リンドベル・番外編「怖いもの知らずな幼馴染たち」
リンドベルの郊外。
木々が生い茂る片隅に、ぽつんと佇む一軒の家がある。
壁には蔦が這い、煙突からは不思議な色の煙が立ち上っている。
近所の幼子たちの『肝試し』対象にも時おりなるその家のドアを、一人の女性がノック……することなく開け放った。
「フィン! 生きてるー?」
やや水色がかった長い髪は、体の左右から垂らされて二つの三つ編みになっている。髪の隙間から見えるのは、長くとんがった耳。
リアナ=フェローチェ。
フェローチェ商会の跡取り娘であり、ハーフエルフの彼女は、丸く大きな眼鏡越しに部屋を見渡した。その動きは手慣れており、この家の住人との親密さがそれだけで伝わる。
ドサッと、手に持った食品を適当に置く。
「……うるさいな」
家の奥から、頭を押さえながらやってきた家の持ち主。
フィン=アルデルト。
灰色がかった金髪を掻きむしり、目の下には濃いクマ、陽の光を浴びてない青白い顔をリアナに向けた。
腰に手を当てたリアナが呆れた顔をする。
「あ、いた。ほんと、不健康な面してるわねぇ」
「別にちゃんと栄養は取ってるし」
二人の間に遠慮はない。彼らは幼馴染だった。
「ほら、ご飯持ってきたから」
「ん」
のそのそと食べ始める様子を見ながら、リアナは端に積み上げられたポーションを確認していく。それはフェローチェ商会に卸す分だった。
「生活は壊滅的だけど、仕事だけはちゃんとするわよね、あんた」
持ってきた発注書と比べ、内容に間違いないことを確認する。そして、パチンッと指を弾いた。
ぞろぞろと、外で待機していた商会の従業員たちがやってきて、テキパキとポーションを運んでいく。
第三者が来た瞬間、フィンはあからさまに嫌そうな顔をしたが、止めはしない。自分で店に持っていくよりはマシだからだ。
従業員たちは、ポーションや薬品を運び終えると、すぐにいなくなった。家の外から馬車を引く音がするので、そのまま商会に運び込むのだろう。
リアナは馬車に乗らず、窓から従業員たちを見送って……ふと、思い出したように口に出す。
「今頃、ゼペーについたかな?」
主語はなかったが、フィンには伝わったのだろう。スープを飲んでいたその手が一瞬止まる。
「さあね。本気を出せばそうだろうけど……寄り道しそうだし」
ぼそっと付け足されたフィンの言葉に、リアナは「たしかに」と頷いた。
あの見た目は若い女性なのに中身はおばちゃん。けど好奇心旺盛な竜人族なら、
『ヴァレリオ! なんだあれはっ?』
と、弟子としてついて行った男を振り回していそうだった。
「本気を出せば、ね。……よく分からないんだけど、竜人族ってそんなにすごいの?」
いや、すごいのは知っている。しかし、そのすごいの定義がリアナには想像ができずにいる。
実際に会ったことのある竜人族は二人だけで、一人は街に住んでいてもほぼ関わりはなく、もう一人はリアナにとってただの世間知らずのおばちゃんだった。
「能力、という意味ならばすごいなんて言葉で表せないよ。文字通り次元が違う。
僕たちが一生かけてもたどり着けない星にも、軽く散歩に行く程度なのが竜人族だよ」
「星? 星って……夜空の星?」
唖然としたリアナに、フィンはパンを飲み込んで頷く。
「星どころか、太陽ですら、遊び場だって言ってたよ」
『火の竜人族にとっては、太陽は良い遊び場なんだが、子供の頃、私の鱗はまだ弱くて太陽に触れるとちょっと熱くてな』
思い出を語られた時。フィンは竜人族の記憶が残っていない理由の一つが分かった気がした。――スケールがでかすぎて、真実と思えないのだ。
そんな話を聞かされた昔の人が、「うそだ」と思って後世に伝えなかったとしても、責められはしないだろう。
「……太陽?」
リアナのピンク色の瞳が丸くなる。
