第十四話「おばちゃん、師匠風を吹かせる」
キラキラと輝く翡翠のような丸い瞳。
「わぁっ! あなたが、ヴァル兄のお師匠さん? すごいすごーい!
ライラはライラって言うの! ライラ=ガルだよ!」
なぜだろう。眼の前の少女が、やたらと輝いて見える。眩しい。
もちろん、本当に少女が輝いているわけではないのだが……純粋さとは、誠に武器になる。
(うぅっ、私は……私は、汚れてしまったのか)
「ライラ! 少し離れろ、失礼だろうっ?
すみません。師匠。こいつは冒険者の後輩で、風属性の傾向があるので、師匠に見ていただこうと思ったんですけど」
「う、うむ……たしかに、風に好かれているようだな。エルフの血がかすかに入っているようだが」
「わ! すごい! 分かるの? ライラの耳普通なのに~。
えっとね。おじいちゃんのおばあちゃんがエルフだったんだって!」
薄い金色の短めの髪をひらひらと揺らすライラの目が、ますます輝く。
(うぐぅっ! 里の子どもたちでも、ここまで素直な子は中々いないぞ? おばちゃんには眩しすぎる!)
手をかざして眩しさを軽減しようと試みるが、嘲笑うかのように輝きは手をすり抜けてくる。なんなることか!
「むぅ、ヴァレリオ。この子は光属性の使い手か? 眩しくてたまらないぞ?」
「え? 師匠?」
ヴァレリオの戸惑う声を聞きながら、後ずさる。鈍いと言われる土の私にここまで思わせるなんて……火がここにいたら、火傷したのではなかろうか。
「中々ここまで純粋な魔力は見ないぞ。一体どういう育ち方をすればこんな魔力になるんだ?」
ヴァレリオの魔力も綺麗だが、ライラはそれ以上だ。
普通、成長過程で色々と交じるものだが。
「えへへ。いっぱい食べていっぱい遊んでいっぱい寝てるからかなぁ」
ライラが笑う――健康的でよろしい。
「今ならフィンに言えるぞ。私は間違いなく、ライラの魔力が目に見えている、とな」
ここまでハッキリと魔力の色が見えたのは初めてだ。
(ぐぬぅ。ここまで純粋な魔力を見ていると、何もしていないのに謝りたくなるぞ)
額に手を当て、首を横に振る。
「いや、すまない。風の使い方だったか。普段どう使っているのか、見せてもらってもいいか?」
そうだ。本題はそこだったと、話を切り替える。
ここは冒険者ギルドの鍛錬場。以前、ヴァレリオと勝負した場所だ。
半まばたき程前の出来事なはずだが、なぜだか懐かしく感じる。人の子たちと過ごすと、時の感覚も釣られるのだろうか?
明るく笑っていたライラの顔が引き締まる。
「うん! 見ててね!」
ライラは腰に差した2本の剣を抜いた。そして、対峙するヴァレリオに向かっていく。
ヴァレリオは槍を手に、ライラの剣をいなしていく。二人の実力差はあからさまだが――決してライラが弱いわけでもない。
(そもそもヴァレリオが規格外だからな。比べるのは可哀想だろう)
むしろライラの才能がよく分かる。純粋な魔力が剣を覆い、ヴァレリオの炎を切り裂こうとしている。
ヴァレリオは手加減しているのだろう。彼の炎はライラの風の魔力に切り裂かれ、刃がぶつかり合う。
キィンッ!
甲高い音が鳴る。
(悪くはない。悪くはないが……)
風が霧散している。いや、鋭いときもあるが、まちまちだ。わざとやっているなら大したものだが、ライラの場合は単純な実力不足で安定できていないように見える。
(何よりも経験が足りてない、か)
まだ幼いのだから、その点は仕方ないだろう。
「ふむ……少し手伝うとするか」
ライラの周囲に漂う風を少しだけまとめると、ヴァレリオがいち早く気づいて炎を強め、影を纏った。――さすがだな。
「あれ? なんか体軽くなった? これなら」
当の本人は分かってなさそうだが……彼女の場合は理論より感覚で覚えたほうが良さそうなので、指摘せずにおく。
風の密度が増したことにより、その力を吸ったライラはより俊敏に。その刃はより鋭くなる。
だが――ヴァレリオは先程よりは力を増やしたが、まだまだ余裕がある。
ふと思った。
(師匠と呼ばれているが、師匠らしいことをしてないな。
ふむ……?)
