~帝国編~第一話「おばちゃん、提案する」
強い水の気配と、リンドベルとはまた異なる活気。
行き交う人々はほぼ人間族で、時折違う種族を見かけたと思えば、行商人のようだった。
頭に布を巻いている。その布も色鮮やかで、見ていて飽きない。
「彼らは……おそらくここから南東にある砂漠地帯から来たのかと。
あちらには共和国アシュバールの玄関口『商業都市サウスボ』がありますから」
ヴァレリオが説明してくれた。
「砂漠……なるほどな」
彼らの肌の表面は、砂や岩で出来ていて、体内は土の魔力が濃い。それでいて砂漠特有の火と風の気配を纏っている。砂漠に住む者たちの特徴だ。
「通りで水の気配が薄いわけか」
こんなにも水の力で溢れた街で、水を纏わない違和感に納得したところで、窓から目の前の女性に目線を向けた。
「それで……私は君たちに何かしてしまっただろうか?」
首を傾げると、ヴァレリオが苦笑し、目の前の女性――エルフのシルィデアーレドゥーカ=ノービレは、戸惑ったように長い耳を動かした。
「いえ、とんでもございません。むしろ我々が何かしてしまったのではないかと」
シルィデアーレドゥーカ……ドゥーカでいいと言われたので、ドゥーカでいいか。
ドゥーカは、風の魔力を震わせていた。
(ふむ……エルフは相変わらず真面目で小心者だなぁ)
同じ精霊から生まれた種族にも関わらず、ドワーフとはこういうところが大きく異なる。
ドワーフも最初はかしこまるが、モノ作りの情熱を優先するし、酒でも酌み交わせば友になる。
(しかし、あの方から生まれたと考えると、納得感もあるのだがな)
ここから南西に感じる懐かしい魔力に目を細めつつ、紅茶を一口飲み、首を傾げた。
「ヴァレリオ。私は何かされたのか?」
覚えがなかった。
リンドベルを出てからのんびりと二つの足で歩き、途中の宿泊街で数泊し、ゼペーの強固な門にたどり着いた。
街に入るべく、他の者達と同じく門の前に並んだ。行列に並ぶという経験は、リンドベルに入る時にもあったが、中々にワクワクするものだ。
「どんな街なのか。気になるな」
「そうですね。俺も何度かゼペーは来たことありますが、そんなに詳しくはないので」
「うむ。
あの『しゅくばまち』というのも面白かったが……本当に君たちは、あちこちに町を作ってこまめに休憩するのだなぁ」
「休憩……まぁ、師匠からしたらそうかもしれませんね」
そんな会話をしながら待っていたら、目の前に横から誰かが割り込んだ。本来ならば、列の最後尾に行かねばならないのに、だ。
もしや並ぶというルールを知らぬのかと思い、後ろに並ぶのだと教えたのだが、大きな声を出された。
「はぁっ? 俺が割り込んだっていうのか? 亜人のくせに生意気言うなよ。証拠を出せよ」
と。
なんとも不思議な話だ。割り込んだのはどう見ても事実であり、そこに亜人がどういう結びつきをするのか、さっぱり分からない。
「なんだと? お前、師匠になんてことを」
考え込んでいたら、いつの間にかヴァレリオが、その男と男が呼んだ仲間たちを倒していた。
がちゃがちゃと鎧の音がたくさんして、
「はぁ、これまた派手にやったな。おい、そこの。事情はなんとなく分かったが、一応話聞かせてくれ。規則なんでな」
鎧の集団の責任者らしい『班長』と呼ばれた男が、私達をこの建物に連れてきた。
固そうな短めの茶色い髪をガシガシと掻きむしる班長の雰囲気は、少しギルバートに似ている。若く見えるが、彼も人の中では中年なのかもしれない。
――親近感が湧いた。
連れて行かれた先で、冒険者証を身分証として提示すると、班長は「……マジかよ」と呟いた。そして、ヴァレリオをチラと見た。
「本当です」
マジとはなんのことかとヴァレリオを見たが、彼は班長に神妙に頷いていて、班長は天井を仰いだ。
「あー、『影光の槍』が嘘つくわけねえか。
いやほんと……彼奴等のしてくれて助かったわ。俺の首が飛ぶところだった」
そうしてヴァレリオに礼を言っていた。よく分からないが、弟子が良いことをしたらしい。
(まぁ、ヴァレリオが何も考えずに行動するとも思えんし、しないといけない事情があったのだろう)
なんてやり取りをしていたら、少し待たされ、お茶とともにクッキーが出され、ドゥーカがやって来た。
手を伸ばしてクッキーを手に取り、口に放り込む。――サクサクして美味しい。
「いえ……せっかく街に来ていただいたというのに、不愉快な目に合わせてしまいまして」
「不愉快?」
「ごほんっ、師匠は心が広いですからね。
それより師匠。もっと甘いものが欲しいのでは? パイとかケーキとか」
ドゥーカはまだ何かを気にしているようだった。何かは分からないが、甘い物は確かに食べたかった。
クッキーも悪くはないのだが、この地特有の料理があれば食べてみたい。
「! パイならば、特産のオレンジを使った物がございます。すぐに用意させましょう」
「む? いや、それは申し訳ない。どこか美味しい店でも教えてくれると助かるな」
会ったばかりで迷惑かけたくはない。――いや、すでに迷惑かけているのか?
