第二十話「おばちゃん、変わらないものを求める」
リンっと貨幣が音を立てた。
前よりもたくさん詰め込まれた袋を複数受け取り、礼を言う。
「うむ。ありがとう、リアナ。手間を掛けたな」
リアナは丸く大きな眼鏡越しに、呆れた目線を向けてきた。
「別にこれくらいはいいけど……あなたって意外とお金の使い方荒いのね?」
「む? そうなのか?」
ここしばらく買ったもののことを考えるが、良く分からなかった。
「市場や商店街で色々買ったが、お金は足りたぞ?」
「……ええ、そうね。けど、その時に使い切ったから今日両替に来たんでしょう」
「そうだが?」
「あのね。前に言ったでしょ? あなたに渡したお金、普通にしてたら百年は保つって。なのに数週間で使い果たすなんて……何買ったのよ」
言われて、ぽかんと口を開ける。
「そういえば……もう百年経ったつもりだったが、まだそんなものなのか!」
あまり一日単位で数えないのと、人の子たちと関わり始めてからやたらと時間を長く感じていたので、今気づいた。
リアナはそんな私を見て、首を横に振った。それから私の隣にいるヴァレリオに目を向ける。
「ちょっとあんた、見たでしょ?
これについて行くなら、お金の管理もしっかりしなさいよ? この世間知らずに大金もたせちゃぜっっったいに駄目!」
「は、ははは……それは俺もこの前痛感したところだ」
肩をすくめる弟子に、「どうした? 悩み事か?」と聞いてみたが、二人は長い息を吐くだけで教えてくれなかった。
なぜだ。
びしっとリアナが私に指を突きつけた。
「いい? 何か買うときはこいつの言う事聞くこと! あんたが思うがままにお金使ってたら、いくらあんたが溜め込んでてもキリがないんだからね!」
こいつ、というのはヴァレリオのことらしい。
「む? しかしなくなったら冒険者の仕事で稼げばいいのではないのか?」
「そうだけど、そういう問題じゃないの!」
「合ってるのに違うのかっ? 人の世は難しいな」
なんということだと驚くと、ヴァレリオは笑った。
「俺は……師匠にはそのままでいてほしいと思います」
「ん? どういう意味だ?」
問いかけたが、二人が答えてくれることはなかった。
まあいいか。彼らが説明しないということは、それでいいということだ。
私は、そんな風に旅立ちの準備をしていく。
今まで過ごしてきた時からするととても短すぎる時間しかここでは過ごしていないはずだが、関わった人数が多いことに、挨拶しながら自分で驚いた。
「ほんのまばたき程度だというのに、君たちと過ごしていると時の感覚が狂うな」
ははは、と笑うと。フィンはテーブルの上に並べた私の宝物を不思議な虫眼鏡で調べながら、呆れた。
「まばたき……たしかに、氷河期以前から悠々と生きている君たちからすると、そうなのかもね」
彼はそれから、白銀と金が混じった石や、変わった絵が書かれた壺、振るとりんりんと音がする草を見た。灰色の目が輝く。
しかし、すぐに申し訳なさそうに細められる。
「本当にこれらもらっていいの? 君の宝物なんじゃ」
「うむ。
だからこそ、渡したい人に渡すのだ。私が持ち続けても意味はないからな」
その石は子供の頃、友人たちと小さな冒険をして手に入れたもの。壺は、昔の人の子たちからもらったもの。その草は、星を巡って飛んだ時に気に入って持ち帰ったもの。
どれにも思い出がある。
だから壊したり、適当に捨てたりは出来ない。でも、渡したいと思ったのなら渡す。
「それに……なんとなくだが、君に渡すと良いことがありそうな気がしてな。
こういう勘はよく当たる。
だから、遠慮せずにもらってくれ」
笑って言えば、フィンは「……まぁ、もらえるならもらうけど」と受け取った。
「とはいっても、なんなのかすら、分からないけどね」
「そうだな。私もわからん」
「……はぁ。その気にしなさすぎは君だからなのか。土だからなのか。もうちょっと調べたかったところだね」
肩をすくめたフィンは、一度奥へと引っ込むと、何かを持ってきた。
それは金色の腕輪だった。
「お礼というわけじゃないけど、あげる」
