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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第四章 女王のお願いと希望の光
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80「チェレン王国」

 『彷徨えるシットローズ号』が漂着したのは、『チェレン王国』という大きな島だった。

 街は賑やかで人の行き来が激しく、活気に溢れている。この様子だと町中に旅人が何人か紛れていたところで、そこまで目立つことはあるまい。

 いつも通りに買い物を任されたロータローは、買い出し班と共に出かけた。買い物自体は何事も無く終わったものの(メェケンの時のようなハプニングがそう何度もあってはたまったものではない)、それですぐに出発になるかと言うと、そうでもない。船の整備や船員たちの休息のために、暫く停泊し続ける必要があった。

 ということで彼は、持て余す暇の解消、兼、読み書きの成果の確認のために、街へ再び戻って来ていた。


「読める、読めるぞ!」


 あちこちに目を向けながら、まるで某天空の城の大佐みたいに興奮するロータロー。

 これまで訪れた島では、町中の看板や掲示を見ても何が書かれているのかちんぷんかんぷんだったが、文字をいくつか学んだ今となっては、意味が理解できる文字がところどころに散見された。こうして学習の成果をしっかりと体験できるというのは、中々に気持ちの良いものである。とはいっても、解読可能な文字の割合はまだ三割に届くかどうか、くらいだが。


「ツーテルクトップには感謝しないといけないな。……あとキロリッターにも」


 いつも血をあげている後者はともかく、前者には何か礼をしないといけないな。何が喜ばれるだろう? やっぱり本かな? この国に本屋はあるのだろうか。あったとして、そこで売られている本の金額が『シットローズ号』での日々の雑用や船員たちとのカードゲームで手に入れているちっぽけなポケットマネーで賄えるものなのかは分からないが。……いや、そもそも、ツーテルクトップの部屋にあれ以上本を増やしても大丈夫なのかについては、慎重な議論が必要とされるのかもしれない。

 とりあえず本屋っぽいものを探しながら歩いてみよう。

 そう考えながら注目する対象を文字から建物へと変更する。

 そうするとやはり、いちばん目が向くのは、通りに並ぶ建物の向こうにある大きな城だった。

 『チェレン王国』というくらいだし、そこを支配する王家的な権力者がいるのだろう。日本生まれの庶民であるロータローにとっては遠い存在だ。


「やっぱお城と言えば、お姫様もいるのかね。これが王道ファンタジーだったら、なんやかんやでピンチになっているお姫様の前に俺が颯爽と現れて、かっこよく解決するってのがよくあるパターンだが……ま、実際はそんなことねーよな」


 異世界に来てから、一ヶ月以上が過ぎた。その月日はロータローを夢見がちな思春期からほんのちょっぴり大人にしてしまうのには十分な時間だったらしい。悲しい成長だった。

 何となく悲しい気持ちになりながら歩き続け、周囲から人気が無くなったことを知り、ふと気付く。

 いつの間にか、大通りを外れて細い路地に迷い込んでしまったらしい。


 ロータローは異文化の文字に慣れつつある最中だが、異国の地理に慣れたわけではない。元は外を出歩かない元引きこもりだったのだからなおさらだ。あるいは元引きこもりの特有の人混み回避スキルがいつの間にか発動してしまい、この場に引き寄せられてしまったのかもしれない。

 路地裏は活気のあった大通りとは対照的に薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。闇の中で生きる種族である半吸血鬼ヴァンパイア・ハーフのロータローにとってはむしろこっちの空気の方が肌に合うのかもしれないが、あまり長居はしたくない。体内に備わっているセンサーは面倒事の気配を察知し、警報を鳴らしていた。


「ここは大人しくUターンするに限るぜ」


 即断し、元来た道を戻ろうとする。だが、その行動は阻まれた。理由は目の前に立つ影にある。

 何人かの男たちが道を塞ぐように立っていた。

 こちらを値踏みするような卑しい視線。薄汚れた格好で飾られている肉体はとびきり老けているわけではないが、若いわけでもなく、有り余っている活力を暴力的な方面に活用したがる年頃に見えた。表の大通りで大手を振って歩けそうにはない輩ばかりだ。『盗人』『強盗』『暴漢』……そんな物騒な文字が、ロータローの脳内で踊る。


「オイオイ、いくらなんでもさっきの発言を回収するには早すぎるだろ。しかも、この構図だとお姫様ポジションは俺になるじゃねーか」


「なに言ってんだオマエ?」


 集団の中のひとりが言った。彼の手にはナイフが握られている。否、彼だけではなく、他の男たちもそれぞれ武器のようなものを握っていた。ただ手慰みのために握っている、というわけではあるまい。『これで痛い目に遭いたくなければ、大人しく言うことを聞け』という言外の威嚇として見せびらかしているのだ。