今の状況が、良く分からない。
「とにかく、問題ないなら行ってもいいだろうか? 宿もとらねば、ヴァレリオが困る」
「え? いや俺は一晩くらい大丈夫ですが」
「駄目だ。人は一日数時間寝なければ体を壊す、とグラーゴから聞いたからな」
私は寝たばかりだから、あと千年は眠くならない。
そう考えると、しょっちゅう寝ないといけないのは大変だ。でもこまめに寝るからこそ、こんなにもいろんな発想が生まれるのかもしれない。
(私も習ってやってみるか? ……いや。一日で起きれる自信がないな)
自分一人ならともかく、ヴァレリオという弟子がついてきてくれているのに、放置して数百年寝てしまっては無責任だ。
(それに夜は夜で楽しいしな)
闇の力が強くなり、活動的になる生き物が切り替わるのもまた面白い。
ホーホーと鳴く鳥の声は心地よいし、挨拶に来るコウモリたちも愛らしい。
昼間は隠れている闇の精霊たちが恐る恐る顔を出して動き出す。その瞬間は里にいる闇の友人を思い出させ、何度見てもつい頬が緩む。
ゼペーにたどり着くまでの野営を思い出していると、ドゥーカが「それなら、おすすめの宿がございます。食事の質も良いので納得いただけるかと」と言った。
「もちろん、甘味も多数提供していますので」
「ほほお? なら、そこにしようか」
「……もしかして、『楽庵』でしょうか?」
甘味! と思っていたらヴァレリオが恐る恐る口にした。有名な宿らしい。
「しかし、あそこはかなり高きゅ」
「今回はご迷惑おかけしたので、費用のことはお気になさらず、ごゆっくりお過ごしください。
観光されるのであれば、立地としても街を行き来しやすいかと思います」
ドゥーカがやや早口で提案した。支払ってくれるという言葉に、申し訳なさがこみ上げる。私は迷惑かけられた覚えがないのに。
困りながらヴァレリオを見る。判断に困ったらヴァレリオに聞けと、グラーゴやセルベーリア、リアナ、フィンにギルバートにレイヴンと、親しくなった者全員に言われた。
ヴァレリオは苦笑いしつつ、頷いた。
「お受けするのがいいかと。あまり断るのも失礼に値しますから」
「む、そういうものか。分かった。では、宿のことは頼む」
ドゥーカを見ると、彼女はほうっと息を吐き出し、ようやく肩の力を少し抜いた。
本当に、エルフたちは昔から真面目で大げさだ。
(だからこそ、ドワーフとよく喧嘩するのだろうな)
――これだから貴様らは野蛮なのだ! 竜人様に失礼だろうっ?
――けっ、どこが失礼だ! お前さんたちこそ、この人たちの酒を飲まないなんざ、分かっとらん!
――む? いや、無理して酒は飲まんでもいいし、気軽に話してくれてもいいのだが……。
――聞いたか? 竜人様たちはお優しいのだ。しかし、だからといって貴様らの口の聞き方は……。
――ほれ見ろ! 堅苦しい話し方してるおめーさんらの方がよっぽど失礼ってもんだ!
思い出してうんうんと頷く。
(うむうむ。本当にこの二種族は仲が良い。
なのに……近くに住まないのは不思議だな)
「……師匠? また妙なこと考えてらっしゃいますよね?」
「妙? いや、エルフとドワーフは仲がいいなということを思い出してな」
「! 竜人様……いえ、レン様。我らは彼らとは意見を違える存在で」
「そうだな。意見が違うからこそ、相性が良いよな。
やっぱり近くに住んだらいいと思うんだが」
「…………」
「…………」
真剣に提案したのだが、同意は返ってこなかった。……なぜだ。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
~帝国編~第一話「おばちゃん、提案する」完




