第一話「おばちゃん、初めての……無銭飲食」
人の世というのは、難しい。
初めてやって来た人の子の街。
香ばしい匂いに誘われて入った店の料理に満足した。そして意気揚々と、金貨というものを初めて使おうとした。
事の始まりは、ただそれだけのはずだった。
「むぅ。これでは駄目なのか? 偽物などではないはずだが」
目の前に置かれた少し白みがかった金貨を、切なくつまむ。少し前に人の子たちから『献上』された金貨には、精巧な彫刻がされている。
金貨というものには興味がなかったが、この小さなものに刻まれた模様や絵柄が気に入り、ずっと持っていたものだった。
今までは使う機会などなかったものを、ようやく使えると期待に胸を膨らませていたというのに、店でそれを出したら「何だそれは」と、偽貨幣だと言われてしまった。
最終的には、警備隊なる物々しい金属をまとった人の子たちに囲まれ、ここに連れて来られた。
何か、自分は間違えてしまったらしい。
「人の子は、これで交換をするのではないのか?」
ひどく迷惑をかけてしまったようだった。
自然とうなだれると、対面に座っていた警備隊員――隊長、と他の者から呼ばれていた――が、困ったように頬を掻く。
「はい。その……『貨幣を使ってモノやサービスと交換する』のは、間違われてはいません。
ですが、今流通している貨幣は、あなたがお持ちのものではないのですよ。
あ、もちろん。偽物だとは思っておりませんが、我々にはあなたの金貨の価値がわからないのです」
金貨は金貨だと思っていたが、人の世は複雑だ。
「むぅ。そうなのか。それはすまないことをしてしまった。なんとか代わりのものを支払いたいが……何か価値ありそうなものはあるだろうか」
金貨が役立たずとなると、他に持っているものもダメな可能性が高い。
「代わりと言っては何だが、私にできることで何か返せないだろうか?」
そう言ってみると、隊長殿はますます困った顔をした。
「あ、いえ……あなたがわざとではないと分かっておりますし、店主も問題ないと言っていたので」
「遠慮せずとも大丈夫だぞ? 体は小さくとも、力にはそこそこ自信があるからな」
里一番の力自慢であった生粋の土の竜人族には到底及ばないが、これでも半分は土の血を引いている。
しかし、私の見た目は目の前の隊長殿より小さく幼く見えるかもしれない。しっかりと説明する。
「隊長殿たちを持ち上げるくらいは容易くできるぞ。……む? いや、そんなことをしても役には立たぬか」
考え込んで、手を叩く。
「そうだ! 鉄鉱山を一つここに持ってこよう」
「……え? あ、てっこうざん……?」
「うむ。人の子たちは鉄をよく使うと聞くからな。それなら弁償になるだろう?」
以前散歩で出かけた先に見た鉄の山。それを一つ運んでくれば今回迷惑かけた代わりになるはずだ。
意気揚々と提案してみたが、
「てっ、鉄鉱山っ?」
隊長殿は唖然としたような顔で甲高い声を上げ、しばし動きを止めてしまった。――どうやら、私はまた何か間違えたらしい。
(はて。何を間違えたのだろうか)
首を傾けてなんとか知恵を絞ろうとするが、昔の人の子はこれで喜んでくれた記憶があった。もしかすると、今は鉄には価値がないのかも知れない。
「はっ! もしや、土砂崩れを心配しているのか?」
ふと気づいて顔を上げた。胸を叩く。
「なら問題ないぞ。土の魔力をいじるのは得意だ」
「え、あ、いや……そ、そうではなくてですね」
「むむ? 違うのか。それは困ったな」
(金貨も、この金貨では使えぬそうであるし……ふむ? しかし我らも各々で欲しいものが異なるのだ。当たり前ではあるか)
里には通貨がない。代わりに、互いに欲するものをその時々で提供し合っている。
そう考えるととても納得がいった。同時に、申し訳なさも込み上げる。
「む、すまないな。以前出会った人の子たちと、貴殿たちを同じ存在として見てしまっていたようだ。
貴殿たちの価値観があるのに、失礼なことをした」
こういう思い込みが自分の悪いところだ。頭を下げる。
「えっ? い、いえっ? とんでもありません! どうぞ、お顔をお上げ下さい、レン様。
誤解を受けるような態度をした、私の方こそ申し訳ございませんでした」
焦ったような隊長殿の言葉に顔を上げれば、頭を下げた隊長殿がいて……互いに頭を下げた状態で向かい合うことになっていた。
なぜ隊長殿が頭を下げたのかは分からなかったが、互いに謝罪し合う奇妙な行動に、「ふふ」と自然と笑みがこぼれた。
「良くわからないが、では。互いに悪かったとしよう」
笑った自分を見て隊長殿はしばらくきょとんとしていたが、やがてほっと息を吐き出し、やや照れたように笑みを返してくれた。
少し空気が緩まった時、部屋のドアが開いて隊長殿より幼い隊員がやってきた。彼は私を見て緊張したようにビシッと頭を下げると、隊長殿に近づいて小さく声を出した。
耳元で話している。
「隊長。グラーゴ様に連絡がつきました。もう10分ほどで来てくださるそうです」
どうしたものかと思う。
(むぅ。すべて聞こえてしまっているのだが……こういう時は、聞こえないふりをするのが良いのだろうか?)
