第十七話「おばちゃん、知りたいのでお願いする」
太陽が昇り、そして沈み。再び上がる。
――それを一日として、人の子たちは生きている。
グラーゴに与えてもらった客室の窓に腰掛け、空に浮かぶ月を見上げて思い出す。
(そう言えば昔、月や太陽までの競争をよくやったものだなぁ)
同世代の中でも、私は速さには自信があった。純粋な速度では風の者には勝てないが、地の重さを操れば彼らとも同等に戦えたものだ。
なんとも懐かしい。
透明なグラスに入った赤い酒を飲む。果物から作った酒らしい。てっきり甘いと思ったが、甘さよりも……何と言えば良いのか。
(濃さ? いや、こう……重たく舌に残る感じだな)
「ふむ……だが、こういうのも悪くないな」
無性に肉が食べたくなった。
「しかし……シルヴィランデスをわざわざ起こすのも、忍びないな」
侍従のシルヴィランデスは、今頃寝ていることだろう。
(基本、人の子は一日一回は寝ないといけないらしいからな)
それも夜に寝るのが良いらしいのだが、不思議なことに、リンドベルの街は夜でもかなりの人の子たちが起きている。
寝なくても良いのかとヴァレリオに聞いたが、数日くらいなら大丈夫らしい。それに夜以外に寝たりもするんだとか。
なんだか不思議だと思ったが、夜に全員寝てしまっては、夜に活発になる魔物に対応できない、と聞いて納得した。
あと、暗闇が迫ると犯罪――『人の世が上手くいくように作られたルール』を反する行為――を起こす者も増えるそうだ。
(犯罪自体は昼も夜も関係なく起こるようだが……そういえば、なぜ夜だと増えるのだろう。
起きている者が少ないからか? 人の子たちが、あまり夜目が効かない者が多いのは、関係しているのだろうか?)
夜に行うなら、別に昼にしても良さそうだが、犯罪行為を行う者たちなりの美学でもあるのだろうか? なんとも不思議だ。
そんな犯罪を取り締まる警備隊やそれに似たような組織が、大なり小なり町や村にはあるのだと聞いた。
里にはそんなものはない。
(しては駄目なことは、なんだろう? 盗み……そんなもの、発生したと聞いたことはないな。
同胞殺し……は、当たり前だが、自らも瀕死になるし、殺し合いになる前に誰かが止めに入るだろうから、殺しにまで発展することもないし)
そもそも盗む必要もない。それが欲しいと相手に聞けば深い理由がない限り譲ってくれる。譲ってくれなかったとしても、それはしょうがないことだから諦めるか、手に入れる他の方法を探すだけだ。
同胞を殺すのは、そもそも重労働だ。ふいをついたとて、一撃で仕留めるのはほぼ無理であるし、そもそもふいをつくのが難しい。
寝ている時などの意識がない状態は、日頃は抑えている魔力が放出されている。ぶ厚い魔力を越えて致命傷を与えるなど、よほどの実力差がないと無理だ。
鱗を完全に虹色にした長老クラスなら出来るだろうか。
「それに……殺す必要もないしな」
竜人族は死ねば肉体が魔力として霧散し、世界に還るから血肉を食べることも出来ない。
死した竜人族の魔力は高濃度過ぎる。そんなもの摂取すれば、長老クラスでも食あたりですまないだろう。
「む? そうなると、里では犯罪はやっぱり起きないのか?」
しばらく犯罪というものがなぜ起きるのかについて考え込んでみた。
犯罪をして捕まると罰を受けると聞く。だというのに、人の子は犯罪を犯すらしい。
「……なぜだ?」
首をひねった。
結局、犯罪というものは『人の子のルールに反する』ということしか分からなかった。
「しかし、そうか。そうなると、細かく覚える必要があるのか。私が知っている昔のルールも変わっているやもしれんな」
一度、誰かにルールについて教わっておこうか。
「ラー坊に聞いてもいいが、せっかくなら人の子自身に聞きたいな。
誰が詳しいのか」
今まで知り合った人の子たちの中で、セルベーリア、リアナ、ギルバート、フィンなどが頭に浮かぶ。
そして、フィンを思い出した時、そうだと思いつく。
「依頼を出してみれば良いのか!」
フィンとの出会いは、そもそも彼からの依頼を受けたから。ならば私も、人間のルール……法律について教えてほしい、という依頼を出せば良い。
依頼を出すという経験も出来るし、新しい出会いもあるかもしれないし、我ながらいいアイデアではなかろうか。