腕輪には不思議だがどこか美しい模様が刻まれていて、紫色の宝石がはめ込まれていた。
腕輪全体に魔力が込められているのが分かる。土と――闇だ。
フィンを見ると、彼はつっと目線をそらした。
「特に何か効果があるわけじゃない。人間が普通に使えば千年は保つはずの、ただの頑丈なだけの腕輪だよ」
たしかに頑丈そうだった。しっかりと固めた土の魔力を、闇が綺麗に保護している――外からの魔力を遮断するように。
この魔力は、ヴァレリオも関わってそうだ。
「……君が着けても、まぁ……100年は変質しないんじゃない?」
彼の頬は少し赤く染まっていた。……くくっと、思わず笑いが出た。
「そうか。それはありがたいな」
腕輪を左腕に着けてみる。キラリと紫の宝石が光った。眩しく感じて目を細めてしまう。
「この宝物は、他の誰かに渡す気にはならんだろうな」
ついぽつりと呟くと、「ふんっ。別に渡したくなれば渡せばいいさ」と、やや早口に言って私に背中を向けた。
ぼさぼさの薄い金色の髪の隙間から見えた彼の耳は――赤かった。
「ほら、行きなよ。
僕は今からこれら調べるから、忙しいんだ」
もう一度笑ってから「ああ。じゃあな」と手を振り、不思議で溢れた錬金術師の家をあとにした。
***
優雅な香りが部屋に漂う。
「そうですか。残念ですわ。素敵なお茶会の相手ができたと思いましたのに」
セルベーリアは本当に残念そうに微笑んで、上品にアップルパイを口にした。
私は笑った。
「何を言う。最初は私を帝国の盾にしようと思ったのだろう?」
初めて会った時は知らなかったが、何度かこうしてお茶をするうちに、セルベーリアが教えてくれた。
リンドベルは当時、かなり不安定な中でいたから、私が街にいることを公表して他国への牽制にしたかった、と。
彼女が片目を瞑っておちゃめにウィンクした。
「ふふふ。昔のことは覚えてませんわ。最近物忘れが酷くて」
「まったく。君の物忘れは君の都合がいい時に発動する」
呆れて肩をすくめたが、すぐにつられて笑った。
「よしっ。では……これは忘れないでくれよ。私が……アップルパイ食べるの上手ってことを」
と、風の魔力で綺麗に切ったアップルパイを、口に放り込む。咀嚼しながら指を二本立てた。
セルベーリアは唖然とした顔で私を見ていたが、やがて「ふ、ふふふ」と上品に笑い出す。
「な、なんですか? 今のは」
「うむ。レイヴンに教えてもらったのだ。マナーは大事だが、プライベートの場なら、こういうやり方をしても良い、とな」
「まぁっレイ君が?
ふふふ。あの子もギルちゃんに影響受けたものね。昔はもっとお堅かったのに」
ちょうどその時、風の精霊が、冒険者ギルドで二人がくしゃみをしたと教えてくれた。
なんとなくだが、セルベーリアと二人の関係が見えた気がする。
ゆっくりとお茶をして、いつものようにお土産ももらった。
だが、今日は私も彼女に差し出す。
「これは……鱗?」
セルベーリアの手に、茶色と緑が混じった鱗を乗せる。鱗の周辺は少し虹色がかっている。
「ああ。私が初めて見つけた変色鱗……あー、そうだな。君たち風に言うなら、白髪か?
私達は年を取ると、このように鱗が虹色になっていくのだ」
これを見つけて、ついに私も中年かと感慨深く思ったものだ。
「終の棲家を探そうと里を出たきっかけのものでな。
旅の出発点のこの地に預けておきたい」
理解したのか、セルベーリアは驚いてこちらを見上げた。
微笑む。
「終の棲家を見つけたら取りに来る。その時は、アップルパイを用意してくれると嬉しいと、伝えておいてくれ」
旅の目的を成し遂げるまで、どれくらいかかるかは分からない。
ただ……この地に、何か変わらぬものが残っていればいいなと、そんなことを、ふと思ったのだ。
セルベーリアは、鱗を大切そうに胸に抱き寄せ、微笑んで頷いた。
「はい……そのお言葉とともに、再びあなた様がこの地に来られることを、私達はお待ちしております」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第二十話「おばちゃん、変わらないものを求める」完
第一章~リンドベル編~完結




