第十八話「おばちゃん、生徒になる」
「……なるほど。事情は理解しました。たしかに私が適任でしょう。お受けいたします」
レイヴンは、私が書いた依頼書を読み、眼鏡のレンズを光らせた。
それから、水色の瞳をこちらに向ける。
「依頼を受けるに当たっての詳細を確認したいので、奥へどうぞ」
そして、ギルドの奥へと歩いていった。私はレイリアに「助かった。ありがとう」と笑いかけてから、その気配を追いかける。
背後では、私が座っていたところに別の相談者が座る気配がした。
関係者以外立入禁止。
と書かれた看板の横を通り過ぎると、不思議と心臓が踊った。初めて空を飛んだような高揚感と、悪いことをしてしまったような罪悪感が、絶妙に合わさった感覚だ。
ギルドの建物は、セルベーリアが住んでいた城と違い、徹底的に頑丈さと効率を求めたようだ。
がっちりとした土の魔力が練り固められている。ここまでしっかりと練り固められているならば、父が握っても形が残りそうだ。
足を止める。
「……レン様? どうされましたか?」
同じく足を止めたレイヴンに、視線の先を指さした。
「あちらが『だんぞん』のあった方だな? 侵食の気配がする」
「! 侵食……フィンからの報告にあった異界の毒ですね」
異界の毒、か。たしかにその方が彼らには分かりやすいかもしれない。
「ああ。少し、見てもいいか?」
「はい。ご案内します」
レイヴンは余計なことを聞いてくることはなかった。
道中。何度か結界をくぐった。かなり厳重に管理しているらしい。
たどり着いた先は、結界樹の根元だ。今はだんぞん……げぇとの存在もない。
しかし、異界の毒の気配が強い。
「ふむ? 漏れ出ているわけではなさそうだが、濃いな……誰かここに近づいたか?」
「……閉じてしばらくはいましたが、その後はここに来たものはいないはずです」
となると、一つだ。
「侵されている者がいるかもしれんな。異界の毒は、呼び寄せ合う」
空気が張り詰めた。かっちりとした氷の魔力が、一瞬だけ溢れ出た。――グラーゴが好みそうな魔力だ。
「今すぐに調べます」
「いや、私が聞こう。その方が早い」
「は? 聞く、とは……っ!」
ばたばたと風が衣服を揺らす。髪がなびいた。風が踊り、街を駆け巡る。
伝達速度は、風が最も早く、正確だ。
「いたな。三人……まだ手遅れではなさそうだ。連れて来……ると、驚かせてしまうな。
私が向こうに……いや、それはそれで問題になるのか?」
グラーゴからの忠告や今までの経験から、途中で言葉を止めた。
レイヴンは、眼鏡の奥の目を少し見開いていた。しかし、すぐに頭が働いたのか「なるほど。これはギルバート様が喜ぶはずです」と納得していた。
「ギルバートがどうした?」
「いえ。あのヴァレリオが師匠として選んだ理由がわかっただけです」
「?」
レイヴンは首を横に振る。
「ひとまず、部屋にご案内します。それから、その3人の情報を教えていただいてもよろしいでしょうか」
そうして一つの部屋に案内され、見つけ出した3人の情報を伝える。
「一人は今、南の方にいるな。服装からして冒険者だな。名前は……周囲からクラドと呼ばれているようだ」
風が教えてくれたところによると、三人中二人は冒険者であり、一人はギルド職員だった。
少し前に侵食……異界の毒に侵されている者の気配を街に感じなかったが、全員、ここ数日前まで街の外に出ていたそうだ。
三人とも、少し前から体の不調を感じてはいたらしい。だが、少し眠気が強かったり、体が若干だるいくらいだから気にしてなかった。
特に三人とも戦闘を本職としているせいで、魔力での身体強化に慣れている。魔力で強化すれば多少の不調はなんとかなる。
「ふむ。それが良かったのかもしれんな。君たちの魔力は、アヴァリスたちのものよりも侵食……あー、異界の毒に耐性があるようだ」
「なるほど。その魔力で体を満たしていたから進行が遅かったと」
「おそらくな。真偽は分からん」
軽く頷いてから、真っ青になっている三人に手を差し出す。
「まぁ、君たちくらいの症状なら、私で十分そうだ」
もしひどければグラーゴに頼もうと思ったが、問題ない。
「さて。少しだけ違和感があるかもしれんが……」
そうして……それぞれの手を取って、彼らの体内の侵食に魔力を注ぎ込んで浄化した。
彼らは程度が違い、やや濃く侵されていたものは浄化の際に顔をしかめたが、すぐにほうっと息を吐き出した。