普段は商人として凄まじい速度で計算をする彼女の頭も、理解が追いついてないらしい。
「コーレニ湖も、一人の竜人族が癇癪で開けた穴に自然と水が溜まって出来たみたいだし」
「え? コーレニ湖って、ゼペーの? あの広大な湖? ちょっと、フィン。さすがにそれは冗談……よね?」
健康的なリアナの頬が引きつっていた。
冗談だ、と思う者たちもきっと過去に大勢いたのだろうなとフィンは思う。しかし、『本物』との会話を通じて、フィンは真実なのだろうなと確証していた。
(あいつにそんな嘘つけるとは思えないし)
どんな生命よりも遥かに長生きなはずであるにも関わらず、知らないことに対して素直に知らないと首を振った彼女。アップルパイが上手く食べられないと凹みつつも、幸せそうに咀嚼していた姿。
それらを見てしまうと、恐ろしい存在には見えないが、同時にそんな嘘はつけないと分かる。少なくとも彼女にとっては、語ったことは真実だろう。
真実かどうかなど、過去に戻るしかなく、そんなことは不可能だ。
だが……帝国が異様に竜人族を恐れる理由として、湖の由来がそうであるならば納得もできた。
「どうしよう? 私、結構偉そうなこと言っちゃったんだけど」
今更心配になったらしいリアナに、フィンは鼻で笑った。
「別にいいんじゃない? 戻ってきたら、また貴重なものもらえるかもだし」
不遜なことを言う彼に、リアナは「怖いもの知らずね、あんた」と目を細めたが……おばちゃんの姿を思い浮かべると、たしかに何も問題ない気がしてきた。
「まぁ、それもそうね。次に換金求めてきたら、ちょっとぼったくろうかしら? 気づかなそうだし」
目をキランっと金貨のように輝かせたリアナを見て、フィンは肩をすくめた。
「怖いもの知らずはどっちだよ」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
リンドベル・番外編「怖いもの知らずな幼馴染たち」完
リンドベルの郊外。
木々が生い茂る片隅に、ぽつんと佇む一軒の家がある。
壁には蔦が這い、煙突からは不思議な色の煙が立ち上っている。
近所の幼子たちの『肝試し』対象にも時おりなるその家のドアを、一人の女性がノック……することなく開け放った。
「フィン! 生きてるー?」
やや水色がかった長い髪は、体の左右から垂らされて二つの三つ編みになっている。髪の隙間から見えるのは、長くとんがった耳。
リアナ=フェローチェ。
フェローチェ商会の跡取り娘であり、ハーフエルフの彼女は、丸く大きな眼鏡越しに部屋を見渡した。その動きは手慣れており、この家の住人との親密さがそれだけで伝わる。
ドサッと、手に持った食品を適当に置く。
「……うるさいな」
家の奥から、頭を押さえながらやってきた家の持ち主。
フィン=アルデルト。
灰色がかった金髪を掻きむしり、目の下には濃いクマ、陽の光を浴びてない青白い顔をリアナに向けた。
腰に手を当てたリアナが呆れた顔をする。
「あ、いた。ほんと、不健康な面してるわねぇ」
「別にちゃんと栄養は取ってるし」
二人の間に遠慮はない。彼らは幼馴染だった。
「ほら、ご飯持ってきたから」
「ん」
のそのそと食べ始める様子を見ながら、リアナは端に積み上げられたポーションを確認していく。それはフェローチェ商会に卸す分だった。
「生活は壊滅的だけど、仕事だけはちゃんとするわよね、あんた」
持ってきた発注書と比べ、内容に間違いないことを確認する。そして、パチンッと指を弾いた。
ぞろぞろと、外で待機していた商会の従業員たちがやってきて、テキパキとポーションを運んでいく。
第三者が来た瞬間、フィンはあからさまに嫌そうな顔をしたが、止めはしない。自分で店に持っていくよりはマシだからだ。
従業員たちは、ポーションや薬品を運び終えると、すぐにいなくなった。家の外から馬車を引く音がするので、そのまま商会に運び込むのだろう。
