二人を見上げる。


「う、それは……その」

「いや、その、ですね」

 なぜか二人は頬を赤らめ、目をキョロキョロと動かし始めた。


「あーっもう! 君、恥ずかしくないの?」

「む?

 私だって羞恥心はあるぞ? だから素肌をさらさず、鱗を見せようとしているのではないか」

 なんだか二人から痴女扱いされている気がしたので、少しだけムッとして言い返す。


(鱗のない素肌を晒すわけでもあるまいし、恥ずかしいわけ……む?)


「そういえば、君たちは鱗がない種族がほとんどだったか。たしかにそう考えると、肩でも晒すのが恥ずかしいのか」

 ふむふむと一度頷いて、いやとまた疑問が出てくる。


「まて。しかし昨日、港で働いている子らが上半身に何も身に着けずに荷運びしていたぞ?

 あれは恥ずかしくないのか?」

「それは、男ですし」

「? 男だと恥ずかしくないのか?」

「いや、僕は少し恥ずかしいけど……」

「……そうですね。男性の場合は上半身ならば問題ない価値観の種族は多いです」

「ほほお? 男女で違うのか」


 なんともまた不思議な話を聞いた。人の子は、男女で羞恥心の感覚も異なるらしい。

 更に詳しく聞きたくなった時、女性が目の前を通りかかった。その女性は裸ではなかったが、胸の一部以外を晒していた。しかし、恥ずかしそうではなかった。


「ヴァレリオ! あの子は恥ずかしそうにしてないぞ? なら、私も出していいのではないか?」

 あれだけ肌を晒しても問題ないなら、肩を出すくらいはまったく大丈夫だろう。

 そう思ったのだが、ヴァレリオにガシっと肩を掴まれた。


「師匠は、駄目です」

 ニコリと笑って言われた。


 なぜだと思ったものの、ヴァレリオのその笑顔はとても恐ろしく、「う、うむ。分かった」と頷くしかなかった。


「過保護って言いたいけど、それが無難だろうね」

「無難なのか?」

「すべての状況においていいのか悪いのかを説明難しいから」

「ふむぅ……なら仕方ないな」

 青年が肩をすくめて慰めるように言ってくれたので、ひとまず納得することにした。


「むぅ。人の世は難しいな」


 腕を組んで呟いていると、「シル」と声がしたのでそちらを見る。そこにいたのは、ゼペーに入る時に面倒かけてしまった『班長』だった。


「先輩」

 青年がホッとした顔をした。どうやら「シル」と呼ばれたのは彼のことらしい。

 短いので略称だろう。


「どこでサボってるのかと思ったら……これは、どういう状況だ?」

 班長は頭痛を覚えたような顔でシルをじろりと見てから、私に一礼した。


「失礼いたしました。うちのシルヴァンが何かご迷惑を」

「む? いや、迷惑はかけられていないぞ」

 誤解されては大変だと口を開き……そういえば班長の名前を知らないと気づく。


「……レオン=クロイツです。レオンとお呼びください」

「む、そうか。レオンか!

 彼……えっとシル?」

「あ、僕はシルヴァーノだよ」

「シルヴァーノは、私に色々と教えてくれただけだぞ。鱗を見せようと思ったんだが、肩を出すのは止めたほうが無難だと聞いた」

「はぁ。鱗……肩? ですか」

 レオンは怪訝そうにしながら顎を撫で、顔をしかめた。


「まぁ、ご迷惑かけてないなら良かったです。

 それで、こいつを連れて行っても?」

「おお、引き止めてしまったな。職務を邪魔してすまない」

「いえ……では、失礼します」

 そうしてレオンが背を向けると、シルヴァーノが笑顔でこちらに手を振った。


「じゃあ、またねぇ。おばさん」

「おい、シル!」

「いった! だってあの人が自分でそう言ってたんですってば」

「うるせぇ! ただでさえ仕事増えてるってのに、余計なことに頭突っ込んでんじゃねえよ」

「いだだだだっ! ちょ、先輩! 僕歩けますから! 引きずらないで……聞いてます? せんぱーい」


 賑やかに去っていく二人を見送って、呟く。


「うむ……元気で何よりだな」


 背後でヴァレリオが何か言いたそうにしていたが、彼は結局何も言わずに肩を落とした。




【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】

第四話「おばちゃん、鱗を見せたがる」完



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