第三話「おばちゃん、お姉ちゃんと呼ばれる」
子どもの泣き声というものは、どうしても心が揺さぶられてしまうものだ。
(……まぁ、嘘泣きなこともあるが、そんな嘘も含めて可愛らしい)
うむうむと頷きながら、泣いている女の子の側にしゃがむ。
「どうした、幼子よ。そんなに泣き続けては、体内の水分がなくなってしまうぞ」
声をかけると、女の子は驚いたようで、泣き止んで不思議そうにコチラを見つめてきた。
そして、ぱぁっと目を輝かせた。
「わぁっ綺麗なお姉ちゃんだ!」
「む? そ、そうか? そう言われると照れるが嬉しいな。ありがとう」
思わぬ褒め言葉に年甲斐もなく頬が熱くなる。年をとっても、純粋な褒め言葉は嬉しいものだなと実感した。
それより、後ろでヴァレリオがうんうんと頷いているのは何なのだろうか。
聞こうとしたが、女の子が私の服を引っ張ったので視線を戻す。
「あのね、お姉ちゃん。みーちゃん見なかった?」
「みーちゃん?」
「そう! とっても可愛いの」
「そうか。その子を探して泣いていたのか」
なるほど、と理解して風に聞いた。
(……ふむ。みーちゃんとは子犬のことか)
どうやら散歩中に近くを馬車がと素早く駆け抜けたことで、女の子はびっくりして、みーちゃんのリードを離してしまったようだ。そしてみーちゃんとやらも音に怖くなって逃げてしまったと。
その時、女の子の父親もそばにいて、すぐに自警団に連絡もしていたようだ。
しかし、女の子は家を飛び出して一人で探しに出かけ、見つからないのでここで泣いていたようだ。
笑いかけた。
「安心すると良い。みーちゃんは無事だぞ。ちょっとお腹を空かせているみたいだが」
風の精霊が見せてくれた映像では、狭い隙間に入り込んで不安がっている子犬がいた。
「ほんと?」
「ああ……連れてきてやろう。数は数えられるか?」
「? うん! 十まで数えられるよ!」
「それはすごいな。では、目を瞑って十数えると良い」
女の子が小さな手で目を覆って「いーち、にーい」と素直に数えだした。私はみーちゃんに『声』をかけた。
――君を家族の元まで案内しよう。気を楽にすると良い。
みーちゃんの了承を得た時、ちょうど女の子が「きゅーう」を数えていた。
「十!」
「わんっ」
女の子が手を離すと同時に、目の前に運ばれてきたみーちゃんも声を上げた。
「わぁっみーちゃんだ!」
「きゃんきゃんっ」
女の子がみーちゃんを抱き上げる。その目にはもう涙はない。
「これでもう大丈夫だな。さて、家まで送ろうか。君の両親が心配しているぞ」
まさしく、家で女の子がいないと慌てている映像が頭に送られてきていた。早く連れて帰ってあげた方が良いだろう。
「うんっ! ありがとう、綺麗なお姉ちゃん!」
「はははっ! 良い良い。だが君も、あまり心配かけすぎないようにな」
みーちゃんの頭を撫でて言うと、反省していると聞こえてきた。
「子供の頃の冒険は良いものだがな。人の子の世界では、犯罪というものもあるそうだから、巻き込まれぬようにすることだ」
女の子と一緒に彼女の家に向かって歩いていく。後ろではヴァレリオが黙って何か考え込んでいた。――私はまた何かを間違えたのだろうか?
(いや、間違えたなら教えてくれるはずだが、何も言ってこないから……きっと大丈夫だな)
そのまま女の子とみーちゃんを送り届け、両親に感謝を述べられながら、またぶらぶらと街を歩く。
美味しそうなものはないだろうか。
(むっ! 美味そうな匂いがする! これは、焼き魚かっ?)
「……師匠。先程のは、風と……もしかして光を使ったのでしょうか?」
「うん? さっき……?」
近くの屋台から漂う香りを意識しつつ、ヴァレリオを振り返ると彼は真剣な顔をしていた。
「先ほど、子犬を一瞬で連れてきたように見えたのですが」
「?
