84「嵐の予兆と嫌な予感」
ヒーローみたいにかっこつけてみたロータローだが、その姿は先ほどのアヴァロンとは違い、なんとも頼りなかった。ロータローにはアヴァロンのような武器も持たずに荒くれ者を倒せる戦闘術の心得は無い。
ましてや、いま目の前にいるのは、戦闘のプロじみた風格がある鎧の集団である。先ほど遭遇した薄汚い物取りたちとはレベルが違う。鎧の騎士たちもそれを理解しているようで、立ちはだかるロータローを見て最初は驚いていたものの、すぐにその実力を看破し、侮るような態度を見せる。
両者の力の差は歴然。だが、勝算が無いわけではない。
「──『物質創造』」
祈るように呟いて、血流を意識する。すると右手の周辺に小さな歪みが生じ、暫しの渾沌を挟んだ後、そこに一本の剣が握られていた。
これには鎧の騎士たちも驚いたようで、兜の隙間から覗く目を見開かせていた。
現実を改変して無から有を生み出す、吸血鬼の特性『物質創造』だ。その現象自体は超常的なものだったが、それによって生み出された剣は酷かった。ぼろっちいナマクラである。鎧の集団が腰に提げている騎士剣と比べれば、なおさら粗末に見えた。
だが、これでいい。最悪『物質創造』が不発に終わったとしても、その時はその時でその辺に転がっている棒を拾おうと思っていた。──肝心なのは、これから後である。仮に『物質創造』で『なんでも切れる剣』みたいなトンデモアイテムを作れていたとしても、その後の作戦が失敗に終われば、全て台無しだ。
「来い! 来い、来いッ! 来てくれ!」
ロータローは繰り返す。先ほどよりも強い祈りを込めて。
訝しむ鎧たち。相手は戦いの素人としか思えない子供だが、それでも今しがた異能としか言えない力を見せ、武器を握っている以上、何の対処もしないわけにはいかない。故に、彼らは腰の剣を抜いた。
「大人しく退がれば見逃してやろう。だから──」
最終通告を言いかけた鎧騎士の視界は、一瞬にして上下が逆さまになった。
ロータローが目にも止まらぬ速さで振るった剣により、吹き飛ばされたのだ。剣の進行はそれだけで終わらず、他の鎧たちも次々と餌食になる。重厚な鎧を着た偉丈夫は風に乗る落ち葉のように軽々と宙を舞い、がっしゃあんとけたたましい音を立てて落下した。すぐに起き上がる様子はない。どうやら受けた衝撃で気絶しているようだ。
「っしゃあ! 出た!」
ロータローと騎士たち──両者の力の差は歴然である。
だが、騎士たちと比べる対象がロータローではなく、彼の裡で眠る『存在しないはずの記憶』の剣技だった場合はどうか? それを実践した結果が、この一部始終であった。
これまで確認された前例ではいずれもロータローが剣を握っていた時に『存在しないはずの記憶』が出てきていたので、それを踏まえて『物質創造』で生み出した剣を握り、記憶が励起されやすい状態になっていたものの、この作戦が成功するかどうかは定かではなかった。失敗する可能性の方が高かっただろう。
「失敗したらしたで、その時は頑丈な俺の体を肉壁にして襤褸の女を逃がす時間を稼ぐっていうウルトラCも考えていたけど、そうならずにすんで良かったな」
安堵するロータロー。しかし、その表情から伺える気分はあまり優れていなかった。『存在しないはずの記憶』が発動する時の、脳内に覚えのない情報が流れ込み、体が自分のものではないかのように動く感覚は、何度体験しても慣れないものである。
「うえェッへェ〜……気持ち悪っ」
しかし、今は不快感に頭を痛めている場合ではない。現在、鎧騎士たちは気絶しているものの、いつ目を覚ますか分からないのだ。『存在しないはずの記憶』による優れた剣技が二連続で発動するかは分からない。一刻も早い撤退をすべきだ。
振り返ると、そこにはまだ襤褸の女が地面に倒れたままだった。こちらを見つめている顔には、「ありえない物を見た」と言わんばかりに驚愕の表情が浮かんでいる。
「……ありがとう」
「その言葉はいつかどこかで眼帯の美少年にあった時に言ってくれ。アイツと会ってなかったら、俺はこんなことしていなかったはずだからな。とりあえずここから離れようぜ」
「私なんかに関わって大丈夫なの? 今からでも遅くないし、逃げた方が……」
「ここまでやっておいて、「んじゃ、後はひとりで頑張りな」なんて無責任なことは言えねえよ。最後まで……は無理だけど、ある程度までは付き合ってやるさ」
ロータローは女に向かって手を伸ばした。
「それで、アンタは誰なんだ? どうしてこんな物騒な奴らから追われてるんだよ」
「私はこの国の女王だよ」
「え」
女がロータローの手を掴んで起き上がると、その拍子に彼女が身に纏っていた襤褸がはだける。中から現れたのは、豪奢なドレスで包まれた細身の体だった。
立ち上がった女は姿勢を正して頭を下げると、続けて次のように名乗った。
「私の名はチェーン。新たなる王として、二十年前からこの国を治めているんだ。そんな私を追う彼らは──旧王家の家来だよ」
その言葉だけで、おおよその事態は把握できた。
それと同時にロータローは理解する。
自分がこの国で最大級の面倒事に首を突っ込んでしまったことを。
◆
ところ変わって『彷徨えるシットローズ号』。
「おや? どうしたんすか、クサリちゃん?」
いつもは船のどこかをうろつくかロータローに噛みついているクサリが、柵に寄り掛かって遠くの水平線をじっと見つめている。それを不思議に思ったリルは声を掛けた。返事はない。
脳内にグールじみた食欲しかない彼女と会話が成り立たないのはいつものことだが、こんな風に黙って一点を見つめ続けているのは珍しかった。
「血が騒いでいるんじゃないかい?」 すぐ傍で船の点検を主導していたサスライが言う。
「血が騒ぐ?」
「航海士としての血だよ。いくらコイツが人食いしか考えていないパァになったからって、航海士だった生前の経験が綺麗さっぱり無くなったってわけじゃあないだろ」
それに、クサリのような本能で動くタイプが何か不可解な行動をしているとき、そこには何かがあるはずだ。そう考えながら、サスライはクサリが見つめる方向に目を向ける。
視覚だけでなく、触覚にも意識を集中する。風は普段よりやや強く、肌に張り付きそうなほどに空気中の湿度が高い。それらの情報から予想されることは──
「……こりゃ、嵐が来るね」
「嵐っすか。急っすねえ」
「変化の激しい海の天気ではそう珍しいことじゃないさ──いつもならこう言っているだろうけど、今回は違うね」
長い間、航海を続けてきたサスライの経験則に照らせば、この嵐の出現はいくらなんでも急すぎる。さっきまで感じられなかった予兆が急にポンと現れたのだ。完全なる異常事態だった。
これではまるで。
何らかの意思や力によって嵐が生み出され、この島に引き寄せられているみたいではないか。
「…………」
サスライは嫌な予感に眉根を寄せ、現在『シットローズ号』で行われている様々な作業を速める算段を立てた。