未だに自分は師匠などと呼ばれる器でないと思っているが、そう呼び慕ってくれているのだから、期待には答えてやりたい。
なので、ライラの指導ということであったが、同時にヴァレリオに枷を与えることにした。
(ひとまず、1割ほど重みを足してみるか)
土の魔力を操り、ヴァレリオにかかる重力だけを増やす。
「くっ!?」
整ったヴァレリオの眉が釣り上がる。動きが一瞬鈍り、その隙にライラの刃が迫る。
――しかし、影が刃を止めた。
「ほお?」
体が重くなった代わりに、影を操ったらしい。そう。影に重力は効かない。そのことをすぐ察して切り替えるとは……。
(うむぅ。ますます私などより、里の長老たちに師事したほうが良い気がするな)
ちらっとヴァレリオの赤い目がこちらを見たので、軽く手を振った。ヴァレリオが口元だけ笑った――呆れた笑みに見えたのは、きっと気のせいだろう。
「む? ヴァル兄っ? 隙あり!」
その視線のやり取りに気づいたわけではないだろうが、ライラはヴァレリオの意識が一瞬私に向いたのを好機と見て、踏み込む。
しかし、その踏み込みは浅く、スピードはあるが重さはない。
あっさりと、ヴァレリオはそれを槍の柄で防ぎ、彼女の剣を振り払った。
「あっ!」
2本の剣が宙に舞い、こちらに飛んでくるので受け止める。
思わず刃の部分を掴んでしまい、ハッとした。慌てて、刃が傷ついていないかを確認する。
「む、すまない。刃毀れはしてないか?」
ライラが半泣き状態で謝りながらやってくるのに首を傾げつつ、剣を渡す。
「だ、大丈夫? レンさん……って、えぇっ? そこなのっ?」
「師匠……普通はあなたの手の心配をするところですよ」
呆れたヴァレリオが「見せて下さい」と言うので、何のことかと思いつつ、手のひらを見せる。
二人は手のひらをまじまじと覗き込む。
「わぁっ綺麗な手!」
「む? ありがとう」
褒められたのでライラの頭を撫でる。淡い金色の髪は、サラサラとして心地よい。
「ライラ! 今はそうじゃないだろう!
……あ、いえ。師匠の手はお綺麗ではあるのですが!」
ヴァレリオが慌てながら、もう一度私の手のひらを見た。
「傷一つないですね。治ったとか、そういうレベルではなさそうだ」
「傷? 傷を確認するなら、剣の状態を確認してくれ。壊れていたら弁償しよう」
促すと、二人は戸惑った様子ではあったが、剣を見た。そして、目を見開く。
「こっちの剣は大丈夫だけど」
「少し欠けて、ますね」
刃の一部が欠けたらしい。申し訳なくて肩を落とす。
「すまない。力の手加減はしたが、少し私の皮膚に刃が当たってしまったらしいな」
まいった。
「いや、お金の問題で済むのだろうか? 直せるのか? あ! そうだ。お詫びに私の荷物から好きなものを――」
革袋を取り出そうとして、ヴァレリオが我に返ったように私の手を止めた。
「師匠! 落ち着いて下さい。
大丈夫です。これくらいなら、鍛冶屋にいけば直してくれますし、それに……そろそろこいつも武器を新調したほうがいい時期に来ていたので」
「そうだよ! 気にしないで、レンさん。たしかにこの剣はずっと使ってきた相棒だけど、最近軽すぎて困ってたの」
ヴァレリオの言葉と、ライラの笑顔にホッと息を吐き出す。優しい子たちだ。私もしっかりせねば。
「よしっ! では、新しい武器は私がお詫びに買おう!
ヴァレリオっ、私をその『かじや』とやらに連れて行ってくれ」
顔を上げて言うと、二人はホッとすると同時にひどく驚いていた。
「ええっ? そんなの悪いよ! ライラもちゃんとお金はあるし」
「……はぁ、分かりました。
ライラ。師匠のお気持ちだ。遠慮せずに受け取れ」
ヴァレリオの言葉に、ライラはそれでも「でも」と戸惑っていたが、やがて「うん! お願いします」と頷いた。うむうむと、首を縦に振る。
そして、ふと呟く。
「鍛冶と言えば土精族や火精族を思い出すな」
精霊が受肉した種族たち。今となってはほぼ絶滅してしまったが、子孫は残っている。
(今は確か……ドワーフと言ったか。久しぶりに会ってみたいものだが、リンドベルにもいるのだろうか)
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十四話「おばちゃん、師匠風を吹かせる」完