ありがとうございました、と頭を下げて去っていく三人に手を振る。
それを見て、自身の成長を感じた。
(昔はこの程度の毒も浄化は出来んかったんだがな。私も年を取ったのだなぁ)
しみじみとしていると、唯一部屋に残ったレイヴンが頭を下げた。
「ん? どうしたんだ?」
「ありがとうございます。助かりました」
「……?」
首を傾げると、レイヴンは頭を上げて……苦笑した。
「なるほど。あなたが知りたいことが把握できた気がします」
「私の?」
「はい……あなたと私たちでは、根本的な……倫理観……いえ。世界の捉え方から異なるようです。
今、あなたがしてくださったことは、私たちにとってはとてもすごいことになりますが、あなたにとっては、呼吸するのと変わらないのでしょう」
レイヴンが何をいいたいのか分からずにいると、彼は少し微笑んだ。
「元々、奥へと案内したのは、まずはあなたさまの考え方や竜人族の里での当たり前をお聞きしようと思っていましたが、今のを見て、方向性が分かりました。
とはいえ、詳細はお聞きしたいと思いますが」
そう言うと彼はあらかじめ用意していた書類を差し出してきた。
「私たちギルドでは、多数の種族に対応するため、情報を集めております」
静かに話しだした彼の声を聞きながら、書類を見た。そこにはこう書かれてあった。
――同意書。
「ですが、竜人族の方の情報はほとんどありません。
この同意書は、あなたのような希少種族の方にお渡ししてます」
ギルドの手続きとして、そういうのがあるらしい。
(人の子たちは、色々と『手続き』があってなんだか大変そうだな)
「今からお話を聞かせていただく上で、その内容をギルドに保存し、活用させていただきたいと思っています。しかし、不愉快ならば記録はせず、私が記憶するだけにとどめます」
書類を読むと、今レイヴンが言った内容がさらに詳細に書かれてあった。
感心する。
「すごいな。君たちはこんな風に情報を集めているのか?」
受付でのスムーズな対応は、こういう日々の努力から来ているのだろう。
レイヴンが頷く。
「少しずつ蓄積された情報を元に、互いの妥協点を探り合う。それが我々の生き方、とも言えるかもしれません」
レイリアが彼を推薦した理由がよく分かる。たしかに、彼以上に適任はいなさそうだ。
「うむ。私の方から改めて君に依頼したい。私に人の世のルールを教えてほしい」
そして、同意書にサインする。
「私の話した情報が役に立つなら好きにしてくれて構わない。だが、あくまでも一例だということは理解してほしい」
「はい。承知しております」
レイヴンは大切そうに書類を頑丈な金属の箱にしまった。すると、風でも見えなくなった。
どうやらあの箱は、闇の魔力を使って中のもの完全封印しているようだ。なかなか面白い仕組みだ。
「では、ヒアリングと行きましょう。
まず……竜人族の里では、法律や経済がないと聞きましたが」
「うむ。今回のことで振り返ってみたのだが、法律というようなものはないな。
せいぜいが、まだ空を自由に飛べない子供が、大人無しで飛ぼうとするのは危ないから駄目だ、くらいだな」
そのように、とても当たり前のことを聞かれたが、真剣に答えていった。
「経済も……欲しいものは持っている者に頼むか、自分でなんとか手に入れるか、諦めるかだな」
「もらう時に対価は必要ないのですか? 必要ならば、対価の決め方は?」
「渡す時もあるし、渡さない時もある。渡すというのを決めたのは自分だから、対価の有無やそれに価値があるかは気にしない」
「ふむ。貸し借り、という概念もあまりなさそうですね」
「?物を借りることはあるぞ?」
「……いえ、そういう意味ではなく、恩を受けるということなのですが……恩という考えそのものが、分かりにくそうだなと思いまして」
恩。
言葉の意味は聞いたことはあるが、たしかに理解できているかというと、出来てはない。
すごいな、とレイヴンを見る。彼と話すだけで、様々なことが言語化されていくようだった。
「うむ……うむ! いいな。ヴァレリオは、こういう感覚だったのかもしれん」
「はぁ? どうされましたか?」
「いや、なんでもない。私に答えられることなら何でも聞いてくれ、先生!」
「……先生は、止めてください。本当に」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十八話「おばちゃん、生徒になる」完




