花と妖 3
しずくの家は柳高校から徒歩15分ほどの場所にある。どこの道も同じだが、車通りもちらほらの田んぼの見える大きな歩行車道をしずくは毎日歩いて登下校している。と言ってもまだ3回目だが。転校初日も2日目も優しい女の子たちが共に下校してくれた。今日もそのはずだったが一騎の登場によりそれは叶わず、怪異五人と共に下校した。
道中は清蘭や導の人間界の不思議なことベスト8で話は盛り上がる。人間界と呼ばれるということは怪異界もあるのか…?としずくは終始疑問に思いながら雑談に参加していた。ずっと聞きそびれていたが、業火と怜悧が同い年で、清蘭と導と一騎が一つ下の学年であることも教えてもらえた。そんな雑談を交わす中家に到着し、玄関には六つの靴が並ぶ。こうして玄関に多く靴が並ぶのが久しぶりで、しずくの頬は自然と緩んだ。しずくの家はアパートの二階で一人暮らしにしては十分な広さ。しかしそれも六人が入るとなると広いわけもなく、導と一騎と業火はカーペットの上に置かれた机を囲んで座り、怜悧と清蘭はベットの上に座った。なかなか窮屈だ。しずくはといえば、さっきコンビニで買ってきた紙コップに人数分のお茶を注ぎ机まで運んでいる。
「お茶さんきゅ。どこまで話した?」
「私たちが怪異であることまでよ」
「わかった。じゃあこんな存在いるってことはしっかりわかってもらえただろうが、念押しすると俺たちは人間に危害を加える気はねえ。俺人間を襲って血をもらおうなんて考えてねえし。たまに怪我して血出したやつ見つけてもらったりするけど、わざわざ傷つけたりしない」
「僕もです。死神なんて物騒だと思われそうですが、悪魔で僕は亡くなった魂や亡くなっているべき魂を正しい道に案内するだけです」
「魔法は使えるけど乱用なんてしないわ」
「…狼になったって人は襲わない」
「清蘭もひどいこと絶対しない!」
しずくに向かって猛アピールをする5人。清蘭なんて身を乗り出している。その勢いに怖気付きながらもコクコクと頷いた。
「ただ…人間に悪さをする怪異だっていんだよ。怪異ってつーか…つまり悪魔ってやつだ。悪魔なんてそこら中にいる、ちっちぇえやつもでけえやつも。大抵は小せえから人間から出る負の気持ちを食ってるだけだけど、その小せえのが力をつけると動物の形を取ったり最悪人間のかたちをとれることもある。強くなれば、故意的に負の気持ちを人間から出させることも可能、そうなればその負の気持ちが周りにも伝染して負のスパイラルだ」
「なので、小さいうちから倒すことが重要です。その役割を担っている人たちを怪異対策本部と言います」
「物騒な名前よね…悪魔対策本部にしてくれてもいいじゃない」
「でもあいつら俺らだって狙ってくるじゃないですか、人じゃないならなんでも敵だと思ってるんすよ」
「清蘭なにもしてないのに…」
空気が落ち込む。怪異対策本部についてはしずくも少しだけ耳に入れたことがあった。こんな正式名称までは知らなかったが、政府からこの機関だけ剣を持つことを許されてるだとかなんだとか。今の時代警棒やら拳銃やらは聞くが、剣を持つなんて驚いたので記憶に残っていた。まさか悪魔を退治しているなんて。
「まあそれはさておき、悪魔がいるってことは天使もいるってことだ。天使が地上まで降りてくることはまずないけどな。じゃあしずく、堕天使って聞いたことあるか?」
「堕天使…天使じゃなくなってしまった、みたいな…?」
「まあ合ってる。つい941年前、堕天使になったやつがいた。天界からは追放されて体も何もかも失ったらしい。欲にまみれた結果だ、当然こうなる。だけど、そいつを助けた奴がいやがったんだよ、一匹の悪魔だ。人のかたちをとれるほど成熟していた悪魔がその堕天使に力を分けたんだと。そして生まれたのが天使と悪魔のハーフ、タチがわりぃ」
