第十五話「おばちゃん、昔を語る」
土の精霊がじっと身構え、火の精霊が踊る。
連れてきてもらった鍛冶屋は、まさしく土精族……ドワーフの気配に満ちた場所だった。
「お? ヴァレリオとライラじゃねえか! 今日はどうした」
壁に立てかけられた剣や槍などの武具を興味深げに眺めていると、奥から背の低い、しかしがっしりとした人の子がやってくる。
茶色い長い髪と立派なヒゲは、記憶にある土精族を彷彿とさせる。
だが、やはり違う。
土精族はもっと大柄だった。
個体差はあれど、大きいものは私が『羽を伸ばした』姿でも一人しか乗せられないほどだった。
目の前の男は、『足を降ろした』私の胸ほどしかない。
しかし、同時にその小ささは火精族を思い出させはするが、火精族と言うには大きい。
(やはり、もう土精族も火精族は残っておらぬのだな)
大きな槌を振るう大柄な土精族の周囲を、火を吹きながら笑って踊っていた小さな火精族の姿が一瞬頭に浮かんで――少しだけ、寂しくなった。
ドワーフの丸い目がこちらを見た。表情や気配からして、彼も若そうに見えるが……はて。
「って、その角と気配……まさかあんた、竜人族かっ?」
精霊の血が薄まっているとはいえ、それでも竜人の気配は読み取れたらしい。金の目でない私を一目で理解し、驚愕していた。
「なんてこった! 一生に二人の竜人族に出会えるたぁ、ワシはなんて幸運なんだ!
ワシはボフトンだ! あんたは?」
「む? 私はレンという」
「レンか! よろしくな!」
差し出された手に伸ばすと、向こうからギュッと握られ、ぶんぶんと振り回される。――元気だな。やっぱり若そうだ。
ドワーフのボフトンは、目をキラキラさせて身を乗り出してきた。
「それで? あんたはどういう武器を望んでるんだ? 槍か? 剣か? 何でも言ってくれ!
ああっああ! まさか、ワシに一族の悲願を成し遂げるチャンスが来るなんてな」
何やら勘違いさせてしまったらしい。気まずい。
あっけにとられていたヴァレリオが、ハッとして私とボフトンを離してくれた。そして彼は私をかばうように前に立ち、ボフトンに言う。
「ちょっ、落ち着いて下さい、ボフトンさん。師匠は関係なくて、今日はライラの武器を作ってもらいたくてきたんです」
「は? あんたが自分の武器を作りに来たんじゃ、ないのか?」
ボフトンの目がこちらを向く。私は嘘をつくわけにも行かないので「う、む」と頷いた。
頬をぽりぽりと指でかく。
「その、すまないな。私がライラの剣を壊してしまったのだ。だから代わりの剣を作ってくれないだろうか」
「ボフトンさん、ライラの剣、作って! 強くて格好いいやつ!」
落ち込んでいたボフトンは、ライラの言葉に「おうよ」と少し気分を上げたが、それでも残念そうにこちらを見た。
「……レンは、作る気はねぇのか?」
名残惜しそうな目に、苦笑すると同時に微笑ましくもある。
「君たちは相変わらず諦めておらんのだな」
言えば、ボフトンの目がカッと見開く。
「あったりまえよ! あんたら竜人族の武具を作るのは、ワシらドワーフの……いや、更にその前から続く、生涯の望みの一つだからな」
姿は変わろうと、昔と変わらない様子に、どこか嬉しくなる。
だが、そんな私たちのやり取りをヴァレリオとライラは不思議そうに見ていた。
ボフトンが熱心に説明する。
「なんだ、知らねえのか? 竜人族は体がワシらより遥かに強靭だ。だからこそ……耐えられる武具が存在しねーんだ。
分かるか?
ワシらがどれだけ丹精込めて作った武具も、竜人族が一振すれば壊れちまうんだ!」
興奮したボフトンが私を示す。私は目線をそらした。
彼らが懸命に作ってくれた剣や槍を、何度粉砕したか分からない。
父親など、大槌の柄を握る力加減を覚えるのに数百年費やしていた。
私は持つこと自体は出来たが、一振りで何本も粉々になってしまった。
ドワーフ――いや、当時はまだ土精人と火精人だな――の友人たちを喜ばせようと、力加減を覚えて壊れないように振ってみたことがある。しかし、逆にひどく怒られた。
――おい、レン! 今、手加減しただろ! 俺らを舐めてるのか!
ぶるりと体を揺する。あれは……怖かった!
