花と妖 2
「ばん、ぱいあ…」
「ばんぱいあじゃねえ、ヴァンパイアな?」
復唱するしずくに細かい訂正を加えながら業火がずいっと近づいてくる。状況を飲み込めないままのしずくは業火の目と髪に釘付けだった。驚くことすら出来ず固まっている。
「ここにいる全員怪異だからな、ここでそんな固まられちゃ困るんだよ目ぇ覚ませ」
「ふぐっ!」
業火に頬をつかまれる。そしてその間に清蘭が割り込んだ。
「業火くん乱暴だめ〜!次清蘭の番だよ!」
「あっおい押すな!」
「しずくちゃんに乱暴するからだもん。痛かったね〜よしよし」
「あっ、ありがとうございます…?」
ふわふわと清蘭に頭を撫でられる。清蘭の奥では退かされて不機嫌そうなヴァンパイアの姿が見えた。今のは業火が悪いです、と導から追撃を喰らっている。そして清蘭はしずくの頭から手を離し、しゃがんでしずくと目線を合わせた。
「清蘭は業火くんみたいに変身とかできないんだけど…あっちょっとならすごいことできるかも!しずくちゃん見ててー?」
そう言ったと思ったら清蘭は自分の飲んでいたソルトウォーターのキャップを開け、空中に撒き散らした。それは一瞬で驚く暇もなく、しずくは舞っている水滴をただ眺めていた。
「…あれ?」
違和感に気づいたのは水滴が舞ってからどれくらいだっただろう。一瞬だったか、もしかしたら数秒経っていたかもしれない。盛大に広がった水滴はしずくたちに降りかかることはなくその場で舞い続けていた。空中を漂うソルトウォーター。清蘭の方を見れば指先を動かし、水滴を操っているように見える。
「せっかく買ってきたのに無駄にしないでよ」
「ごめん一騎くん、ちゃんと飲むから!」
舞っていた水滴はあれよあれよと元の場所であるペットボトルへと戻っていった。そして清蘭は自慢げにしずくに話しかける。
「どーお?すごかったー?」
「うん…え、あれ…水が…」
「ふふっ♪清蘭ね、マーメイドなんだぁ。お水とはすっごく仲良しだからあんなことできちゃうんだよ!」
ヴァンパイアの次はマーメイドときた。まだ寒いのにも関わらずブラウスしか来ていなかったのはそのためか?あまり寒くないのだろうか。ほとんど現実逃避のように適当にしずくは考察をしていた。
「業火も清蘭も見せたがりね。ここまで見たら受け入れるしかないだろうけど、私は魔女。特に見せるものもないけれど、これをあげるわ」
「あ、これは…?」
「魔法で作った香水よ。前に何度か試作してるから効果は間違いないはずだわ。効果と言っても虫が寄り付かないってものだけれど、女の子には重要でしょう?」
「なるほど…ありがとうございます」
しずくは納得したわけじゃなかった。全然自体を飲み込める状況でもない。しかし、起こる全てが非現実的であり理解不能だったためついに現実として受け入れられなくなったのだった。これは夢であると割り切りとりあえず自分を落ち着かせた。
(威風業火さんがヴァンパイア、錦上清蘭さんはマーメイド、高嶺怜悧さんは魔女…)
「俺狼男っす。…これなんか見せなきゃいけない感じっすか?」
「やめましょう一騎、僕なんて本当に見せるものがないんですよ…ここで一騎まで何か見せてしまっては僕が浮いてしまいます」
「一騎くん見せよう!ここで見せるとしずくちゃんが助かるよ!」
「…ごめんな導、俺は花宮先輩優先するわ」
「清蘭のせいですよ…」
「しずくちゃんのためだもん清蘭悪くないもん」
まだ言い合っている清蘭と導を横目に一騎は眉間に皺を寄せる。キョロキョロと教室を見回した後、しずくに目線を戻しはっと思いついたような顔をした。
「花宮先輩、手貸して」
「手…?どうぞ」
「さんきゅ」
一騎はしずくの手を取ってから、少ししずくに近づきしずくの手の匂いを嗅いだ。
(え!?なんで…やばいどうしよう臭くないかな!?)
