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第二話「おばちゃんは、貯め込む性分」


 古書特有の香りが漂う室内を見渡す。


「ほほお。ここがラー坊の住処か」

 グラーゴは今、この街で古書店を営んでいるらしい。


「きょろきょろするな。……それと、その呼び方は止めろ」

 やや平坦な声で注意される。たしかに、他者の住処を荒らすのは良くないことだ。


「おっとすまない、ラー坊。つい物珍しくてな」

「…………」

「しかし、本に囲まれておるとは、お前らしいなぁ」


 ははは、と笑う。

 なぜかしばらく無言だったグラーゴは、やがてため息をついて机の上のベルを鳴らした。

 ドアが静かにノックされる。

 グラーゴの許可の声とともに入ってきたのは、耳が長く、薄緑色の髪をしたエルフだった。

 身長だけならば私よりも高かったが、雰囲気からして、100歳もいってない子供のように見えた。


「グラーゴ様、どうされましたか?」

「茶を二人分。種類は何でも良いが、菓子も用意してくれ」

 エルフはグラーゴの言葉に少し目を見張り、私を見た。そして私の角と、目を見てからまた驚いた顔をして、慌てて私に向かって一礼した。


「す、すぐにご用意します」

 去って行ったその背中を悲しく見守る。どうやら怯えさせてしまったらしい。

 落ち込む。


「……私はそんなに怖い顔をしているだろうか?」

 隊長殿たちにも、最初はひどく怯えられたのを思い出す。


「安心しろ。昔と変わらない間抜け顔だ」

 淡々としたグラーゴの声に顔を上げる。嫌そうに顔をしかめているが、その金の瞳は優しい。


「ふふ……そうか。なら良かった」

 感謝を込めて笑うと、グラーゴは「ふん」とそっぽを向いたが、背中の羽がぴくりと動いていた。照れる時のそんな癖は、昔と変わっていないらしい。

 少しからかいたくなってきた。


「しかし、知らなかったな。ラー坊が甘い物を食べられるようになっていたとは」

「っ……わ、我も、大人だからな。好き嫌いなど無い!」

 言い切るグラーゴだが、声は明らかに固くなっていて、思わず「はははっ」と大きな声で笑ってしまった。


「…………」

「すまんすまん。甘いものは好きだ。

 今日も、人の子の店で『なまくりーむ』というのがたくさん乗ったものを食べたぞ。美味かった」


 と、店での食事を思い出し……無銭飲食してしまったことまで思い出し、肩を落とす。


「まさか、金貨に使えるものと使えないものがあるとは思ってなかった。代わりに払ってくれたのだろう?

 ありがとうな、ラー坊」

「……別に。大した額でもない」


 そんな話をしていると、控えめなノックの音がした。先程のエルフが戻ってきたらしい。


「グラーゴ様、お持ちしました」

「入れ」

 静かに入ってきたエルフが、優雅に赤いお茶と『けえき』、を私の前とグラーゴの前に置いた。グラーゴが金色の瞳を細め、眉を少し吊り上げた。

 私はくくっと笑いながら、フォークを手に取り『けえき』を一口食べる。口の中で白い『なまくりーむ』とやらが溶け、甘さが広がる。


「うむ。美味いな。

 しかし、良かった。時は変われど、食事をする道具に大きな変化がないのだな。おかげで苦労せずに美味いものを食べられる」


 グラーゴは紅茶のカップに手を伸ばす。彼の前にある『けえき』には、不思議なことにフォークが用意されていなかった。

 ややわざとらしく言葉を紡ぐ。


「む? 彼が用意を忘れたようだな」

「……そのようだ」

 グラーゴは淡々と返してきた。


「もう一度呼ぶのも面倒だ。これはお前が食べろ」


 相変わらず、こういうところは素直ではないなぁと、そんなグラーゴを笑ってから見つめる。彼は居心地悪そうに背中の翼を動かした。


「それもそうだな。では、私が食べることにしよう」

 皿を素直に受け取ると、グラーゴは明らかにホッとした表情を浮かべた。

 大声で笑いたくなったが、さすがに可哀想かと思ってこらえた。若者をからかうのは楽しいが、からかいすぎるのも良くない。


(私も昔、こんな風にからかわれたものだ)