「なんで、タチが悪いんですか…?」
「そう、ここが大事だ。よく聞いとけ」
業火がしずくと向き合うようにしっかりと座り直し、しずくも自然と背筋が伸びる。他の4人も静かに話を聞いていた。
「天界には天乃羽っつーのがある。さっきお前に出せって言ったやつだ。天使がそれを持つことによってこの世は基本的に天使によって見守られることになる。そのうちの一つがさっき話した堕天使が消える時に同時に消えようとしてた。でも悪魔が助けたりなんてするから天乃羽は消えることなくこの人間界に取り残されることになったんだよ」
「そ、その天乃羽を私が持っていると…!?」
「根拠もなくそんなこと言わねえよ、ちゃんと理由があんの。その堕天使の名前は紅蓮黄泉。悪魔って人のかたちをとると名前がつくんだよ、堕天使でも然り。黄泉と一緒に落ちた天乃羽は数年間見つからなかったらしいんだけど、ある日満月が見つけたんだ」
「みつき…」
学校の時からちょくちょく出ていた名前だ。
「…鬼頭満月。満月も怪異だけど、俺たちみたいにどんな怪異であるか定まってない。ただ、満月はバカみてえに強いしよくわかんねえ術も使える。人間じゃねえからとりあえず怪異みたいな感じ。満月はずっと天乃羽を探してて、やっと見つけたって時には大喜び…清蘭がな」
「だって〜!満月さんめっちゃ必死で…すごく安心したんだもん!」
「そうね、満月さんは私たちのような怪異からすごく信頼されていたから、こぞって天乃羽を捜索したわ。結局見つけたのは満月さんで、そこからは満月さんが保管しておいたの」
昔話を語るようにみんなが懐かしそうに目を細める。941年前の話をしているのにそれを体験談として語っているということは、この怪異たちはその頃から生きているということになる。
(やっぱり怪異さんって死なないのかな…)
「その天乃羽が問題なんだよ。もとより満月が見つけた天乃羽の持ち主は紅蓮黄泉、その黄泉は今となっては堕天使。そんな状態で黄泉に天乃羽が渡ったりなんてことになれば…まあ最悪の事態になるだろうな。人間だってさっきの説明みたいに負の連鎖が起きちまうし、地球全体がよどむ。悪魔の成長スピードも上がって怪異対策本部だけじゃ対応しきれねえだろうな。そうなりゃ俺らも困る」
「僕たちのようなタイプの怪異…特に人間と共に生活をしているような怪異は人間との共存を望んでいます。悪魔が負の気持ちで成長するように、僕たちは人間のプラスの感情で生かされるんです。僕は死神ですが、負にまみれた魂なんて毒みたいなもの…人間には豊かに暮らしてほしいと願っています」
「だから俺らは悪魔に対抗する、それも悪魔はわかってるから俺たちは悪魔の中で攻撃対象内ってわけだ。で、しずくが一番気になってるのはなんでしずくが持ってるって俺らがおもったかだろ?」
「はい…」
「それも945年前、満月が天乃羽を見つけてから…2年後だったかな。ひとりの女性が呪われた。黄泉を助けた悪魔の仕業だ。その女性が不運だったんじゃなくて、その人は天使に近しい魂を持つ人だったから狙われたんだ。天使と悪魔のハーフが増えれば悪魔の望むような最悪の世界になる、それが目的だろ。
でも、その女性は満月とすげえ仲良くて…つーか満月が惚れてて、満月が天乃羽をその女性に渡したから助かった。天乃羽が黄泉に渡れば最悪の世界になるって何度も言ってるけど、天乃羽が人間に渡った場合、天乃羽をもつ人間の霊力が格段に上がる。霊力っつーのは清蘭で言えば水を操る力みたいな…怪異が持つ力のことだな。しかも今回の場合天使に近い魂だっただけに霊力は桁違いだった。その霊力を狙って悪魔なんかはこぞってその女性を襲いにかかったけど、大体はその霊力にやられて勝手に消滅していった。それでも強い悪魔なんかは立ち向かってくるわけで、そいつらを俺たちや満月が守ってきた。
