第十九話「おばちゃん、一つ賢くなる」
「……なるほど。生きるために盗む、のか」
後日。
改めて依頼を引き受けてくれたレイヴンの授業を聞いて頷くと「基本はそうですね」と彼は頷いた。
「最初は生きるためにであったのが、段々と別の意図を帯びていくこともあります。贅沢、支配……もしくは脅されて、など」
「うむ。
人の子たちは昔から贅沢とやらが好きだな。他の頭を下げさせたり……別に命の危機にあるわけでも、殺して食うわけでもないのに」
昔からの疑問を口にする。もう何度この疑問をいだいたことだろうか。
「私は頭を下げられるのは余り好きじゃないな。美しい目が見えなくなるじゃないか」
ひどい時には、額を地面にこすりつけるように下げてくる人の子たちもいたものだ。
礼儀として下げるくらいならともかく、ああいうのは心苦しくなる。――人の世界から離れた理由の一つだ。
「目、ですか?」
「うむ。君たち多くの生き物は様々な目をしているだろう? 私のような例外を除けば、私たちの目はあまり変化がないから、不思議で興味深い」
言いながら、レイヴンの目を見る。透き通った冷たい水のような瞳だ。
「君の目も美しい」
笑って頷く。
同胞たちの金色も好きだが、レイヴンたちのように色んな色があるのも好きだ。
「っ!……そう、ですか。一応、礼を言っておきます。ありがとうございます」
レイヴンは、なぜか言葉に詰まったようだった。――何か変なこと言ってしまっただろうか?
「ごほんっ!
とにかく、あなたがこの感覚を理解するのは難しいでしょう。ただ……人間の中には、他者を虐げることで自分の存在意義を見出す者もいる、と思ってください」
「ふむ……わかった」
完全に理解は出来そうにないが、そういうものとして受け取った。
「たしかに、そういう存在がいるのであれば、法がなければ秩序は保てないか」
わざと秩序を乱す理由は分からないが、どうしてもそういう存在が出てしまうなら、法は必要なのだろう。
「それを取り締まるのが警備隊なのだな」
「リンドベルではそうなりますね。
国や種族によっては、法ほどしっかりと定まっていない場合もあります。
ですが、どんな種族でも何かしらのルールはありますね。たとえば森のエルフならば、森の木を切る時には明確な理由やいくつか条件が必要です」
「ああ。それは聞いたことがあるな。木こりを任されていることや、緊急性があるかなどだったか」
「……さすがですね。その通りです」
話をしながら頭の中を整理していく。
今まで警備隊というのは、てっきり外の脅威から街を守るためかと思っていたが、内部を守るためだったらしい。
「なるほどな。警備隊が内側。そして冒険者が外側、ということか」
戦闘に長けた者たちが警備隊と冒険者、という2つの枠組みに分かれているのはなぜか、と疑問だった。どうやら役割の違いということのようだ。
「君たちは、本当、昔からいろいろと役割を分けているな。やはり人数が多いとそうなるのか?
