67「偽りの理想郷」
サスライは何回かのバウンドを挟みながら通路の向こう側に吹っ飛んで行った。
「起き上がらないことを推奨しますな。これ以上貴方を傷つけるのは本意ではないのですな」
ザナドゥは床に倒れているサスライへと近づいていく。勝利を確信した者にしかやれない、余裕のある足取りだ。
事実、ザナドゥの勝利は確定しているようなものである。棍棒のような一撃を食らったサスライは、額が割れ、片方だけの視界が黒く濁っていた。戦闘不能になってもおかしくない傷だ……サスライが普通の人間ならば、の話だが。
ドン! という音が、通路に響き渡る。倒れ伏していたサスライが床を殴った音だった。
安静を勧めるザナドゥの言葉に真っ向から反抗するような行動をした彼女は、そのままゆっくりと起き上がる。足元が覚束ない。殴られたショックで平衡感覚を失っているのだろうか。
復活したてのゾンビじみた挙動を目にしたザナドゥは、
「おお……素晴らしい! 流石は”不死鳥”のシャングリラ! かつての勇者一行を支えた貴方は、今も健在ということですかな!」
と言って、感動に身を震わせた。
「そのタフネスに敬意を表し、今一度勧誘させてもらいましょう。共に世界を救いませんかな?」
「二十年前のアタシが聞けばころりと落ちそうな誘い文句だねえ。今となっては反吐しか出ないが」
「どうしてそこまで拒絶するのです? 貴方とわたくし、元勇者一行のふたりが揃えば、そこに不可能なんて……」
「それだ」
シャングリラはふらついた手でザナドゥを指さした。
「世界を救うなんて言っておきながら、なんでアタシみたいな研究の『け』の字も知らない奴に執着するのさ。あんたに本気でエデンの後を継ぐ気があるのなら、アタシ以上にもっと適当な人材がいるはずだろう?」
「それは……」
「答えなくていい。とっくに分かり切っているからね」
ザナドゥの返答を待たず、サスライは語る。
「アンタが目指しているのは、『世界の救済』そのものじゃあなく、その過程なんだろう? 仲間を集めて、同じ目標に向かって進んで行き、正義を胸に尽力する。そこにかつての同胞であるアタシが加われば最高だ、ってか? ……ははっ!」
そこで、サスライは笑った。
「ははははっ! はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!」
まるで喜劇を鑑賞している最中のような、面白くて面白くて仕方がないといった感じの笑い方だった。
「はははははっ! なんだいそりゃ! まるでエデンとの日々の焼き直しみたいじゃあないか! 言わばアンタは、大人になってからも子供の頃の輝かしい思い出に縋り付いて、似たようなことをやっているだけの、死ぬほどダセェ奴なのさ! 過去に取りつかれた亡霊だ! なんてみっともないんだろうねえ! はっはっはっはっ!」
笑う。笑う。
艦内に半顔の死人の嘲笑が木霊する。
「同じ霊についていくなら、幽霊船で漂流する方が遥かにマシだね。アンタの自己満足にアタシを巻き込むんじゃあないよ」
「なぜそんなことを言うのです? 今は否定的な意見しか出ないかもしれませんが、これから行動を共にすれば、貴方もきっと分かってくれるはずですな? そういえば、アトランティスも、海上憲兵という組織を作っているらしいと聞きましたな。いつかは彼も誘って、三人で世界の救済を進めましょう! きっと、そこにこそ我々の理想郷が……」
「あるわけねえだろ、そんなもん」
サスライはザナドゥが語る未来を否定した。
「この終わり切った世界に、理想郷なんてどこにもないのさ。未来永劫生まれることもない。もちろん、イカれちまったアンタの心の中にだってね」
「…………」
完全な拒絶を叩きつけられたザナドゥは頭を抱え、
「しゃ」
背中を仰け反らせると、
「シャアアアアアアァアァァァァァァングリラアアアアアアアアアアアアアッ!」
ばね仕掛けのおもちゃみたいに、前に向かって飛び出した。
それと同時に肉体が、これまでで最大の変化を遂げる。
背中から生えた翼から硬質化した羽が飛び、筋肉の塊じみたクラーケンの触手が伸びる。腕の爪は刃物のように鋭くなり、瞳は妖しい光を湛える。
腰から生えた茨じみた触覚が突き入れられ、肩の一部を変成させたパーツには電流が迸っていた。
人が、獣が、魚が、鳥が、魔が、あらゆる命が、洪水のように溢れ出て、通路を埋め尽くし、たったひとりのアンデッド目掛けて殺到する。
もはや軍勢にも喩えられそうな暴威を目にし、サスライはただ『ハネモギ』を構えるだけだった。両手の銃口を正面に向け、照準を真っすぐ合わせる。
「わたくしは……僕はッ、エデンさんに並ぶために人間を超えたんだッ! 人を超えて、全ての命を繋ぎ! 世界を命で満たす為に! そこまでして行う世界救済計画が間違っているなんて、ありえない! ありえないありえないありえないありえないありえな」
「ふん、『人を超えた』ね」
サスライは見下すように、あるいは憐れむように、言う。
「『人でいられなくなった』の間違いだろ。アタシの片方しかない目に映るアンタは、救世主じゃなくて、ただのバケモノにしか見えないよ」
暴風のような喚きが吹きすさぶ中、何故かその台詞は耳にはっきりと届き、ザナドゥは心のどこかを撃ち抜かれたような気がした。
それと同時。
いくつもの障害を掻い潜ってやってきた二発の弾丸が、彼の瞳と心臓を貫いた。