 しみじみと昔を思い出しつつ、甘味と紅茶をじっくりと味わう。里にも甘いものはあるが、それとはまた違う美味さがここにはある。


「うむ? ラー坊はこれを自然と買うことができるのか。私も、騒ぎにならぬように買いたいのだが、できないものだろうか」

 せっかく里を出て旅に出たのだから、思う存分に美味しいものを味わいたい。しかし毎回グラーゴに頼るわけにもいかないし、また騒ぎを起こしたくもない。

 懐からごそごそと手荷物を出して、テーブルに広げる。


「のぉ、ラー坊。この中に、何か『今の』人の世で価値あるものはあるか?」

 革袋からは、あの『使えなかった』金貨の他に、また別種類の金貨や、キラキラ輝く短剣。青や緑、紫や赤色など様々な色の石。そんな石を使った装飾品。陶器などが勢い良く転がり落ち、陶器が床に落ちそうになったので咄嗟に魔力で受け止めた。


「む? すまんな。適当に全部放り込んだから飛び出てしまった」

 手の平に乗せた革袋に、一抱えある壺を押し込みながら謝る。グラーゴが呆れた顔をした。


「相変わらず、馬鹿の一覚えのように圧縮しているのか? 少しは整理すればどうだ?」

「それはそうなのだが、すべて人の子たちからもらったものであるしな。勝手に捨てるのも気が引けるし、土の魔力で圧縮すれば場所にも困らないから問題なくてなぁ」

「はぁ。そんな『土』の輩のせいで、人の子たちから『竜は宝を溜め込んでいる』などと言われるのだ」


 グラーゴの指摘に唸る。

 彼が言うところの『土の輩』である父も、こうして整理できないことを母によく怒られていたものだ。


「少しは『火』を見習ったらどうだ?」

「そんな……燃やすなどとんでもない!

 ほら見ろ、ラー坊。この硬貨の繊細な細工を……手間を掛けたに違いない。そんなものを消し炭にするなど、私には出来ん」


 大慌てで首を横に振る。

 ふと、母のことが頭に浮かぶ。まさしく『風』のように気まぐれだった彼女なら、どうするだろうか。


(きっと母なら、『あら? どこかに置き忘れてしまったわ。まあいいか』とあっけらかんと笑うだろうな)


「せめて母のようにどこかに置いていくのが出来ればいいが、こればかりは性分だな」

 つまり、どうしようもないことだと胸を張ると、グラーゴは静かにため息を付いた。


「……そんなことより、これらの硬貨だがちゃんと『価値』はあるぞ」


 グラーゴは、街で使えなかったあのやや白みがかった硬貨を一枚つまんで言った。

 首を傾げる。

 しかし、実際に街では使えなかった。

 言うと、彼は頷いた。


「そうだ。使えないだけで、価値がないわけではない。むしろ、価値がありすぎる」

「ありすぎる? 価値がある分にはいいのではないか?」

「普通はな。だがそれにも限度がある。一般の商店では釣り銭も返せん。そもそも、正確な価値すら判断できんだろう」

「なんと! 価値があるのに使えないのか……それは難儀だな」


 どうしたものやらと腕を組む。使える金銭がなければ、人の世で暮らすのは難しいだろう。

 しばらくならともかく、ずっとグラーゴの世話になるわけにもいかない。

 グラーゴは何か言いたそうな顔をしたが、やがて渋々というように口を開く。


「別にお前の面倒くらいは見れるが、これらの金貨を買い取れる相手を教えてやってもいい」

「おおっ、それは助かる! して、どんな相手なのだ?」


 身を乗り出すと、グラーゴは淡々とその名前を口にした。


「フェローチェ商会だ」


 繰り返し、口に出してみる。


「へろーちえ?」

「フェローチェ商会だ」

「へぇろーて?」

「フェローチェ」


 しばらく発音の練習をした。


【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】

第二話「おばちゃんは、貯め込む性分」完




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