人の子が誕生しだした時はそう複雑ではなかった覚えがあるが」
昔に思いを馳せると、レイヴンの目が細められた。
「人の誕生……それは、中々に興味深いお話ですね。フィンが喜びそうですが……今は依頼中なので止めておきます」
「?」
「我々は、そうして各役割を果たし合うことで社会を形成しています。そして各自が衝突した時に互いが妥協できる点を決めたのが法律と思っていただければと」
「つまり、全員が法律に納得しているわけではないのか」
「はい、全員が毎回完全に納得しているわけではないでしょう」
話を聞いて改めて思う。
(人の子は……大変だなぁ)
思わず呟いてしまったら、レイヴンが苦笑した。
「そうですね。逆にその法律を利用して犯罪……秩序を乱そうとする者もいます。
私たちが自ら決めたルールに納得して全員がその通りに動くことは、おそらく永遠にないのでしょう」
完璧なものは作れない。それが分かっていても、少しでもよくしていくために変えて行くのだろう、と彼は締めくくる。
とても新鮮だった。
「なるほどな! 君たちの姿を見るたびに新鮮な気持ちになるのは、そういうところにあるのかもしれんな」
解決しない問題を抱え続けているからこそ、人の子たちは変わり続けるのだろう。
変化とは無縁の竜人族の里とはずいぶんと違う。
「私達からすると、あなたたちが羨ましいところです」
「はははっ、それは互いにないものねだりというやつだな」
出されていたお茶を飲んで笑う。レイヴンも黒い液体を飲んで少し頬を緩めていた。
しかし、レイヴンの持つその液体の周囲の風を操り、臭いがこちらに来ないようにする。
「……? 風が……なにかされましたか?」
「む。すまない。不愉快だったか?」
苦笑し、カップを置く。
「その……君の飲んでいる黒い液体。こーひぃ、だったか? それがエンサの豆のような香りがして、どうにも苦手でな」
「エンサの豆、ですか?」
「ああ。私たち竜人族は、多くがその臭いが苦手なのだ。なぜかは分からないから聞かないでくれ。長老たちがいうには、彼らが子供の頃の長老たちも苦手だったそうだ」
と、そこで慌てて手を振る。
「あっ! すまない。君が好きなものを否定したいわけではないのだが、私はどうも駄目でな。
臭いがこちらに来ないように風を操っていた。
臭いさえなければ問題ないから、気にせず飲んでくれ」
操っていた風の位置をずらす。少々彼に近づけすぎた。落ち着こう。臭いが自分に届きさえしなければいいのだ。
レイヴンは少し戸惑っていたが、「なるほど」と頷く。
「ちなみにエンサの豆とは、コーヒー豆と同じなのでしょうか?」
「うむ? いや、違うと思うが……。奴らは、竜人族が死んだ場所に最初に生える植物だ」
「! それはまた、随分と特殊な植物ですね」
「そうだな。我らが死んだ場所は魔力濃度が高すぎて、私たちも近づけん。そんな場所に生えるのだ。特殊ではあるだろうな」
水の者たちが言うには、濃すぎる魔力濃度を下げる効果があるのではないかと聞いた。
しかし、近づけるほどになれば塵となって消えるため、調べることも出来ない。
知り合いの水の者は
――調べさせもせんとは! 臭いだけでなく捻くれた植物だ!
と、怒っていた。
「だから臭いさえなければ、その『こーひぃ』も飲んでみたいのだがな」
「それは……もうコーヒーではないかもしれませんが」
レイヴンが呆れたような顔をしつつ、上品にアップルパイを食べている。以前見たセルベーリアの所作に近い。
真似て食べようとしてみる。
ぼろぼろ。
パイ生地の部分が崩れていく。諦めずに真似するが、真似すればするほど崩れてしまう。
ふっと空気が揺れた。
見ると、レイヴンが俯いてかすかに肩を震わせている。笑っているらしい。
「も、申し訳ありません……くくっ」
「むぅ……ズルいな。君はどうしてそんなに綺麗に食べられるのだ」
笑いながらでも美しく食べるレイヴンをじとっと見てしまう。
「失礼いたしました。
これでも一応帝国貴族として生まれ育ちましたので」
「貴族か。セルベーリアみたいなものか」
「少々違いますが、為政者側という意味では合ってますね」
ふと、レイヴンが眼鏡の縁に触れた。
「レン様は、その風を使ってパイをお食べにはならないのですか?」
「……む?」
数度瞬きしながらレイヴンを見る。そして、手に持っているフォークを見た。
「可能だが……しかし、失礼だろう?」
そう。可能か不可能でいうと出来る。というより、むしろそっちの方が楽だ。
綺麗に一口分を切ることが出来るし、一つもこぼさずに口に放り込めるだろう。
レイヴンは微かに笑う。
「たしかに大勢がいる場所や改まった席ではフォークで食べられたほうがいいですが、こうした個人的な場では相手が気にしなければ良いかと」
「! なんと! いいのかっ?」
その発想はなく、目の前に新しい扉が開いたかのようだ。
どうぞ、と言われたので早速、風でパイを切り、土の重力操作で持ち上げて口に運ぶ。
皿には一つもこぼれなかった。――美味い。
自然と口元が緩んで、言った。
「こんな方法があったとは! さすがレイヴン先生!」
「……くふっ……先生はやめてください」
レイヴンが飲みかけていたこーひぃで咳き込んだ。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十九話「おばちゃん、一つ賢くなる」完




