第十六話「おばちゃん、健康の大事さを知る」
「そうだな。この石でどうだ? この石についている精霊が、ライラを気に入っているようだ」
目を充血させ、荒い呼吸で私の出したものを凝視していたボフトンに声をかける。
尋常じゃない様子がとても心配だ。なにか悪い病気だろうか、と昔はよく心配したが……ドワーフたちはいつもこうだ。
私は風翠石の一つを手に取った。大きな風翠石にはより強大な精霊が宿っているが、今のライラには荷が重そうだ。
それよりも、先程からライラに選んでほしそうにしているこの子がいいだろう。
「? そういえば……前も精霊がどうのっておっしゃってましたが、師匠には精霊が見えるんですか?」
「む? 見える……? いや、見えんが……そういう気配を出しているだろう? 先程からライラの周囲で舞い踊っているし」
問いかけてきたヴァレリオにそう返すと、無言で苦笑だけが返ってきた。
なぜだろう。最近、ヴァレリオからはこんな苦笑が返ってくることが多い気がする。何か間違ってしまったのだろうか?
「え? そうなの? さっきからライラ、なんだかちょっとこしょばいのはそのせい?」
ライラの表現に首を傾げ、考える。先程から近くを舞っているのだから、肌に風が当たってそんな感覚にもなるかもしれない。
そうかもしれない、と頷いた。
「そうなんだ! ごめんね、ライラあなたが見えないんだけど、ライラの力になってくれる?」
ライラは、彼女なりに精霊を読み取ろうと意識を集中させて周囲を見ながら、そうお願いしていた。
精霊がますます喜び、風を起こし、石が明るく輝いた。
同時に、ボフトンの目も輝いた。
「なんてこった! ここまで共鳴するなんざ……分かった! こいつでお前にピッタリの双剣を作ってやるさ。
お前さんもそれでいいな?」
ボフトンは気合を入れ、石に向かって律儀に最終確認した。そのことに、石が嬉しそうに明滅する。
「わーい、ありがとう!」
「以前の剣は預かるぜ。こいつにこの石を組み合わせて強化してやる。この剣は、お前さんの魔力が染み込んでるから、相性がいいだろうからな」
ライラから双剣を受け取ったボフトンは、代わりに使う双剣を選べ、と彼女に合いそうな剣を奥から持ってきて並べた。
彼女が仮の剣を選んでいるので、私は支払いを済ませる。ボフトンは無料でもいい、と言ったがそういうわけにも行かない。
「君の技術を借りるのだ。対価はしっかりと取るべきだろう」
対価、というものに関して、強いこだわりがあるわけではない。このやり取りが里の同胞たちとであれば、「そうか」と頷いて引き下がったことだろう。
しかし……人間やドワーフなどの人の子たちは、私たち竜人族に昔から気を遣いすぎる傾向がある。
ご飯を奢る程度ならまだしも、こういった場合はしっかりと線引すべきだ。
グラーゴから、私たちはいるだけで影響を与えることを自覚しろと言われた。あまりにも人の子たちと違いすぎるのだと。
たしかにそうかもしれないが、それに甘えすぎるのは……やはり性には合わない。
(もっと母に性格が似ていれば、気にしないのかもしれないが)
風や水たちはこういうことをあまり気にしない。グラーゴがこの街と問題なく過ごせているのは、そういう性質の差もあるかもしれない。
「……分かった!」
ボフトンは、髭を撫でて頷いた。その顔は、どこか誇らしげだった。
「だが、良かったらでいいんだが……金じゃなくて、こいつをもらえないか?」
と、黒い欠片を手にして彼は唸る。
「こんなのは見たことがねぇ。硬さと軽さ、密度と重さがあべこべすぎて、理由がわからねぇ物質だ。コレを調べてぇんだ」
それを見て、自分はこんなものも取っていたのか、と少し驚き、構わないぞと頷く。
「しかし、そんなものでいいのか? それは我らの殻だぞ」
懐かしい、と思いながら殻に触れる。――はて。これは誰の殻だったか。
抜け殻となって久しい殻からは、特定の魔力質を読み取れなかった。
「ということは、ラー坊のではないな。ベイルか、メンナか……」
自分より少し年下の同胞を思い浮かべる。自分を姉として慕ってくれていた二人は、今頃何をしているのだろうか。
「……は? 殻って?」
「ま、まさか……竜人族の、卵、ということですか?」
「へぇ。レンさんたちは卵で生まれるんだー」
三者三様の反応に、「どうした?」と聞き返し、ライラの言葉で思い出した。
「そういえば君たちは体内に子を宿すのだったか」