……ああ! あれか。そうだな。君の言う通りだ。
風だけで運んでも良かったのだがな。道がくねってしまうから、みーちゃんが酔ってしまうかもしれんだろう? だから光で透過させて一直線に運んだ」
言ってから、屋台に目線を戻し「店主。二本……いや、三本くれ」と頼み、一本をヴァレリオに渡した。
それは魚……ではなく。頭の部分が三角の形をしたイカもどきという魔物だった。
以前食べようとしたことがあるが、どうしても臭くて無理だった。しかし今目の前にある焼きイカもどきは、たっぷりとした茶色いタレのおかげか。臭いどころか美味そうな匂いがした。
かぶりつく。
「あむっ……!」
二本頼んでいてよかったと思った。
「光で透過? そんなの聞いたことが……それに、風は光の下位なのでは? なぜ両方を使って……」
「どうしたヴァレリオ。美味いぞ、焼きイカもどき」
「師匠! 光とは聖なる力で、闇を払うものなのでは?」
「もごっ?」
ちょうどかぶりついたところで質問された。ひとまず咀嚼して飲み込む。
それから、何を問われたかを考える。
「せいなるちから……聖なる? って、なんだ?」
頭の中で言葉を整理する。よく人の子たちが口にする文言なのは分かったが、昔からその『聖なる』という意味が理解できずにいたので問い返した。
「え? ええっと……神が作り上げた力で神聖なものだと」
「神か。君たちはよく神というものについて語ることがあるが、神という種族とは会ったことがなくてな」
「…………」
ヴァレリオは言葉を失ったかのように立ち尽くした。
「どうした? イカもどきは好きではなかったか?」
「……え? い、いえ」
心配になって顔を覗き込むと、彼は慌てて焼きイカもどきにかじりついた。そのまま無言で食べている。食べながら、頭の中で何かを整理しているように見えた。
(このタレについて分析でもしてるのだろうか?)
野営の際に、ヴァレリオがいろいろと料理を作ってくれたのを思い出す。先程も調味料を色々と買い込んでいたので、また美味しいものを作ってくれるかもと思うと、少しワクワクした。
ヴァレリオはあっという間に食べ終わり、そして目を鋭く細めた。
腕を組み、静かに声に問いかけてきた。
「師匠にとって……光……いえ。属性とはなんですか?」
二本目にかじりついていたところだったが、真面目な質問に考え込む。
属性についてなど、深く考えたことはなかった。
「そうだなぁ」
どう答えたものかと考えていると、ヴァレリオがふっと笑ってハンカチを取り出し、私の口元を拭った。
「すみません、食事中に。俺のことは気にせず、まずはゆっくりお食べください。
あちらにベンチもありますし、何か飲み物を買ってきます」
「むぐっ? すまんな。ありがとう」
ヴァレリオが指さした先には確かにベンチがあったので、そこに座って残りの焼きイカもどきを食べる。
「ひゅー、お姉さん一人?」
「む?」
「俺達と遊ばない?」
顔を傾けて自分を取り囲んできた男の子たち……いや。ヴァレリオと近そうなので青年くらいだろうか。――人の子の年齢は、よく分からない。
「お姉さんとは……私のことか?」
一応確認しておく。彼らの目は私を見ているので合ってはいると思うが、違った時が恥ずかしい。
それにしても、あの女の子といい、最近若く見られることが多い。私が人の子の年齢が分からないように、人の子からしても分からないのだろう。
(つまり……人の子たちの街にいれば、若く見てもらえるのか!)
そんな大発見に気づきつつ、さて、と考えた。
「遊ぶとは、たとえば?」
何か面白いことでもあるのかと、期待を込めて青年たちを見上げた。
食べるのもいいが、遊ぶのも楽しい。
「……あー、はいはい。君たち、その人に手を出さないほうがいいよ」
聞こえた第三者の声にそちらを見れば、警備隊の制服を着た人間族に見える青年がいた。
薄紫の長い髪をハーフアップにした青年は、面倒そうにしながらこちらに近寄ってきた。
風の精霊が楽しげに歌い出し、はてと不思議に思う。彼の耳を見るが、先が丸い。
「……人間?」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第三話「おばちゃん、お姉ちゃんと呼ばれる」完