うむうむと頷き、早速、次に日が昇ったら冒険者ギルドに行ってみるとしよう。
***
翌日。冒険者ギルド、総合受付。
「えと、それでレン様。もう一度確認しますが、法律について教えてくれる教師を探されている、ということでしょうか?」
青いギルドの制服を着た短い銀髪の女性。レイリアが、四角く黒い縁の眼鏡に軽く触れてから、やや戸惑った声を上げた。
「うむ、そうだ。依頼を出すのもしてみたかったし、ヴァレリオに聞いたら彼も法律にはそんなに自信がないみたいなようでな」
笑って頷くと、レイリアは少し沈黙する。頭の中で言葉を探しているように、目が真剣に細められた。
「……レン様。法学という学問を勉強したい、ということでしょうか? それとも、概念を学ばれたいということでしょうか?」
驚き、ぱちぱちとまばたきする。
「それは、何か違うのか?」
よく分からず首を傾げると、レイリアは丁寧に教えてくれた。
法律と言っても数多あり、そのルールで生きている人の子たちはすべてのルールを知っているわけではないと、ヴァレリオから聞いた。
(すべて覚えられないのに、なんでルールがあるのかもよく分からないが)
とにかく、聞いてみれば分かるかと思って気軽に来てしまったのだが。
「むぅ。それはすまない。なかなか難しいものだな」
肩を落として謝ると、レイリアは少しだけ口元を緩めて笑った。
「いえ、大丈夫です。そういった依頼の方向性を相談するのもこの窓口の役目ですから」
それから、レイリアは改めて依頼書を取り出し、淡々と告げていく。
「おそらく、レン様の場合は法律そのものというよりは、私たちが社会を形成する概念を知りたいという方が、要望に近いかもしれません。そうすれば、日常的に覚えておけば良い法律やルールも絞られますし、納得されやすいかと。
地方差もありますし」
「ふむ」
「法学の勉強となると、何年も専門の学校や師について学ぶものですし、数ある法律を暗記されることをお望みでもないでしょうから」
レイリアの説明は淀みがない。
リンドベルは他種族が集う街と聞く。おそらくはそう言った基本の考え方も千差万別で、対応に慣れているのだろう。
「ほほお。君は素晴らしいな。とてもわかり易かった。ありがとう」
笑いかける。
すると、白いレイリアの頬が少し赤く染まった。こほんっと咳払いをしている。
「ありがとうございます。……ですが、職務ですから」
当たり前のことです、と言いきる彼女はまっすぐ顔を上げている。――いい表情だ。
その後はレイリアの指示を受けながら書類を書いていく。
「はい。これでいいでしょう。
しかし……正直に申しますと、あなた様の依頼は、少し変わった依頼になります」
レイリアはそこで一旦言葉を区切り、やや言いにくそうに続きを話す。
「……やはり、レン様が竜人族と知ると、相手の方が萎縮する可能性もあります。
それらを考慮しますと、普通の方では、納得の行く結果とならない可能性が高いです」
彼女の言葉に、少々寂しさを感じたが、致し方ないことだ。
「では、依頼を出しても無意味ということだろうか?」
「いえ!
実は……相手を指名することも出来るのです」
「指名か。誰か、君のおすすめしたい人がいるのか?」
察して聞き返すと、レイリアは少し緊張した面持ちで頷く。
「お忙しい方ではあるのですが、ここリンドベルではこの方以上の適任者もいないかと」
息を詰める様子に、少し眉をしかめる。
「……まさか、ラー坊……グラーゴだったりはしないか?」
「え? いえ! 違います。
たしかにグラーゴ様ならばご存知でしょうが、あの方は冒険者ではありませんし」
「む。それもそうか」
ほっと息を吐く。
そうなってくると、ワクワクした。このレイリアがおすすめしたくなるような人物。
レイリアは、改めて背中を伸ばして、その人物を告げた。
「この冒険者ギルドの副ギルド長、レイヴン様です」
「副、ギルド長?」
鸚鵡返しのように呟いた時、氷の気配に目線をレイリアの背後に向けた。
「はい。私がレイヴンですが……何か?」
そこには、薄水色の長い髪を揺らし、眼鏡のレンズを冷たく光らせる男性がいた。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十七話「おばちゃん、知りたいのでお願いする」完




