花と鬼
鬼頭満月は東京都内、高いビルの屋上で風に吹かれていた。
この日は大寒波によりこの一年で一番寒い日となったらしい。そして今の時刻といえば二十三時五十分。昼間より格段に冷え込んでいた。そんな中でも満月はコートも何も羽織ることなく、黒いスーツをピシッと着こなし冷たい風に吹かれるまま夜景を眺めていた。切れ長の鋭い目は何かを探しているかのように揺れ動く。
澄んだ青色の瞳、薄い紅色の唇、白い肌、黒く艶のある髪。誰がどう見ても美青年である。
満月はふと腕時計に目をやった。時は進み、二十三時五十八分。もう少しで日付が変わる。
この日は満月で、みなが身を屈める中堂々と寒空に輝いていた。その輝きはいくら都心の明かりであろうと負けを知らない。とても真っ直ぐな光であった。
何を考えるのか、満月は目を閉じる。月光を全身に浴びながら、その時を待った。
「…10、9、8、7、」
満月は目を開けない、時計など見ていない。時が一秒ずつ進んでいく感覚を体に刻んでいく。
「6、5、4、3、」
静かなカウントダウンは進み、満月はゆっくりと目を開く。開かれた目は先ほどより厳しく突き刺すように冷たかった。
「2、1」
ゴーン、と鐘が響いた。日付が変わった。満月は動かず、その場に佇んだまま。時は満ちた、もう防ぎようはない。
日付が変わってから一瞬。満月がふっと息を吸い込んだその時。ただでさえ冷えていた空気がさらに冷え込んだ感覚。肩にのしかかる空気の圧が重くなっていく。ビルの下にいる人たちに変わった様子はない、変わったのは満月の周辺だけらしい。警戒するとすぐ声が響いた。
「…よう、満月。ひさしぶり。962年ぶりくらい?」
いつの間にそこにいたのやら、1人の男が満月の後ろに静かに立っている。声をかけたのもその男だ。日付が変わった今日この日、二月十八日。終わりの日であり、今また始まりの日になろうとしていた。あの子が、動いた。その証拠であろう。
「君はまた、僕を邪魔する気なんだろう?あの娘はどこだ、もう知っていてもおかしくない」
「……早々俺の前に姿を現すとは光栄だが、あいにく俺も居場所を知らない」
ニタニタと気味の悪い作り笑顔を浮かべながら男は満月に近寄る。満月はそちらを振り向かぬまま、いたって冷静に話を続けた。
「無駄だ、黄泉。お前の計画は無駄に終わる。全ては天乃羽を持つ花宮あめ…あの子を見つけない限りお前に救いはない」
「見つければいいだけの話さ。大きいことはできないけど、いざとなれば地域ごと堕とせばいい」
「今のお前にそんなことができるとは思えん」
「どうかな?やってみる?」
黄泉と呼ばれたこの男、紅蓮黄泉は作り笑いを浮かべたまま満月の方に手を向ける。満月はまだ振り向かずその場を動かない。
そのまま両方微動だにせずどれくらい経っただろう、黄泉は手を下げた。
「満月はあいかわらずだなぁ、本当に腹が立つよ。まあ、この感じだとあの娘の居場所を知らないっていうのは嘘じゃないみたいだし、ここで君とやり合っても意味ないしね、もう行こうかな」
重苦しかった空気がふっと軽くなる。満月はようやくここで後ろを振り向いた。黄泉と目があう。金髪に赤い目、青白い肌とそれに映える真っ赤な唇。962年前と何一つ変わらない。
「またね満月、また会うことになるよ」
「…あぁ」
最後にふっと作り笑いではない笑顔を浮かべ、黄泉は闇に消えていった。
満月は黄泉が消えていった方を眺めながら、その背に月光を浴びる。
始まりだ、またあの悪夢が始まった。願いに願ったあの望みはもう叶うことはないらしい。それでも、それなのに、またあの子に会える嬉しさと言ったら消えるものではなかった。満月は薄く目を閉じる。
『満月さん!!』
声が聞こえた気がした。目は閉じたまま、満月は決意を固める。いや、ずっと前からこの決意は揺らがない。ずっと前、962年前から。
「見つけるよ……花宮しずく」
許されない鬼と花の恋慕は962年の時を経てまたも紡がれるらしい。全ては天乃羽を持つ花宮しずく。彼女はもう満月を知らない。




