第十三話「おばちゃん、思い出す」
腹ごしらえができたところで、依頼をこなさなくてはならない。
依頼内容は、古代人――アヴァリスについての話をすること。
しかし、フィンは「依頼内容を変える」といった。
「……侵食。その現象について話してくれ」
真っ直ぐな灰色の目が向けられ、少し困った。先程、その話をして彼を追い詰めてしまったばかりだ。
どこまでを、どう話すべきか。
(それに、私もよく分かっているかというと、分からないしな)
侵食といっても、竜人族にはまるで影響がなく、感覚としてフィンたちと同じように受け止めるのが難しいのだ。
「僕ならもう大丈夫だ。……まぁ、情けないところを見せたから、説得力はないかもしれないけど」
フィンがやや恥ずかしそうにする。しかしその目は真っ直ぐだ。
「侵食とはなんだ? それが古代人――アヴァリスが滅んだ理由なのか? そして今、リンドベルは大丈夫なのか?」
真剣なその眼差しに、黙っていることはできなかった。
「一つ言っておくが、私もそう詳しくはない。
侵食とは、アヴァリスがそう名付けていた病気のことだな。
うむ。……どこから話すべきか」
侵食について話すなら、もっと根本を説明しないといけないだろう。
「彼らは安定した魔力供給を目指していたとは話したな?
その一つが、異世界……こことは理が異なる場所からエネルギーを持ってくることだった」
「ダンジョン……ゲートはエネルギー供給源ってことだね」
「ああ。君たちが『だんぞん』と呼んでいたものは、異世界からの魔力収集装置だ」
フィンが何かに気づいた顔をした。
「まてよ……? そうか、なるほど。だから魔物が絶えないわけか」
「! フィン? それは一体どういう意味だ?」
ヴァレリオの顔が険しくなった。フィンが淡々と説明していく。
「簡単な話だ。魔物たちは魔力に魅せられ、集う習性がある。ダンジョン内の魔物をいくら狩っても次々現れるのは、装置によって集められた魔力に、魔物たちが吸い寄せられたんだろう。
……と考えると、資源が豊富なのはそのせいか? 濃い魔力濃度のもとでは、特殊な鉱石や植物、魔物も出現しやすい」
ぶつぶつと呟き始める。彼の頭の中では様々なことが結びつき始めているらしい。
そこら辺は私には分からないので黙る。グラーゴなら知っているかもしれないが、彼が人の子たちに語ることはないだろう。
「そうか。ダンジョンの更新は、魔力が薄まったからか?」
「……更新?」
フィンが呟く言葉に首を傾げると、ヴァレリオが説明してくれた。
「ダンジョン内は時折変容したのです。まったく異なる空間につながることがありまして」
「ああ、たしかに、そんなことを説明された気もするな」
『さらにですよ!
この装置は周辺の魔力濃度が一定以下になると、自動で場所を変えるのです。魔力濃度が濃い場所、濃い世界を検索し、その時時で最も優れた供給源となるのです!』
自慢げに、自らの功績を語るアヴァリスの姿は、親に褒めてもらおうとしている幼子のようで微笑ましかったのを覚えている。
「たしか……その都度、もっとも濃度が濃い場所を検索し、そこに転移するとかなんとか」
「! やっぱりか! なら辻褄が合う……が、ならモンスターウェーブは」
「ふむ。彼らがいた時にはそんな『魔物の氾濫』が起きたのを見たことはないな」
「だとすると、やはりメンテ不足による装置の暴走と考えるのが自然かもね」
「ダンジョンについては分かりましたが、師匠。結局侵食とはなんなのでしょうか?」
ふむ、と頷く。そこが一番難しい。
「そうだな。異世界の魔力は、私たちの魔力とは似て非なるものだった。
異世界の魔力は、この世界の者にとっては毒だったということだ。それも遅効性の」
アヴァリスたちが異世界の魔力の危険性に気づいた時には手遅れだった。
どす黒く変色した肌。精神を侵されていく叫び。最後は人ではない『何か』に身も心も変容していった。
淡々とその時のことを語ると、フィンとヴァレリオの顔色は悪くなった。
一度止めようと思ったが、フィンが頷いたので、様子を気にしつつも語り続けた。
「だから彼らは、侵食した自分たちが――」
言葉が途中で止まり、どこからか声が響く。
『レン様。申し訳ありません。私たちは、この世界を汚してしまいました。
どうかお元気で』
去っていく姿と同時に、
『レン様! 飛空艇が完成しました! これならあなたとともに飛べます!』
輝かしい笑顔の姿が頭に浮かんだ。
