76「そして幽霊船の物語は進む」
場所は変わらず『シットローズ号』の船尾付近にあるキロリッターの客室。そこにある唯一の椅子にはキロリッターが、ベッドにはロータローが腰掛けており、サスライはロータローの横に並ぶようにして座っていた。
「そういやアンタ、『大いなる死』は知らなさそうだったけど、エデンの名は知っていたね。何でだい?」
「前に俺が『大陸』って言ったらお前が笑っただろ? 後でそのことを不思議に思ってさ、キロリッターに聞いたんだよ」
「ああ、なるほど。じゃあそこら辺の説明はする必要がないね」
それから一呼吸置いて、サスライは話し始めた。
こどもに昔話を聞かせるような口調だった。
「知っているなら言うまでもないのかもしれないが、エデンは勇者である以前に強い剣士だった。アイツの一太刀で魔獣は吹き飛び、一動で魔物は倒れ伏し、一言で魔人は恐怖する。世界を脅かしていた魔王軍を相手に、たったひとりで戦えそうなくらい強かったのさ。……と言うと、アイツがひとりで戦っていたのかと思うかもしれないが、そうじゃあない。いくつもの天使がエデンを愛していたし、人間やその他の種族にも協力者は大勢いた。その中で何人か、アイツの旅に付いて行った奴らがいる。それが『勇者一行』さ」
「『勇者一行』……」
ロータローは復唱した。
聞き覚えの無い単語だが、勇者の名を持つ以上はその名に恥じぬ集団なのだろう。エデンに並ぶ猛者が集まっていたに違いない。
しかし、サスライはその推測を否定する。
「実際はそんなに大した奴らじゃあなかったよ。ティルナ……あとアヴァロンあたりは例外かもしれないが、それ以外のメンツはどこにでもいそうな凡人ばかりだったさ。あれじゃ、『勇者一行』よりも、『勇者エデンとそのファン一同』って名前の方が適切なのかもしれないね」
そう話すサスライは、昔のことを思い出すように懐かし気な雰囲気を漂わせていた。
それもそのはず。
何せ、彼女はよく知っているのだ。
エデンを、勇者一行を。
「だって、アタシも勇者一行のひとりだったからね。『シャングリラ』。それがアタシのかつての名前だ」
「じゃあ、お前をその名前で呼んでいたザナドゥやアトランティスも……?」
「同じく勇者一行のメンバーさ。もっとも、あの頃のザナドゥはあんな合成獣みたいな体になっていなかったし、アトランティスは海上憲兵なんていう馬鹿でかい組織のリーダーじゃあなかったけどね。……やれやれ、二十年という時間は、人をあそこまで変えるものなのかねえ」
サスライは呆れたように言った後、『というわけで』と続けた。
「ザナドゥはエデンの関係者だったのさ。おまけにアイツは、エデンに対して人一倍強い執着を抱いていたからね……だから」
「だから?」
「……死に際になって、エデンの幻覚を見てもおかしくない」
そんな状態では、たまたま近くにいたロータローに向かって『魂の部分で何かと混ざっている』なんていう訳の分からない譫言を吐くこともあるだろう。
以上がサスライが考えるザナドゥの遺言の解釈だ。
なるほど。
ザナドゥが最後に呟いた台詞が、流した涙が、子供のような死に顔が、全て狂気によるものだったというわけか。
話の筋は通っている。
しかしロータローは、サスライのその推理にどうしても納得できなかった。
「俺ってさ、たまにある記憶を思い出すことがあるんだ。誰かが剣を持って戦っていて、そいつがとても強いって内容の記憶。……だけど、その誰かは俺じゃあない。記憶の中のそいつが握った剣も、戦った相手も、駆け抜けた戦場も、俺にとっては未知のものばかりだったんだよ。つまり、これは存在しないはずの記憶なんだ」
「あ、それってこの前アタシに相談したやつ?」
反応したキロリッターに向かって、ロータローは「そう、それ」と返す。