そうだった。なんとも神秘的だなと思ったものだし、未だに思う。
「レンさんたち竜さんは、どうやって子供を生むの?」
「うむ。私たちは番とともに魔力を放出して、それを凝縮させることでこの卵を生み出す。
必ず命が宿るわけではなく、宿らなければいずれ風化し魔力として霧散するが、命が宿り、中の者が自ら殻を破って生まれた場合は、こうして形に残るのだ」
だからついつい、記念としてもらってしまっていたのを思い出す。
捨てたり壊したりは出来ないが、役に立つというのなら喜んで差し出そう。
ヴァレリオが、なんともいい難い顔をした。
「は、はは……これは、フィンが聞いたら興奮しそうだな」
「んん? フィン?」
「……師匠たち竜人族のことは、あまり分かってませんから」
「そうなのか? 昔から色々なことを聞かれていたから、情報で残ってないのか?」
「そりゃあ、あんたらの伝承みたいなのはゴロゴロあるが、具体的な詳細はあんまりだな。
ドワーフの間でも、竜人族の殻なんざ聞いたことねぇよ」
そうなのか、と思っていたら
「そうなんだー。でも、この黒、なんだか綺麗でライラ好きだな!」
と、隣でも頷いている少女がいた。なんとなく手を伸ばして頭を撫でた。
自分のものではないが、殻を褒められれば気分は良い。子は宝だ。
「まぁ、ということで、好きに使ってくれ。足りなかったら未だあるぞ。ラー坊の殻も……いやまてよ?
これは、渡すとあやつは怒りそうだな」
基本、皆自分の殻には興味がないものだが、グラーゴは中でもこだわりが強いから、勝手に渡すのは問題な気もした。
(今度確認しておくか)
「他の殻ならまだあるし」
「……いや! いやいやいや! こんな貴重なもの、これだけあれば十分だ!
ワシは……グラーゴの旦那に恨まれたくない!」
「む? そうか? ラー坊はそこまで狭量ではないぞ? 私には怒るだろうが」
やたらと怯えるボフトンに驚く。たしかにグラーゴは気難しいところがあり、素直ではないが、根は優しい。
(人の子に怒ることはないはずだが……はて?)
ボフトンの様子を見る限り、竜人族だから怖い、と言う感じではなさそうだ。
「ははっ……まぁ、その……とにかく! ライラの剣、よろしくお願いします、ボフトンさん」
「お、おうよ! ワシに任せろ」
「師匠、帰りましょうか。ライラ! 飯食いに行くぞ」
「む? うむ?」
ヴァレリオに背中を押される――なんだか話をはぐらかされたような気がする。
(……まぁ、いいか)
ライラもお腹が空いていたので、鍛冶屋をあとにした。
***
「それでだな。『ぴざ』とやらを食べたのだが、これがすごいんだ。ち~ず、とやらが伸びるんだ!」
あれはとても面白い体験だった。
「こんなに人の子の料理が奥深いなら、もっと昔から食べておくべきだったな。廃れてしまった料理もあると聞く……あー、いや。
でも、アヴァリスの料理は、アレだったか」
昔の人達が食べていたものを思い出して残念に思ったが、アヴァリスが食べていたカサカサの塊は、香りはいいのになんとも言えない味だったのも思い出す。
「そうだったそうだった。アレを味わってしまってから、人の子の料理を食べなくなったのだったな」
「アレか。アレは食べ物ではないだろう」
紅茶を飲んでいたグラーゴも、アヴァリスの『完全栄養食』なるものを思い出して、顔をしかめていた。
「あとは注射していたな。口ではなく、直接体に栄養を打ち込んだと言っていたが……そっちも不思議だったな」
「奴らは効率を求めすぎる傾向にあったからな。食事の時間が無駄と感じてしまっていたのだろう」
「うむ。たしか、睡眠を短時間で済ませる装置などもなかったか?」
1日何時間も寝るのはもったいない、としきりに言っていた気がする。
私たちはそう睡眠をこまめに必要としないので、良く分からなかったが。
「良く食べてよく寝る、今の人の子の方が体は丈夫なのを見るに、やはり食べたり寝たりは人の子にとって大事なのだなぁ」
しみじみと呟くと、グラーゴが本をめくりながら答えた。
「そうだな。多くの生き物に関しては、おそらくそうだろう」
うむうむ頷き、結論づける。
「ライラみたいにいるのが一番健康ということだな」
「…………」
なぜかグラーゴが黙った。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十六話「おばちゃん、健康の大事さを知る」完