悩みつつ、聞こえた名前に少し安堵もした。
(うむ。やはりグラーゴはこの街にいるのだな)
リンドベルにやって来たのは彼に会うため。人の世に詳しい彼に話を聞くためだ。
ひとまず、聞こえないふりをしておく。これ以上、気を使わせるわけにはいかない。
もやもやしつつ、差し出されたやや赤みがかったお茶――紅茶というらしい。里ではなかった香りだが、これもまた良きものだ――を、のんびりと飲む。
それからはなんとなく互いの話をし合う。
「ほほお。隊長殿のところに子が生まれたのか。それはめでたいな。おめでとう」
「はは、ありがとうございます」
「子は大事にせねばな。……そうだ。祝儀と記念にこのコインを」
めでたい出来事を聞き、祝おうと問題の金貨を差し出す。
いや、差し出そうとした時
「――止めておけ。そんなもの、差し出された方が迷惑だ」
呆れたような声に止められた。
見れば水色の髪を揺らす、金の瞳と金の角を持つ若い男が一人。その姿は見慣れなかったが、昔の面影をそこに見て、「おー」と片手を上げた。
「もしや……ラー坊かっ? 久しぶりだな。随分と大きくなったな。見違えたぞ」
笑いかけると、ラー坊ことグラーゴは嫌そうに眉を寄せた。そんな表情すら懐かしい。
最後に会ったのは、確か……今から数万年は前だろう。
「その呼び方は止めろ。我はもう空も飛べる」
「はははっ、そうだったな。お前は中々飛ばなかったから、お前の両親も、里の皆も『この子は飛べぬのでは』と心配でヤキモキしたものだ。
立派になったものだなぁ」
しみじみと声に出すと、グラーゴの眉がつり上がった。どうやら機嫌を損ねたらしい。
年寄りの昔話は、若者の機嫌を損ねるものだ。元気でよろしい。
「……はぁ。とにかく、こいつのことは気にするな。変なやつだが、無害だ」
「うむ。そうだぞ。害をなそうなどと考えたことはないから、安心するといい」
隊長殿の方に向き直ったグラーゴの背後から顔をのぞかせ、自信ありげに頷く。
「手加減も上手い方だぞ。昔、ラー坊と手合わせをした時も」
「おい。もう喋るな。ややこしくなる。我が話をつける」
また昔を語ろうとしたら、話を遮られた。
もっと語りたかったが、たしかにまた何か間違えては大変だ。渋々口を閉じる。
話足りないとうずうずしながら、グラーゴと隊長殿が話をして、この件にケリを付けるのをじっと見つめた。
「むぅ……いかんなぁ。年を取ると昔語りが増えてしまうな」
同時にそう反省していると、グラーゴが長い息を吐き出した。
どうやら彼には悩みごとがあるらしい。
「どうした? 悩みがあるなら私が聞くぞ?」
「……はぁ」
【おばちゃん竜人族の、人の世体験日記】
第一話「おばちゃん、初めての……無銭飲食」完