「初めて見た時は疑問に思っていた記憶だけど、ザナドゥの遺言を聞いて思ったんだ。『もしかして俺が見た記憶は、俺の魂と混ざっているとかいう誰かのものなんじゃないか?』ってな」
「それがエデンだと?」
サスライからの問いにロータローは首を縦に振った。
彼女は顎に手を当てて、暫く考えると呆れたように溜息を吐いた。
「二十年前に、追い詰められた魔王のバカが発動した『大いなる死』で大陸の殆どが冥府に沈んだ。その中心には当然、ヤツと対峙していたアタシら勇者一行がいた。エデンの機転のおかげでアタシらは何とか助かることが出来たが、アイツだけは逃げられずに冥府へと落ちて行った。アイツの肉体と魂を含めた全てがあの世に行っちまったんだ」
つまり。
「混ざる混ざらない以前に、そもそもエデンの魂はこの世に残っていないんだよ」
だから、ザナドゥが言った『魂の部分でロータローと混ざっている何か』は断じてエデンではない──と、サスライは強く否定した。
「たしかに、剣を碌に振るったことがなさそうなお前が、そんな記憶を持っていることは不思議だけどねえ……だからと言ってザナドゥの譫言を真に受けて、それと結びつけることはないだろ。たぶん他に理由があるはずさ」
「たとえば?」
「思春期の拗らせた妄想とか?」
「存在しない記憶が湧いてきただけならその仮説で納得するけどよお……実際に記憶の内容通りに体が動いたんだぜ? それはどう説明するんだよ」
「今のアンタは半端とは言え常人を越えた吸血鬼の体をしているんだ。だったら妄想通りの動きが出来たっておかしくないだろ」
適当な言い方だ。
納得のいく解を出すというよりも、ロータローが立てた仮説を否定するために話しているんじゃあないかと思えるくらいである。
「ま、それで何か困っているワケじゃあないんだし、深く考える必要はないと思うけどね。むしろ、凄腕の剣を使えるなんて大助かりじゃあないか」
「そりゃたしかにそうだけど……自分の体の問題だぜ? いくら害がないとは言っても、覚えのない記憶がしょっちゅう湧いて来るのは気になるよ」
そう言いながら、ロータローは助けを求めるようにキロリッターを見た。
「お前からもなんか言ってくれよ。この前は俺と一緒に考えてくれただろ? それにお前にとっても、自分の持ち物が記憶に問題を抱えているなんて、気になることじゃねえのか?」
「いや、別に? この前は『これで分からないなんて言ったらロータローに馬鹿にされるかもしれない』という一心で頭を悩ませていたけど、今のサスライの話で答えっぽいのは出たもの。それに私は血が美味しければ、それが男だろうと女だろうと老人だろうと子どもだろうと存在しない記憶に悩まされていようと気にしないし」
「しまった、コイツただの食欲旺盛なバカ舌だった!」
「なっ⁉ バ、ばばばばばバカ舌ですって⁉ そこは『食材には一切の差別をしない、性格も出来ている完璧超吸血鬼』って言いなさいよ!」
「性格の出来た奴は自慢話をしょっちゅうしねえよ!」
……結局、納得いく答えは得られなかった。
だが、新しく知った情報は色々とあるし、サスライの言う通り、現状は『存在しないはずの記憶』の所為で何か困ったことが起きたわけではない。
この世界で漂流していれば、そのうち納得のいく答えに出会える日が来るだろう。気の遠くなる話だが、時間だけは十分ある。今の自分は不死身の半吸血鬼だし、同じ船に乗るのは時の流れとは無縁なアンデッドばかりなのだから。
『おかわりよ! 訂正と謝罪とおかわりを要求するわ! どうしても嫌ならおかわりだけでも可!』と叫ぶキロリッターの声を聞きながら、ロータローはそうまとめる。
こうして幽霊船の物語は進んでいくのであった。




