73「あちらこちらの後日談」
サスライたちが乗る『スカイマントル号』が去った後、占星術師は悔しがった。子供らしい見た目相応の動作で地団駄を踏み、甲板を鳴らす。頭を覆うブーケが上下に揺れていた。
「アトランティスさん、どうしてボクの戦闘を許可してくれなかったのさ★ そしたら今頃……★」
「今頃? 今頃どうなっていたと言うつもりだ?」
「え、ええと……アイツらが逃げた方向をまとめて吹き飛ばすとか……★」
「かつては我が同胞である最強の狙撃手ことティルナに寵愛を与えていたお前がそう言うのだ。それが決して大言壮語では無いことは十分に理解している。だが、船団が密集している状況では、そんな大規模な被害が出る戦闘の許可など出せるわけがないだろう」
「う、うぐぐ……★」
占星術師は何も言い返せず、唇を噛んだ。
慕っている上司からたしなめられたことにより、落ち込んでいる。瞳の中の十字の光が、どことなく暗くなっているように見えた。
「……別に、だからと言ってお前が役立たずだと言いたいわけじゃあないさ。この場を探り当てた星見は大いに助かったし、これから先の戦いにおいて、お前の力を借りなければいけない機会は必ずや来るだろう」
「そ、そうかな★」
「そうだとも」
「そうなんだ★ ……ふうん★ ……へえ★ ……えへへへ☆」
占星術師は自分が頼りにされていることを再確認した途端に頬を緩ませ、照れ臭そうに頭を掻いた。機嫌が分かりやすすぎる少年である。
「じゃ、じゃあアトランティスさんの期待を一身に背負っているボクは、早速次の仕事に取り掛かろっと☆ 『シットローズ号』の奴らが何処に逃げたか探そうかな☆ 逃走直後の今なら、まだ星見の精度は高いと思うし☆」
「いや、それよりもまずはヤツの探索を優先してほしい」
「ヤツって……ああ、躰天使から寵愛を受けている女ね☆」
メェケンはロータローたちが去った後も海上憲兵たちを相手に大立ち回りを演じていた。
『肉体破壊』で触れるものすべてを吹き飛ばし、受けた傷を『肉体再生』で元通りにするという、まるで永久機関を内蔵した殺戮マシーンのような暴れぶりだった。
とはいえ、その場にいる海上憲兵はただやられる為に存在する人形ではない。
彼らはこの世界における最高の軍隊なのだ。
中には卓越した戦闘技術を持つ者や、伝説の魔剣である『アヴァロンの剣』を持つ者、何らかの天使の寵愛を受けている者がいるのである。
だが、そんな精鋭たちが駆け付けた頃には、メェケンは消えていた。いや、彼女だけではない。船に備え付けられていた小型のボートも同様に、無くなっていた。
周囲が混乱している最中に目立たないボートに乗り、こっそりと逃げ出した……というのは無理のある推理ではないだろう。
おまけにメェケンは『肉体美化』という、己の姿形に干渉できる寵愛も持っているのである。それを利用すれば、自分の顔を全く別のものに変えて人目を盗んだ行動をすることだって不可能ではないだろう。
というわけで、メェケンは見事海上憲兵の包囲網から逃げおおせてみせたのだ。爆発するかのように暴れ、風のように去るという、台風のような女だった。
「へえ、意外だね☆ ずっと探していたシャングリラより、あの三下の追跡を優先するなんて☆」
「これまでやってきたという数々の悪行、および先ほどの乱闘の様子から鑑みるに、彼女は世間に放ってはいけない部類の人間だ」
とはいえ、そんな悪人でも一応は元大佐だ
追われる身となった今でも、憲兵の名を騙れるくらいには海上憲兵の事情をよく知っているのである。
「そんな彼女が海上憲兵の戦艦に備え 付けられていたボートに乗り、流れ着いた先で残虐の限りを尽くせば、どうなると思う?」
「……ボクたちの印象が下がるかもしれないね☆」
「そうなれば、海上憲兵による世界全体の新秩序の形成に大きな支障を来たしかねない。故に、彼女の捕獲は何よりも優先すべきなのだ」
アトランティスがそう説くと、占星術師は納得し、さっそくメェケンの逃げた先を星見する準備に取り掛かりに行った。
それと入れ替わりになるようにして、配達員が現れた。ワープではなく、徒歩で甲板を歩いての登場である。その顔は相変わらず無表情で固まっているが、暗いオーラを漂わせている。
