花と妖
柳高校。柳区の真ん中に位置する高校。校舎は大きすぎず小さすぎず、グラウンドは広すぎると有名だ。田舎ということもあり校舎の周りには自然がたくさんで日中なんかは蛍光灯がいらないほどに明るい。
現在時間は16時で生徒が部活動に勤しんでいる。今日グラウンドを使用しているのは野球部だった。広すぎる校庭を声をあげながら走っている。
その柳高校の3階、L字型の校舎の曲がり目にある中央階段から一番遠い位置にある教室。ドアには『怪研』とプレートがかかっていた。怪研。怪異研究部の略称。教室の中では1人の女子生徒が四人の生徒に囲まれていて小さくなっていた。
「だから…本当に知らないんです…」
「本当か?ないはずねえ、嘘ついてんだろ」
「業火くん、お顔怖いよ?しずくちゃんが怖がっちゃってるよ?」
「嘘つくのがわりぃ」
「…嘘なんてついてなさそうよ」
「僕もそう思います」
目の前に座る男子生徒に睨まれ、花宮しずくは目に涙を溜めながら怯えていた。しずくはつい二日前に転校してきたばかり。高二のこの時期の転校は珍しい。なのになぜ、訳もわからないことでこんなに責められているのだろう。思い当たる理由を探すも見当たらない。
「…じゃあなんで知らねえなんて言うんだよ?こいつが天乃羽持ってるって満月に言われたじゃねえか。しかもこの霊気…持ってねえ方がおかしいっつーの」
しずくをギロリと睨む男子は威風業火。しずくと同じクラスである。しずくの転校初日から業火は遅刻をしていたので存在自体はしずくも認知していた。先生に注意されても『だりぃ』と気の抜けた返事をし昼寝ばかりしているような印象しかないため、こんな風に睨まれる日が来るなんてしずくは思っても見なかった。真っ黒の髪の毛、真っ黒の鋭い瞳。顔が整っている人が睨むと迫力がすごい。
「俺だって別に…責めたくて責めてる訳じゃない」
「業火くんはお話苦手だもんね!」
「うるせえぞ」
ピリついた空気の中で明るくニコニコとしている女子生徒は錦上清蘭。しずくは転校3日目。清蘭のことを見たことがないため違うクラスなのか他学年なのかもわからない。まだ冬なのにセーターも着用せずブラウスだけ、スカートも短く寒そうな格好だが寒そうな表情は一つもしていない。髪の毛をふわふわと三つ編みに一房結っていてかわいらしい。
「…さっきも言ったけれど、この子は嘘をついてないわ。天乃羽が出現したことにこの子が気づいていない可能性もある…前例がないもの、どのように出現するかなんて満月さんも知らないはずよ」
涼しげな表情で業火に意見をした女子は高嶺怜悧。しずくと同じクラスだ。ぱっちりとした目に艶のある綺麗な黒髪。きゅっと結ばれた赤い唇は人の目を奪う。怜悧はしずくを静かに見つめていた。少し照れてしまう。思い返してみれば、しずくの転校初日の自己紹介の時。その時も怜悧はしずくを同じ目で見つめていた。怜悧の顔の印象が強すぎて覚えていた。
「業火は1回落ち着きましょう。花宮さんも萎縮しています、かわいそうです」
「…ちっ、わかったよ…てか導、呼び捨てにすんなって何回も言ってんだろ」
「僕と業火の仲でしょう…?」
「心底不思議みたいな顔すんじゃねえ」
「不満ばっかり」
しずくを守るようにしずくと業火の間に割って入ったのは臥薪導。光に当たってかなんなのか、グレーっぽい髪色に少し伸ばされた襟足。唇の左下にあるほくろ、白い肌。かわいらしいのに美しいという男子だ。丁寧な話し方がとても高校生とは思えない、大人びていた。
業火もしずくから目を逸らし、しずくはほっと一息をついた。肩の力が抜ける。思い返せばつい45分ほど前、六時間目終わりのホームルームも終わり教室にいた生徒のほとんどが部活に行く中、まだ入部をしていないしずくが家に帰ろうとした時だった。
『花宮しずく?』
と大きな男子に声をかけられ、ちょっときてと手を引かれたと思ったらここにいたのだ。そして意味のわからない説明を業火から受け、天乃羽を出せと睨まれたのだった。
しずくには業火の言うこと全て理解できなかった。さっきから話題に上がっている天乃羽とかいうものや満月という人のことも知らないし、なんと言っていたか?怪異?それについてもよくわからない。というか、しずくをここに連れてきたあの大きな男子は一体どこだ?しずくを教室に案内したと思ったらいつの間にかいなかった。
「ジュース買ってきた〜」
いた。なんだ、ジュースを買いに行っていたらしい。
「花宮先輩、だよね。さっきは強引に連れてきちゃってすみませんした。俺、蒼狗一騎。一年四組。よろしくっす。これジュース」
「あ〜!清蘭の好きなソルトウォーター!一騎くん買ってきてくれたのっ?」
「違うこれ花宮先輩の」
「そうなの?こんなに種類いっぱいなのに?」
「花宮先輩の好み知らないからとりあえず買ってきたんだよ」
「おっ、お気になさらずっ…!!」
一騎は椅子に座り小さくなっているしずくに目線を合わせるようにしゃがみ、ジュースを差し出した。ソルトウォーター、しずくは飲んだことがない。慌てて下をむくしずくを見て、一騎はレジ袋を広げた。
「何が好きっすか」