そしたらさ、黄泉が出てきやがったんだよ。見つけたって言って、その女性に笑ったんだ。当然狙ってんのは天乃羽…どうしたもんかその時の黄泉の霊力は俺らよりあった、俺らはボロボロで、呪われなかったのは不幸中の幸い。満月も必死になって戦ったけど、勝てる見込みはなかった。多分あれは黄泉だけの力じゃねえんだよ、助けた悪魔が力を貸し続けてるのは余裕で想像できるし、でもそれだけじゃなかったような気もする、満月が苦戦するのはそれくらいありえねえことだった。
でも結局黄泉が天乃羽を手にすることはなかった。満月を助けようとした女性の霊力が爆発して黄泉は弱り、女性自体もその霊力に耐えきれずにぶっ倒れた。相打ちってもんかな…満月はすぐ助けようとしたけど拒まれたんだよ、それも『私が消えればこの羽も消える、そうすればもう誰も傷つかない』なんて言いやがった。そのまま女性は死んで、天乃羽も消えた。同時に黄泉も姿をくらまし、いたって普通の暮らしが戻ったってわけ」
「そんな過去が…」
「でも、今年になって異常事態が起きた。二月一八日、お前の誕生日だろ?」
「なんで知ってるんですか!?」
「そこはどうでもいい。あの日、しずくが17歳になった日…天乃羽がまた出現した。つーかしずくが持ってる」
「可能性の話よ。確信なんてないけれど…それでもしずくさんの霊力を見れば持ってないなんてありえないとは思うわ」
うんうんと全員が頷く。しずくの誕生日は確かに二月一八日だったが、特にその日もその日以降も何か変わったことはなかった。あったことといえば、この柳区への引っ越しくらい。なかなかのイベントだが、しずくの叔母が手続きやら何やら手伝ってくれたので困ることもなく、引っ越しに対して何も感じなかった。
「さっきから業火が名前を出すのを控えていましたが…その天乃羽を持っていた女性は、花宮あめと言います」
「花宮…だから私が持っていると?」
「いえ、花宮という苗字が一緒だったからという理由ではありません。それならもっとたくさんいますし。僕たちが花宮さんが天乃羽をもっているとあなたに近づいたのは他でもない満月さんがそう言ったからです。理由を聞くと、あなたに魂が限りなくあめさんの魂に等しい、と」
「清蘭、難しい説明は全然分からなかったけど…しずくちゃんを見つけた時すぐわかったよ!あめちゃんと一緒だ〜って!」
花宮あめ、満月を助け自らを死に追いやり天乃羽を消した人物。今聞いたばかりの自分には到底関係ないような夢物語にしずくはついていけない。何かアニメでも見ているような気分だ。実際、霊力なんて微塵も感じない。
「もしかしたら花宮先輩が17歳になった瞬間記憶が戻るかもって話もあったんすけど、全くそういうのは感じない?」
実感が得られず目を泳がせていたしずくの顔を覗き込み、優しい声色で一騎が聞く。ジュースの時もそうだったがとても気を使ってくれているらしい。
「全くですね…」
「まあいい、事態の把握さえしてくれんなら十分だろ。今満月は黄泉にマークされてる状態だし、しずくと接触することでもしなにか異変があったら困るからって離れたところにいる。会うことはまだできねえが…満月はしずくを守る気満々って感じだ。霊力で柳高校の生徒の記憶をいじくって俺らが在校生であると思わせて潜入させ、しずくを転校させたのも満月だ」
在校生であると思わせたということは、実際は在校生でないということだ。よく考えてみたらそうか、彼らが高校生であるはずがない。見た目が高校生すぎるのは謎。
「あの…私を引っ越しさせたのは何故ですか…?」
「この柳区が一番天界に近いんだよ。あめさんの魂に近いってことはしずくは天使に近しいってこと、いざって時に霊力爆発しても耐えられるはずって言う満月の考えだ。俺らも動きやすいし、悪魔もそこまで寄ってこないしな」




