82「射し照らすフォトンブック」
アヴァロン。
少年の名乗りを聞いたロータローは、その名前に引っ掛かりを感じた。以前どこかで同じ名前を聞いたことがあるような、ないような?
うーん……、……………………、ああ、そうだ。
サスライが話していた勇者一行に登場した名前だ。
具体的にどんな人物かまでは語られなかったのでよく知らないが、たしか『ティルナ』という名前と並んで出ていた気がする。
まさか目の前にいる彼こそが、伝説の勇者一行の一員だったりするのだろうか?
……いや待て。
早合点はよくない。先の物取りたちとの一件では、それが原因で痛い目を見たばかりじゃあないか。
よく観察するまでもなく、外見から伺えるアヴァロン少年の年齢は確実に二十歳以下である。もし彼が二十年以上前に活動していた勇者一行のメンバーだったら、年齢的に辻褄が合わない。
とはいえ、すごい若作りをしているという可能性もあるので、
「あのー、ちなみに年齢を訊いても?」
「十六だけど」
「若っ⁉」
それはそれで驚きの情報だ。自分より年下の子どもに助けられたという事実を知り、ロータローは情けない気持ちで一杯になった。
ともあれ、十六歳なら勇者一行の活動時期どころか、二十年の『大いなる死』の頃にすら生まれていないのは確実である。目の前にいるアヴァロンと、サスライの話にあったアヴァロンが別人なのは明らかだった。
……ということは単なる同名か? アヴァロンは伝説の勇者のパーティの一員なんだし、それにあやかった名前を付けようとする親はいなくもないだろう。ロータローが住んでいた地球でも、有名な偉人を由来に持つ名前というのは、とりたてて特異なネーミングではなかったし。
そう結論付けて納得するロータローだが、そんな彼に対してアヴァロンは、
「君はこの路地の住人ってわけじゃあなく、ただ地理に疎くて迷い込んだだけのように見えるけど……ひょっとして、君も旅人なのかい?」
「ああ。と言っても、漂流船に荷物として乗せてもらっているようなもんなんだけどな」
「やっぱりそうか。じゃあ、この国が今どういう事情を抱えているかも知らないんだね?」
「事情?」
突然の問いかけに首を捻るロータロー。
異国どころか異世界にすら疎いロータローは、国の事情と言われても全然知らない。そもそも、彼が街を歩いていたのは、国の文化や歴史を見つめる観光ではなく、町中にある文字を読み解いて己の成長を実感することが目的だったのだ。
「さっき歩いていた大通りの雰囲気からして、そこまで深刻な問題を抱えているようには見えなかったけどなあ。少なくとも内戦の真っただ中ってことはないだろ」
「表向きはね。──この国では今、ある問題が起きつつあるんだ」
内戦ならぬ内政の問題だよ、とアヴァロンと語る。
内政──それを聞いてロータローが思い浮かべるのは、チェレン王国の真ん中に立つ大きな城だ。
「かつて、この国は魔王との大戦下にあっても、他の地域と比べて平和を保てていた。ところが、二十年前に起きた『大いなる死』が切欠で、酷い混乱に陥ってしまってね。きっと普段平和だった分、慣れない災害に国民がパニックを起こしたんだろう。暴動に恐慌と、酷い有様だったらしい。その状況に命の危機を感じた当時の王家は、国民を置いて海外に逃亡したんだ」
「なんだそりゃ。王様の風上にも置けねえな」
組織のトップが消えるなんて、頭に突然袋を被せられて、視界が真っ暗になるようなものだ。混乱が起きるのは必至。ましてや、かつてのチェレン王国にそれが起きたのは、元からパニックが起きていた最中だったというのだから、酷い話である。
ロータローの感想に同意するように、アヴァロンは頷き、