 なるほど。たしかにこれだけの人数の武装集団を相手に立ち向かいのは愚の骨頂である。命以外なら何でも差し出し、「三回回ってワンと言え」と言われれば大人しく従うのが、最も賢明な判断だ。異世界に来てばかりの頃のロータローだったら、迷わずそうしていただろう。

 しかし──今の彼は違う。


「へへっ」


 つい、笑いが零れる。

 思い返せば、これまで色んな敵と遭遇したものだ。

 触れた相手を吹き飛ばす腕鳴らしや水流を操る狂信者。イカれたマッドサイエンティストに堕天使を率いる鉄人。

 どれもこれもがロータローが住んでいた地球では伝説やファンタジーとして語られる怪物ばかりだった。

 そんな彼らと比べて、今目の前にいる物取りたちのなんとちっぽけなことか。まるで、獰猛に肉を食い散らかすライオンを見た後で小さな赤ちゃん猫を見ているような気分になる。


「それに、マリィからの剣術指南は今もちょくちょく受けてるんだぜ。そんな俺なら、天使の寵愛を受けてなさそうなチンピラ程度には勝てるかもしれねえ。おっ、そう考えるとなんだかいける気がしてきたぞ⁉」


「普通この人数差で調子に乗るか? 頭おかしいんじゃねーの、お前?」


 ナイフの男が嘲笑混じりの侮蔑を言い切るのと同時に、ロータローは飛び掛かった。

 ここは先手必勝! 集団内での立ち位置的に、ナイフの男がリーダー格と見て間違いあるまい。こいつを叩けば集団の士気は一気に弱まり、数の差を覆すことは十分に可の──さくっ。


「あうぇっ?」


 ロータローの腹にナイフが刺さった。あっさりと。さっくりと。

 そこには何のトリックもない。天使の力もマジックの仕掛けも存在しない、ただの刺突。

 読み書きの成功体験と異世界での経験で浮かれポンチになっていたロータローが、暴力の世界で生きる物取りに挑んで返り討ちにあった。それだけの単純な、なんの面白みもない結末だった。


「大人しく金目の物を置いてけば見逃してやったのによ~。ったく、余計な手間ァかけさせやがって、ボケが」


 男は悪態と共に、前蹴りを放った。

 それを正面から受けてしまったロータローはふらふらと後退し、仰向けに躓いてしまう。立ったままでいようにも、足に力が入らなかった。

 腹部から鋭い痛みが走り、喉から絶叫として飛び出す。それもつかの間のことで、すぐに角材のようなものが、ロータローの口を塞ぐように叩きつけられた。この世界に野球の概念があったらバッターとしてやっていけそうなくらいのクリーンヒットだった。


「えっ……ちょ、待っ……!」


「待つわけねーだろ!」


 追撃はそれだけでは終わらず、次々と降り注ぐ。

 あ、ヤバイ終わったかも。いや、半吸血鬼ヴァンパイア・ハーフだし、死んで終わりなんてことはないか。じゃあ、アイツらが飽きるまでボコられ続けるだけ……ってそれはそれで深刻な問題だ! そもそも、相手は路地に迷い込んだ一般人の身ぐるみを剥がそうとする無法者である。その一般人が実は死なずの半吸血鬼ヴァンパイア・ハーフだと知れば、どんな反応をするかは……考えたくもない。何がおきたとしても、「へー、殺しても死なないのか。じゃあ痛めつけるのは無意味だし、やめておくか!」なんてことにだけはならないだろう。

 ああ、こんなことなら、船で大人しくしておけばよかった。後悔するロータロー。


「美しくない」


 路地裏の空気を切り裂くようにして響く声があった。

 それを聞いてイメージするのは──抜き身の剣。

 観賞用ではなく、戦地にて敵を斬る、人殺しの刃。

 冷たく凛とした声は、相手に尋常ではない存在感のみを伝え、無視を不可能にしていた。

 暴漢たちの視線は、路地の一か所へと集められる。そこにはひとりの少年が立っていた。


 美しい少年だった。

 どれだけ高名な画家がその生涯を費やしたとしても絵で再現できないほどに整った目鼻立ちはもちろんのこと、銀色の頭髪は薄暗い路地の中にあっても目立ち、こちらを真っ直ぐに見つめる瞳は燃え上がる炎のように赤く、これら全てが宝石のように光り輝いている。

 美を尊ぶ心を持つ者が見れば、一目で絶頂するほどの多幸感を味わい、同時に少年の右目を覆い隠す眼帯の存在を恨めしく思うだろう。──そう。少年は眼帯を装着している。それだけが、彼の完成された美しさに異物として紛れ込んでいた。

 見た目から伺える年齢はロータローと比べてさほど変わらない。少なくとも、二十歳は絶対に超えていないはずだ。だというのに、歴戦の覇者にのみ許される圧倒的な威圧感を放っているのだから、何とも不思議な少年だった。


「君たちの間にどんな事情があるのかは知らないけど、それ以上の乱暴は美しくない。止めさせてもらうよ」


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