第十一話 結婚するつもりがあるなら
「世は並べて事もなし。世界は今日も平和……っと」
今日のライナーはオフだ。
冒険者としての仕事が無い日は、適当に日雇いの仕事をこなしつつ、お隣の家で夕食をいただいている。
「相変わらず枯れてるねぇ、ライナーは」
「その言葉は聞き飽きたよ」
「聞き飽きるほど、言わせないでくれる?」
今日はお隣の父と母がいないので、ご隠居と、幼馴染と3人で食卓を囲むことになった。
そして、ライナーがテーブルに着いてすぐのことだ。
彼の対面に座る幼馴染のマリスから、普段とは違う話題が飛んできた。
「ああ、そう言えば⋯⋯最近ミーシャちゃんと何かあった?」
「ミーシャ? いや、別れてからは特に何も」
「ふーん。そっか」
「……ふむ」
マリスは何でもないような風で話題に出したが、そこは人生まだまだ枯れていないご隠居である。
今のやり取りから、連想できそうなストーリーを頭に思い描いた。
これは、孫娘がライナーのことを恋愛的な意味で気にしていたが、彼女がいたから諦めざるを得なかった。
しかし別れてから数か月が経った頃だ。
そろそろ落ち着いただろうし、アタックしてみようか――という展開なのでは? と。
そう思った老人は、即座に、可愛い孫の援護に回ることを決めた。
「ライナー、お前も独り身になって長いな。⋯⋯身を固めるなら早い方がいいとか、言っとらんかったか?」
「それは⋯⋯そうだけど」
早いに越したことはないが、相手があることだ。
流石のライナーも、難しいのは分かっている。
彼の瞳にそんな諦めの色があるのを、ご隠居は見逃さなかった。
「だったらうちのマリスはどうか。贔屓目ナシに別嬪だと思う……がっ!?」
「やめてよね、お爺ちゃん!」
身内が恋愛に口を出すほど恥ずかしいことはない。とでも言わんばかりに、マリスの右ストレートがご隠居の顎に炸裂した。
普通の老人ならば、昇天してしまう可能性すらある勢いの拳だ。
しかしそこは若かりし頃、冒険者として相当鍛えていたご隠居である。ドラゴンを相手に生き延びたこともある剛の者だ。
椅子から転げ落ちることも、ノックアウトされることもなく、態勢を立て直した。
「おおう⋯⋯。で、何じゃいマリス。ミーシャちゃんがどうかしたのか」
「いやね。最近ライナーが、普通に依頼をこなしてるじゃない」
気を取り直してご隠居が聞くと、マリスはげんなりとした顔で答えた。
そしてライナーは、真顔で頷いた。
「なるほど、復縁に向けた足場固めか」
「話が早すぎるよライナー」
話が早いこと、街で一番を自負するライナーである。
別れた彼女が、元彼の近況を聞いた。
そして元彼と近しい人間――それも普段は、それほど接点が無い相手に――何らかの話をした。
そこから導き出される結論など、よりを戻す準備以外には考えられない。
というのが、毎度の如く最高速で弾き出した、ライナーの結論だ。
「だが、もう遅い」
「ミーシャちゃんのこと、嫌いになっちゃったの?」
「違うよ。でも夫婦としてはやっていけない」
「……どういうこと?」
ピンと来ないマリスに向け、ライナーはつらつらと語り始める。
「ミーシャが職を失ったも同然の俺と結婚を考えられなくなった。これはまあ、いいだろう。家庭を持てば支出が増えるのだから当然だ」
「で?」
また面倒なこと言ってるな。と思いながら、マリスは先を促す。
「俺はパーティを抜けてから、すぐに別な仕事を始めた。それでも彼女は別れを切り出した」
「まあ、そうね」
「それで最近になって、稼ぎが上向いたからと、復縁の話を持ってきたわけだ」
「そう言われれば、そうかな」
状況としてはそうだし、マリスの目にもそう見えていた。
どこまで納得したかは分からないまでも、異論を挟まないのでライナーは続ける。
「つまり彼女と復縁して、めでたく結婚したとしても⋯⋯稼ぎが減ったと報告した次の瞬間、離婚届が出てくるかもしれない」
「それは考えすぎなんじゃ……」
どうすれば、そんなネガティブな結論になるのか。そこまで極端なことをするのはライナーくらいだ。
そう反論しようとしたマリスを制止して、ライナーは言う。
「本気で愛してるなら、別れたその日に復縁を申し込むくらいの速さが必要だ。少なくとも俺はそうする」
「何言ってんの?」
マリスは「別れたその日に復縁なんて、バカップルの痴話喧嘩じゃないの」と思っているが、何にせよライナーは話を締めにかかった。
「もう終わったことだし、過去を追想するよりは、未来を見た方がいい」
「ライナーはまた、そういうことを言う」
「今さら変えようがないよ。もう10年くらい、こんな考えなんだから」
話題を断ち切り、テーブルを立ったライナーは、食器を流しに片付けてから、足早に玄関へ向かった。
「よし、ご馳走様でした。今日も美味かった」
そう言い残して、逃げるように出ていった。
一方で消化不良のマリスは、頬を膨らませて言う。
「何よもう。効率とか時短とかって、そればっか」
「まあそう言うな。もう少し大人になれば、落ち着くかもしれんしな」
ご隠居は軽く頭を振ってから食事を再開して、マリスにも促す。
「ほれ、冷めてしまうぞ。しかしマリスも、これくらい作れるようになれば……」
「ライナーの胃袋を掴めって? お爺ちゃんもライナーも料理ができるんだから、私が覚えなくてもいいでしょ」
マリスは全く家事ができず、料理も食べることが専門だ。
今日はご隠居が夕食を作ったが、予定が無い時にはライナーが作ることもある。
当人たちに付き合う気があるかは別として、手料理を振舞う仲ではあるのだ。
「何故、お前らがくっつかんのだ⋯⋯」
そう嘆くが、それこそ今さらだ。生まれたときからお隣さんで、一生友達なのだから、急に恋愛に発展することもないよな。と、ご隠居は肩を落とす。