気を遣っているような、優しい声色。この教室にきてからわからないことだらけだったのに、どのジュースが好きかという簡単すぎる質問を受け、しずくは不思議と安心した。おずおずと一騎の方を見て、レジ袋に視線を移す。
「………いちごみるく、が、好きです…」
「俺も好き。はいどーぞ」
差し出されたいちごみるく。しずくは受け取る。
「ありがとう…」
「いえいえ」
「僕はこのブラックコーヒーをいただきます」
「清蘭ソルトウォーター!」
「では私は野菜ジュースを」
「俺トマトジュース」
「あ、業火さんさーせん、トマトジュース忘れた」
「…いいよ別に」
「拗ねないでください」
「拗ねてねえんだわ」
さっきまでのピリついた雰囲気が嘘のようにみんな一騎のもつレジ袋に集まる。業火を除いて全員がお気に入りの飲み物をもち、席に着いた。
「お前、どこまで知ってんだ?」
飲み物を持っていない業火がしずくに問いかける。さっきのように睨んではおらず、羨ましそうにしずくのいちごみるくを眺めていた。
「どこまでと言いますと…」
「天乃羽は?」
「知りません」
「怪異は?」
「知りません」
「……満月は?」
「知りません」
「マジかよ、全部知らねえじゃん」
「す、すみません…」
またしずくは体を小さくして下を向く。いちごみるくは飲むタイミングを逃した。やはり業火は怖い。何も知らないことを知っている前提で話されている、これほど怖いことはない。
「…これは業火が悪いわよ。満月さんからも言われていたじゃない、しずくさんは記憶がない可能性の方が高いと」
「そうだけど…あんまりだろ、満月も知らねえなんて」
「あの、ごめんなさい、ご期待に添えることができなかったみたいで…」
「花宮さんは悪くないですよ。それより先ほどは何も知らない花宮さんに対して訳のわからないことを言ってしまいました、僕らが謝ります」
隣にいた導に頭を下げられる。すると、怜悧もそれに続き、結局しずくは五人に頭を下げられてしまった。一番最後に頭を下げ、一番初めに顔を上げた業火は頭をかきながらしずくを見つめた。
「…1から説明する、なんも知らねえのに悪かった」
そう言った業火は椅子に座り直し、教室全体の空気が少し重くなる。
「まずな、怪異ってのから説明する。なんとなくわかるだろうが、怪異はバケモン的なアレだ」
「業火…あやふやすぎるわ」
「あ?だって他に言い方ねえだろ」
「もう、業火は静かにしてください。ここは僕が説明します」
業火は導にこう言われ、納得がいってないのか口を出そうとしたがそれを横から一騎が制す。ニコニコと笑顔を崩さずそれを見つめる清蘭。さっき感じた思い空気は一瞬で無くなっていた。導はコホンを咳払いを一つし、しずくと向き合ってから口を開く。
「怪異という言い方自体なかなかあやふやですが…結論、人とは異なる物です。バケモンという言い方だと凶暴なイメージを抱かれてしまいそうですね。怪異と言っても人に害のないものもいます。花宮さんの知るお化けや妖怪など、怪異にはたくさんの人と異なるものが含まれている、よってあやふやになってしまうんです」
「なる、ほど…?」
「清蘭はね、人に悪いことしないよ〜」
「あー、話先に行かないでください。ちょっと清蘭が口走りましたが…」
「俺たちもその怪異ってやつなんだよ」
一騎の手を退けて、業火が口を挟んだ。セリフを取られたことに導は不満の意を唱え業火はそれに対して反論しているが、しずくの頭はそこまで追いついていなかった。ちょっと待て。俺たちもその怪異ってやつなんだ?俺たちは怪異?怪異っていうのは、さっき導が説明した通り人ではないナニカ。業火たちが人ではない?
(いや、情報を整理しても全く理解できない…)
「しずくさんからすれば理解は難しいと思うけれど、そうであるが故にそうとしか言いようがないわ…」
怜悧があごに手をあて、しずくにもわかりやすく説明しようとしてくれているが難しそうだった。そうとしか言いようがない、やはり人間ではないということ…?
「説明なんかしても理解できねえだろ。おいしずく、見とけ」
情報処理に苦戦しボーッと下を向いていたしずくに業火が声をかける。ほぼ反射的に業火の方へ顔を上げると、業火は立ち上がっておりしずくを見つめていた。
「え…?」
ただでさえ頭がいっぱいの状態なのにさらにしずくは混乱する羽目となる。
しずくを見つめる業火の黒々した瞳が赤くなっていったのだ。充血とかそういう話じゃない。黒かった瞳がだんだんと赤く染まっていく。それだけでは終わらない。瞳が赤くなったと思ったら次は業火の髪の毛がフワッと盛り上がり一瞬のうちに黒髪が銀髪へと変わっていった。今しずくを見つめているのはしずくを睨んでいた業火ではない、トマトジュースがなくて拗ねていた業火でもない。銀髪の赤い目をした‘’怪異‘’であった。
「やりすぎっす業火さん、花宮先輩固まってるじゃないすか」
「これが一番早いだろ。しずく、見てはっきりわかったと思うが俺は人間じゃねえ」
呆けたままのしずくを見つめながら、さっきはなかったはずの八重歯をのぞかせ業火はにやっと笑った。
「俺はヴァンパイアだ」