「申し訳ありません、総帥。逃がすどころか、反撃を受けて輪に深手を負ってしまうなんて……あの弾丸は天使の力に干渉するものでした。『シットローズ号』の面々の中にひとり、堕天使らしき者がいたので、おそらくヤツが制作に関与した武器なのでしょう」
「天使の輪に傷を付ける弾丸など、オレにとっても予想外の要素だったんだ。気に病むことはない。本部に戻る頃には『調律師』の調整が完了しているだろうから、入れ替わりに治療を受けるといい」
「お心遣いありがとうございます。この配達員、総帥の期待に応えられるよう、一刻でも早く快復してみせましょう」
配達員は身に余る光栄への感動を隠し切れずに体を震わせながた。
絶頂するかのような情動から現実に戻ると、彼は「それと報告があるのですが」と言いつつ、視線をアトランティスから外し、海面に向けた。そこには巨大潜水艦『進み行くフールブック号』が浮かんでいる。出入り口は解放されており、人影が出入りしていた。
「まだ隅々まで完全な調査をしたわけではありませんが、憲兵たちからの報告です。あの船の中は大規模な研究所になっているようですね」
「研究所、か」
「はい。施設内の様子からして人体実験をしていたようでして……艦内にいた研究員を尋問したところ、ザナドゥという生物学者の主導の元、『異種交配』の研究をしていたことが分かりました」
悍ましい研究内容を聞いても、アトランティスは眉ひとつ動かさず、説明の続きを促すだけだった。
「何らかの天使の手が介入していないのが不思議になるくらいに非常識な実験がされていたらしいです。実験体としては、主に世界各地から拉致されてきた人々を使っていたようですね。中には海上憲兵の者も何人か確認されました。仮にこの組織力と技術力を『異種交配』の研究ではなく、もっと別の方面で活用していれば、いずれは我が軍に匹敵する軍事力を手に入れていたのかもしれません。……これ以上の情報は、調査の進行待ちになりますね」
「そうか。では、引き続き頼む」
配達員は恭しく頭を下げ、その場を去った。
アトランティスはひとり、甲板に佇む。
眼下に浮かぶ『進み行くフールブック号』を見た。
それはひとりの男の理想の跡。
救世の物語が再演されていた舞台だ。
そこの主はもういない。
残されたのは彼の部下と研究の残骸のみである。それらが海上憲兵の手に渡った今、然るべき処置がされるのだろう。
「…………」
潮風が肌を撫でる。アトランティスは無言のままだ。
その沈黙に込められた想いは、果たして。
◆
「ふぃ~! 助かったア~ッ!」
『フールブック号』から遠く離れた海の何処か。
メェケンはボートの上で波に揺られていた。
先ほど戦艦で狂戦士じみた乱闘をした彼女だが、あれから時間が経ち、薬の効果が切れた今、体力は殆ど残っていない。
四肢を放り出してぐったりと横になっている。
しかし、その美貌には歓喜の表情が濃く表れていた。
「本部の精鋭たちがこっちに向かって来た時は死ぬかと思ったけど、間一髪逃げられて助かったよ。やっぱ、最後に笑うのは私なんだよね! くっふっふふふふふふ!」
憎たらしい笑い声を上げるメェケン。周囲一帯を水で囲まれた大海原のど真ん中では、彼女の声を聞く者はいない。
「もう海上憲兵に戻れないどころか、お尋ね者になっていたっていうのは、かなりショッキングなニュースだけど、そもそも私があそこにいた理由って『正しい組織に所属していれば、どんな行為も許されるから』だけだもんね。身分の檻から解き放たれた今こそ、私のセカンドライフが始まるんだよん! このまま海賊に、いや、海賊の王サマになってみるのもいいかもしれないなア~ッ!」
と、丁度そのタイミングでボートの進行方向にある水平線の上に、小さな影が出てきた。島だ。
「おっ、発見~。さっそくサクッと侵略しちゃお! くっふっふっふっふっふっふっふ! とはいえ、まだ体力に不安があるし……まずは沈没船から命からがら逃げた漂流者のフリをして、保護してもらおうかな」
メェケンがロータローから借りた服は船乗り風のものなので、彼女が計画している演技にある程度の説得力を与えるだろう。
「で、元気いっぱいになったら適当に暴れまわって、島を制圧しちゃおう! か、完璧な作戦すぎて自分が怖くなってきた……!」
希望溢れる未来に向かってレッツゴーするメェケンだった。