「国の運営は僅かに残った権力者や知識人たちによって行われていたけど、そのままだといずれ決定的な崩壊が起きるのは明白だった。だから据える必要があったんだ。消えた王家の代わりに国を導き、国民たちの信頼を集める、新たなトップをね。そして幸いにもそれはすぐに見つかった」
「あ、そりゃそうか。じゃなきゃ、今頃こんな国になってないよな。……それにしても新しい王なんて、よくすぐに見つかったよな。半端なヤツだったら国の混乱を助長するだけだし、正統な後継者になれそうな奴はみーんな海外に逃げたんだろ?」
「それがひとりだけいたんだよ。正統ではないけど、王家の後を継ぐ資格を持つ者がね」
「?」
ロータローは最初、アヴァロンが言っている意味が分からなかったが、何秒か経って「あ」と気付いた。
「まさか、王様の隠し子とか……?」
「王と使用人の間に出来ていた女の子だそうだ。王家の血を引いていたけど冷遇されていたようで、新たな王として擁立されるまでは、城に這入ったこともなかったらしい。当然、王家の国外逃亡にも連れて行かれていなかった」
「ほんとロクでもねえな、先代王」
不義の子から王様になるなんて、まるでシンデレラストーリーみたいだが、そうして治めることになった国がめちゃくちゃのむちゃくちゃになっていたというのは同情を禁じ得ない。実質的には、損な役回りを押し付けられているようなものだ。よくもそんな状態から、今のような国を作り上げられたものだと感心する。
「こうして新王家による統治が始まってから二十年が経ち、チェレン王国は無事立ち直ることができた。さっきの野盗みたいに美しくない暗部はまだあるけど、一般市民が暮らす範囲では平和な国だと言えるだろう」
そこで一呼吸間を置くと、アヴァロンは「だけどね」と続けた。
「数か月前に帰って来たんだよ。旧王家が」
「ははーん、話が読めてきたぜ。帰って来た旧王家が「正統なる王権は我らに有り」とでも主張して、新王家と対立。とはいえ、国土内で実際にドンパチやるわけにもいかねえから、今の所はにらみ合いの状態が続いている。──うわ! ドロッドロな状況だな!」
かつて通っていた高校で受けた世界史の授業で、長い人類史においてこういう出来事は何度かあったと学んだが、まさか異世界でも実際にこういうことが起きているとは。どうせならもっとファンタジーで夢のあるイベントが起きていて欲しかったものである。
「でもよお、自分たちを放って出て行った奴らが帰ってきたところで、国民たちは受け入れないだろ」
「ところがそうもいかない理由がふたつあってね」
アヴァロンはピースサインを作るように指を二本立てた。
「ひとつ。旧王家は海上憲兵も一緒に連れてきたんだ。王家間の話し合いの仲介役としてね」
「げ。ってことはこの島にも海上憲兵が……?」
「おや、どうかしたかい? 顔が美しいオーシャンブルーにようになっているけど」
「い、いや、なんでも……。ちょっと恐ろしいショタっ子を連想しちまっただけだ」
あの相対するだけで空が落ちてきそうに感じた威圧感は、思い出すだけで心臓に悪い。まあ、まさか、この島に占星術師や配達員、アトランティスがいることはないと思うが……。
「とはいえなるほど、海の秩序を謳う大組織を味方に引っ張ってきたのか。……でもよお、それでもまだ、新王家の方に分があるんじゃねえか?」
「そこでふたつ目の理由だよ」
アヴァロンは淀みのない声で、滑らかに語った。
「旧王家はかつて海外に逃げた際に王権の象徴と言える国宝を持ち出していたんだけど、二十年経った今もそれを所持していたんだ」
王権の象徴と言える国宝。
それは、魔王との大戦下にあっても、あらゆる災厄を打ち破った至高の聖剣。
絶対なる武力として、『大いなる死』が発生する時まで国を守り続けてきた兵器。
未だ多くの人々の心に焼き付いて離れない、希望の象徴。
その名を『射し照らすフォトンブック』と言う。