しずくの頭が違う意味で混乱したところで一騎はパッと顔上げ少し考えるような表情をしてから口を開いた。
「今日のお昼は購買にあるメロンパン食べました?あと学校来る時とかに猫とか触りましたよね」
「え…うん、どっちも合ってる…」
「やったね、俺半分狼だから嗅覚いいんすよ」
嗅覚がいいどころの話じゃない。メロンパンくらいならいいが、猫を触ったのなんて今から八時間くらい前のことだ。怖すぎる。しずくが若干引いていると導が立ち上がった。
「最後は僕の番です。そうですね…少しばかり荒くたいですが、あれでもお見せしましょうか」
そう言った瞬間ぞろぞろとみんなが導から離れて言った。
「しずく、危ないからこっちこい」
しずくまで呼ばれる始末だ。それに対してなんの疑問も抱いていないようにしずくが移動するのを導は待っている。しずくも立ち上がり一番近くにいた怜悧の元へ駆け寄る。教室の中で五人と導が十分な距離をとって立つという奇妙な構図になった。しずくは警戒する。こんなに離れなければならないくらい危ないことを今からするのだろうか?しかもあの温厚そうな導が?しずくが不安になっているのを察したのか怜悧が優しく声をかけた。
「大丈夫よ、近くにいると危険ってだけでそんなに危ないことではないわ」
「導暴れんじゃねえぞ」
「わかってますよ」
導は手を上に上げ背中の方へと折り曲げた。すると足元に風が吹き荒れる。舞い上がろうとするスカートをしずくは必死に抑えていた。そんな中でも導から目を離せない。正確には、導の手元。背中から何かを引っ張り出すように、折り曲げられた手をまた上へと伸ばす。そして、風が止む頃には。導の手に大きな鎌が握られていたのだった。
「僕は死神です。あっそうだ、もう一つあった。僕、少しなら浮けるんですよ」
鎌の時点で困惑していたしずくをさらに追い詰めるように導はふわっと十センチ程浮かんでみせた。死神。だとするとあの大きな鎌は…
「あれは死神の鎌よ」
怜悧の解説。優しげな男の子があの大きなか鎌を片手で持ち、しかも十センチ浮いてるなんて姿は、しずくの脳になかなかのインパクトを与えた。
業火はヴァンパイア。清蘭はマーメイド。怜悧は魔女。一騎は狼男。導は死神。
そんな怪異が集まる教室に1人、人間であるしずく。
(なんで私、ここに呼ばれたんだろう…)
「いいか、よく聞け」
「え…」
「俺たちは、お前を守るためにここにいる」
しずくが顔を上げると5人の怪異がしずくを見つめていた。さっきのような砕けた雰囲気ではなく、みんな真剣な眼差しでしずくを見ていた。いや、しずくを見ているようで、しずくでない何かを見ているような、そんな気がする。
「だから、俺たちに協力してくれ」
「協力…?」
聞き返したしずく。それに答えようと業火が口を開いた時、怜悧が口を挟んだ。
「この話はもう明日にしましょう、下校時間になるわ」
そういうと同時に怜悧は身支度を始めていた。もう帰る気満々らしい。そんな怜悧に一騎が近づく。
「…流石に今日話しきった方がいいんじゃないすか?花宮先輩、天乃羽がどこにあるかもわからないんでしょ?なら一刻も早く見つけた方がいいだろうし、どんな危険がいつ来るかもわかんないんだから」
「それは確かに、そうね…」
「じゃあさじゃあさ!護衛も兼ねてしずくちゃんのお家行こうよ〜!」
清蘭が満開の笑顔で怜悧に飛びつき、はいはい!と手を挙げた。怜悧は少し困った顔をしたが、清蘭の頭を軽くこづいてもう優しい顔をしている。
「清蘭にしては名案です、それなら説明もゆっくりできますし可能であれば天乃羽の捜索もできます。もちろん、しずくさんがよければですが…」
「導くん!?清蘭にしてはって何!」
「そのままです」
「しずくはどうなの」
「わ、私は大丈夫です」
「親とかいるんじゃねえの」
「いないので、大丈夫です」
「ふぅん」
業火が何かを考えるように天を仰ぎ、他のしずくを含めた五人は業火の決定を待っている。しずくは今日知り合ったばかりの人を家にあげることに少し抵抗を覚えた。なんと言ったって相手は人間じゃない。しかし、人間でないことを明かされたが故にこれ以上の何かがないというような証明になっているような気もする。また単純に気になるというのもある、彼らの、人間でないものの世界が。
しずくがこの怪異たちと関わっていくことを静かに決意したとき、ちょうど業火がしずくに目線を移した。
「じゃあ、説明がてら天乃羽探しにいくか。お前の家に」
「やったー!しずくちゃんち♪」
「そ、そんなにいい家じゃないし大きくないけど!」
「俺荷物とってきます、導も行くだろ?」
「僕も行きます」
「じゃあ各々準備して中央玄関集合で」