「――この世界にこれ以上迷惑をかけないようにと、ゲートを潜り、異世界へと消えていった。
その後彼らがどうなったのかは、分からない」
ただ、私の知っている彼らなら、最後まできっと研究し続けたのではないかと思う。
沈黙が降りる中、手をかざす。
顔よりは少し小さいくらいの葉っぱが現れた。フィンとヴァレリオが目を見開く。
「これは、結界樹の葉、ですか? どうしてここに」
「ん? 風に運ばせた」
それがどうしたのかと首を傾げた。ヴァレリオは何か言いたそうだったが、飲み込んだ。
ひとまずそのことは置いておき、フィンに葉っぱを見せる。一部が黒く変色している。
「これが『侵食』だ。あの結界樹は、侵食への耐性がかなり強かったようだが、それに限界が来ていた」
「! もしかして、ずっと『モンスターウェーブ』が起きていなかったのに、突然起きたのはそのせい?」
「かもしれんな。私には詳しい原理は分からないが」
言いながら葉の黒い部分に触れて魔力を流し、浄化する。
「……ふむ。この程度の侵食なら、グラーゴがいるだけで問題ないだろう」
結界樹の侵食も、そう問題ではなさそうだ。装置も止まっているから、これからは異世界の魔力が流れてくることもない。
「えと、グラーゴ様、ですか?」
「うむ。ラー坊はあれでも純粋な水の者だ。浄化力なら私より遥かに上だ。この地に留まっているだけで、この程度の侵食なら浄化してしまうだろう」
アヴァリスたちのは、手遅れでどうしようもなかったが。
(……ああ、そうか。ラー坊には、たしかアヴァリスに友がいたのだったか)
まだ幼いグラーゴが、楽しげにアヴァリスの街へ通っていたのをふと思い出した。私に運べと言ってきたことも何度もあり、背に乗せて連れて行ったものだ。
もしかすると、彼が人の世に留まっているのは、それが関係しているのかもしれない。
「アヴァリスの跡地もだいぶ酷かったからな。水のものたちが総出で『水を流し』ていたぞ。
私も水が流れやすいように土を掘るのは手伝ったなぁ」
あの時はどんな形にするかで、しばし話し合ったものだ。
(水のものたちはこだわりが強いからな。美しい形にすると言われたが、土の私たちには『その美しさ』が分からなくて大変だった)
最終的には、水の難解な話を聞いた風が、それを分かりやすく火に伝え、鋭敏な感覚の火が描いた通りに土が掘ったのだ。
「ちょっと間違うと水のものに怒られてなぁ」
しみじみと頷く。今ならあの絵の通りにするなど朝飯前だが、当時は若かった。しかし怒られたのも、今となってはいい思い出だ。
「水……?
古代人の街があったと指し示されている場所が海になっているのは、もしかして」
フィンの目が見開くのに、私ははてと考え込む。
「さてなぁ。今どうなっているかは知らん」
そういえば、今あの場所はどうなっているのだろうか。少し気になったので、また今度、『羽を伸ばし』て行ってみよう。
「悪い、フィン。スケールがでかすぎて俺には何がなんだか」
「……癪だけど安心しなよ。僕も混乱してるから」
若かりし頃の話を思い出していると、若者たち二人が慰め合っていた。
どうしたとたずねれば、フィンが心の底から呆れ果てた、という顔で私を見た。
「いや。今まで僕は、竜人族を神として崇拝するなんて馬鹿らしいと思ってたけど、その理由がよくわかったと思ってね」
「むぅ。私たちは神ではないぞ?」
「はぁ。当人たちには自覚がない……いや、君だけなのか? 各地に残っている伝承を紐解くと、君たちが関わっている気がしてきたよ」
よく分からず問いかけようとしたが、フィンは話をそこで終わらせた。
「とにかく。今、リンドベルに『侵食』の危機は起きてない、ということでいいんだね?」
頷く。
「ああ、それは間違いない。かすかな侵食の気配は結界樹からしか感じない」
風と大地が自分に伝えてこないということは、まず間違いないだろう。
「それに彼らは去る前、『げぇと』にもしものことがあった場合でも、異界の力が入ってこないように結界のようなものを張ったと言っていた。
装置そのものが悪ではない。ただ、そのエネルギーに異界の魔力を使えば、君たちには毒になるというだけだ」
言い切ると、フィンは……そこでようやく長々と息を吐き出した。
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第十三話「おばちゃん、思い出す」完




