第一〇話 酒を肴にくだを巻く
今日もライナーは絶好調だった。
朝起きてから、いつも通りの時間に、いつも通りの作業をこなす。
「いいぞ、今日も想定通りのタイムだ」
一度作業のルーティンを作り上げてしまえば、日々の無駄な時間は削っていける。
つまり、最高に効率がいい日々を過ごせる。
そんな思いから、完璧な日々を生きている男だった。
食事も睡眠も習慣も、全てが規則正しい彼は、滅多に体調を崩すことがない。
今日も今日とて、いつも通りに、森の中を軽快に駆け抜けていた。
「冷静なのは良い事ですが……」
「女子供に戦わせて、自分は全力で逃げていくんだもんなぁ」
雑談をしながら、狩りをする余裕があるのだ。
一行は、フルメンバーで戦うことが、過剰戦力だということも自覚してきていた。
「……そろそろ出撃するメンバー、交代制にします?」
「……だな。5人もいらねぇよ」
「遭遇戦になった時が怖いですわ。……ああ、でも、毎回1人がお休みとかなら」
本日は作物を荒らすビッグ・ボア――名前の通りに巨大な猪。
そして通行人を襲う狼たち――レッサーウルフや、フォレストウルフなどを狩りに来ている。
本来は、どれもこれも一筋縄では討伐できない。
猪の魔物は屈強な戦士でもパワー負けする、軽戦車のようなC級の敵だ。
狼の群れは数が多いため、B級の依頼となっていた、が。
「わー、あそこの狼、オス同士で交尾してるー」
「ベアトリーゼ。見てはいけませんわ」
幻覚を見てハッピーになっている狼は、既に彼女たちの方を向いてすらいない。
最年少のベアトリーゼなどは、もうピクニック気分だ。
多少ワイルドな動物園、くらいの感覚だった。
「ベアト。折角だから氷漬けにしていこうぜ。アイツらは毛皮も売れたはずだ」
「りょーかーい」
最初から最後まで楽勝ムードが漂っているのだから、十代前半の女子に、集中力を維持しろという方が難しい。
気の抜けた返事と共にベアトリーゼが放った、氷魔法が狼を包んで、戦闘は終わりを告げた。
◇
「いけませんわ」
「何が?」
冒険を終えるなり、ライナーは今日もさっさと帰っていった。
夜の酒場に残り、蒼い薔薇の面々だけで食事をすることになったが、しばらくしてリリーアは、真剣かつ深刻そうな顔でメンバーに告げた。
「このままでは私たち、ダメになってしまいます」
セリアとルーシェも、「そんなことは分かっている」と言わんばかりの表情で、気まずそうに返す。
「ダメ、ねぇ? まあ確かにアタシら、気が抜けたところはあるよな」
「そうですね。……最近、楽な戦いばかりですし」
そして幼いがゆえに、ある意味で一番残酷なベアトリーゼは、さらりと言う。
「ライナーと契約解除して、次の街に行く? 目標金額は貯まったよね?」
「うっ……」
「半年で稼ぐ予定の金額が、ものの見事に1ヵ月で貯まったよね?」
リリーアは、このぬるま湯のような環境で、腕の錆つきを危惧している。ライナーの言動や行動に振り回されて、気疲れすることだってある。
「分かっています。分かっていますわよ!」
それでも、この街を離れられない――彼を解雇することができない事情があった。
「ライナーさんの力を借りた方が、実入りがいいだなんてこと!」
言ってしまえば、稼ぎがいい。
そんなことは分かっている、と言いたいのは、リリーアも同じだった。
「そうですよ、私は金に目が眩んで、楽な道を選んでいる浅ましい女ですわ! どうぞお笑いになって!」
しかし酒が入っていたからか、泣きべそをかきながらテーブルに突っ伏して叫ぶ。
「何も、そこまで思いつめなくても……」
怪我もせず、支出も無く、それなりの難易度の依頼をポンポン消化できるのだ。
B級依頼を2つ3つまとめて受注しても、1つ受けるのと大差が無いくらいの時間でこなせてしまう。
素材の売却代金は目減りしたが、それを差し引いても大幅な黒字だ。
運営はこの上なく順調と言えるだろう。
しかし最初の2週間ほどは、「面白い」と思う気持ちもあったリリーアではあるが、彼女が冷静に現状を見た時、気づいた。
今の働き方は、冒険者ではなく、作業員だと気づいてしまった。
ライナーというラインに乗って流れてくる魔物を、一刺し一刺し、ただ処理していくだけ。
全く冒険していないのだから、これで冒険者を名乗るのはいかがなものか、と。
お家の再興を誓い、名を挙げようと決意した日の。あの情熱はどこに行ってしまったのだろうか。
彼女にはもう、そう嘆くことしかできない。
「それもこれも、貧乏が悪いんですのよ!」
「身も蓋も無いこと言うねぇ」
やけ酒と言わんばかりにワインを呷り、空のグラスをテーブルの上にドン! と置いてから、リリーアは言い放った。
「A級冒険者になって国に認められて、叙爵を目指すよりも! このまま堅実に稼ぎ続けて、30代後半くらいで身分を買った方が、ずっと安全に貴族に返り咲けますわ!」
「それを言ったらおしまいよ」
下級貴族の世襲は3代まで。4代目以降は、何かしらの功績が無いと貴族籍から抜けることになってしまう。
そして彼女たちは過半数が、その4代目だ。
ここから貴族に戻る道は2つ。
まずは、何かしらの功績を上げることだ。これは運も絡むが、大体はA級まで登った上で、目立った功績があればクリアできる。
もしくは、大枚をはたいて身分を買う方法か。どちらかになる。
A級冒険者になったところで、根回しの資金は必要となるし、爵位を買うにはもちろん大金が要る。
いずれにせよ、彼女たちは稼がなくてはならない立場にいた。
かと言って、美貌を活かして高級娼婦になって稼いでも意味はない。
身分を得た後の評判が、地に落ちていることだろう。
ならば冒険者として身を立てて、栄光と共に返り咲いてやろうではないか――と、リリーアがそう決意をしてから、はや5年。
彼女のメンタルは限界だった。
トドメを刺したのはもちろん、ライナー・バレットという男の存在だ。
「色々と溜まっているんですよ。時にはこういう時間も必要です」
「ルーシェって、こういう時はすごい冷静だよな」
「コンビの時代から組んでいただけあるわ」
セリアとベアトリーゼは、最古参の二人を見て呆れていた。
――ちなみにララも同じテーブルについているが、彼女は一言も発さずに肉を咀嚼し続けている。
フルフェイスの兜から、顔の下半分を覆っているマスク部分だけを外しての食事となっていた。
しかし1ヵ月も同じ酒場で夕食を取っていれば、フル武装のまま食事をする人間を見て騒ぎ立てる人間もいない。
いや、ララの武装について騒ぐ人間はいないが、別な話題で騒いでいる人間ならば、奥の方のテーブルにいた。
「今さらライナーに頭下げるなんて、んなみっともないことができるか! いまさライナーだよそんなもん! あーっはっはっは!」
と、乱痴気騒ぎをしている青年が一人。
そしてこのテーブルにも、大きな声で泣き言を言っているリーダーがいる。
「うわぁぁああん、どうせ私たちは没落貴族ですのよぉぉおお」
「どうせ俺は、ダメリーダーですよーっと。うぃー、ひっく」
ここは冒険者ギルドの運営する酒場、戦士の止り木。
今日も色々な事情を抱えた冒険者たちが、酒を肴にくだを巻く。
そんな場所だった。
次回、お昼頃に更新。