「だから見てみろ。レンも何も防具も武器も持ってないだろう?」
その場にいる全員から視線を浴びて、少し居心地が悪い。
だが、ボフトンの話はその通りで、私たち竜人族は武具を求めたことがない。使えば壊れるものをほしいとは思えないし、そもそも必要としていない。
剣を振るより、手を振った方が鋭く対象物を切れる。
「たしかに……ライラの剣も、師匠に当たったことで欠けましたね」
「なにっ? ライラ! 剣を見せろ」
「はーい、どうぞ」
ボフトンがまじまじと欠けた剣を見ている。私はそれを気まずく思いながら見守る。
まるで、子供の頃にイタズラをして見つかってしまった時のような緊張感だ。
ボフトンの目が輝く。
「なんてこった! ワシの剣がこんなに綺麗に欠けるとは! あんた、もしかして土か?」
「む? さすがだな。見ただけで分かるのか?」
「当たり前だ! 火なら熱で溶け、風なら鋭利な切れ口になり、水ならば刃は飲まれて消えたはずだ」
感心すると、ボフトンはどこか誇らしげに胸を張った。その様子からしても、ドワーフの中でも若そうだ。微笑ましい。
「その通りだな。
しかし、少し違うのは……私は土と風だ」
少し訂正すると、彼は驚いたようだった。
「なんだって!?
あ、……そういや、あんた。金の目じゃねえな」
「ええっ! 今気づいたの、ボフトンさん! レンさんの紫の目、とっても綺麗なのに!」
首を傾げたボフトン。そんな彼に驚いて声を上げるライラ。
(うぅっ。褒められるのは嬉しいが、ライラの褒め言葉はなぜこんなにも気恥ずかしくなるのだろう)
やっぱり眩しい。
「あ、ありがとう」
柄にもなく照れてしまいそうだ。少し頬が熱い気がする。
「…………」
ふと、ヴァレリオがぼーっとこちらを見ていたので「ん?」と視線を向けると、彼はハッとしたように首をブンブンと横に振った。心なしか顔が赤い気がする。
「どうした、ヴァレリオ。火属性に当てられたか?」
ヴァレリオは火に愛されている。当然、鍛冶屋にいる火の精霊たちが嬉しそうに彼の周囲で踊っているので、多少影響を受ける可能性はあった。
(いや、しかし……ヴァレリオほどの者がこの程度で影響受けるとは思えないが)
はて、と首を傾げていると「な、なんでもありません」とヴァレリオは否定し、咳払いした。
「そっ、それより! ライラの新しい武器についてですよ」
本題はそれだった。
ヴァレリオが話題を戻してくれたことで、私も思い出した。
「そうだ。これらは、何か剣の素材に使えるか? なんとなく趣味で集めていたものなのだが」
腰の革袋から、鉱石や魔物の素材などの魔力を含んだものを選んで取り出し、テーブルの上に並べる。
子供の頃から気に入ったものをこうして集めていた。今となっては……なんでこんなもの拾ったんだ、というものもあるが、邪魔でもないので取っている。
ボフトンは、目をギラつかせ、椅子を蹴飛ばすように立ち上がってテーブルの上にかじりついた!
「おいおい、これはもしかしてバジリスクの牙か? それも完全に毒抜きされてるじゃねえか! こっちは、風翠玉! こんな大きさと純度のものなんて見たことねぇぞ」
彼は震える手でその一つ一つを吟味していく。
「む? ばじりすく……? よく分からんが、昼寝していたら噛みついてきたのでな。ちょっと痒くて体を動かしたら死んだのだ。
どくぬき、は良く分からんが、私の魔力で浄化したのかもしれんな。
風翠玉は……ちょっと飛んだらこれくらいのはごろごろあるぞ? よく積み上げて遊んだものだ」
「遊っ? 風翠玉でっ?」
ボフトンの興奮っぷりに首を傾げると、ヴァレリオが小さく呟く。
「いや、その……バジリスクはB級のパーティ複数か、A級が出るくらいの大物なんですが」
「そうなのか? なぜだ?」
「えっとねー、毒を持ってて、目線だけで石化させてきたりするんだって」
ライラが教えてくれるのに「石化?」と疑問に思う。あの時ヘビに噛みつかれたのは覚えているが、そんな現象になった覚えがない。
しかし少し納得もした。
「毒か。私はその毒というのが、昔からよく分からなくてな。君たちの言う毒とやらで体調を崩したことがない」
人の子たちにとっては良くないもの、というのは分かっているが、毒を摂取するとどれだけ苦しいのかとかは分からない。
「わぁっすごいね、レンさん! ライラより健康体だ!」
「いや、ライラ。そこじゃない」
「なんてことだ! こんな素材、見たことないぜ! ああっああ! こっちは、魔鋼鉱石かよ! ワシは今、夢でも見ているのかっ?」
私を放って話し合ったり、素材に夢中になっている彼らを見て、若干置いてけぼりになった気持ちになった。
(それで結局……毒とは何なのだ?)
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十五話「おばちゃん、昔を語る」完