リアナは馬車に乗らず、窓から従業員たちを見送って……ふと、思い出したように口に出す。
「今頃、ゼペーについたかな?」
主語はなかったが、フィンには伝わったのだろう。スープを飲んでいたその手が一瞬止まる。
「さあね。本気を出せばそうだろうけど……寄り道しそうだし」
ぼそっと付け足されたフィンの言葉に、リアナは「たしかに」と頷いた。
あの見た目は若い女性なのに中身はおばちゃん。けど好奇心旺盛な竜人族なら、
『ヴァレリオ! なんだあれはっ?』
と、弟子としてついて行った男を振り回していそうだった。
「本気を出せば、ね。……よく分からないんだけど、竜人族ってそんなにすごいの?」
いや、すごいのは知っている。しかし、そのすごいの定義がリアナには想像ができずにいる。
実際に会ったことのある竜人族は二人だけで、一人は街に住んでいてもほぼ関わりはなく、もう一人はリアナにとってただの世間知らずのおばちゃんだった。
「能力、という意味ならばすごいなんて言葉で表せないよ。文字通り次元が違う。
僕たちが一生かけてもたどり着けない星にも、軽く散歩に行く程度なのが竜人族だよ」
「星? 星って……夜空の星?」
唖然としたリアナに、フィンはパンを飲み込んで頷く。
「星どころか、太陽ですら、遊び場だって言ってたよ」
『火の竜人族にとっては、太陽は良い遊び場なんだが、子供の頃、私の鱗はまだ弱くて太陽に触れるとちょっと熱くてな』
思い出を語られた時。フィンは竜人族の記憶が残っていない理由の一つが分かった気がした。――スケールがでかすぎて、真実と思えないのだ。
そんな話を聞かされた昔の人が、「うそだ」と思って後世に伝えなかったとしても、責められはしないだろう。
「……太陽?」
リアナのピンク色の瞳が丸くなる。
普段は商人として凄まじい速度で計算をする彼女の頭も、理解が追いついてないらしい。
「コーレニ湖も、一人の竜人族が癇癪で開けた穴に自然と水が溜まって出来たみたいだし」
「え? コーレニ湖って、ゼペーの? あの広大な湖? ちょっと、フィン。さすがにそれは冗談……よね?」
健康的なリアナの頬が引きつっていた。
冗談だ、と思う者たちもきっと過去に大勢いたのだろうなとフィンは思う。しかし、『本物』との会話を通じて、フィンは真実なのだろうなと確証していた。
(あいつにそんな嘘つけるとは思えないし)
どんな生命よりも遥かに長生きなはずであるにも関わらず、知らないことに対して素直に知らないと首を振った彼女。アップルパイが上手く食べられないと凹みつつも、幸せそうに咀嚼していた姿。
それらを見てしまうと、恐ろしい存在には見えないが、同時にそんな嘘はつけないと分かる。少なくとも彼女にとっては、語ったことは真実だろう。
真実かどうかなど、過去に戻るしかなく、そんなことは不可能だ。
だが……帝国が異様に竜人族を恐れる理由として、湖の由来がそうであるならば納得もできた。
「どうしよう? 私、結構偉そうなこと言っちゃったんだけど」
今更心配になったらしいリアナに、フィンは鼻で笑った。
「別にいいんじゃない? 戻ってきたら、また貴重なものもらえるかもだし」
不遜なことを言う彼に、リアナは「怖いもの知らずね、あんた」と目を細めたが……おばちゃんの姿を思い浮かべると、たしかに何も問題ない気がしてきた。
「まぁ、それもそうね。次に換金求めてきたら、ちょっとぼったくろうかしら? 気づかなそうだし」
目をキランっと金貨のように輝かせたリアナを見て、フィンは肩をすくめた。
「怖いもの知らずはどっちだよ」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
リンドベル・番外編「怖いもの知らずな幼馴染たち」完




