66「究極生命体」
サスライは一瞬の内にザナドゥとの距離を詰めると、腹を踏みつけるような回し蹴りをした。ザナドゥの体は枯れ木のように細いものの、決して小さくはない。しかし、そんな体は蹴りひとつで軽々と吹き飛ばされ、操縦席の扉を突き破った。サスライの攻撃はそれだけで終わらず、回し蹴りを終えるや否や、小銃を抜き、ザナドゥが飛んで行った方向に向かって、いくつもの弾丸を発射した。
「ひとつ、教えておこうか」
ザナドゥを追って操縦席から出ようとしたサスライの背中に、機関長が声を掛けた。
「そいつから何らかの天使の気配はしない。つまり、寵愛なんてひとつも持っていないってことだ」
元天使が断言している以上、その見解の信憑性は非常に高いだろう。だが、サスライは信じられないことを聞いたような顔をした。
「アイツはこの前、腕をタコみたいな触手に変えていたんだよ? 寵愛を持っていない人間でもそんな芸当ができると言うのかい?」
「難しいと思うけど、不可能ではないだろ」
平然と答える。
「見た所、ここは生物の体を弄る研究所だ。おまけに、かなり高度な設備が整っている。躰天使の息がかかってないのが不思議なくらいだぜ。だったら、自分の体を人間とタコのキメラに改造していても」
おかしくない、と。
機関長がそう続けようとした時。
「人間とタコのキメラ……なるほど」
吹き飛ばされて床に倒れていたザナドゥが起き上がった。
銃弾を浴びた直後だというのにその体には傷ひとつ残っていない。不健康な見た目に反して、頑丈な体である。
彼のだらりと下がった右腕は、瞬く間に骨格を失い、うねり、軟体生物じみた形状へと変化した。『シットローズ号』からロータローを攫う際に見せたものと全く同じ変身だった。
「正解と言えば正解ですな。だが、それで全てではありませぬな」
それと同時に、ザナドゥの体は更なる変化を見せた。
体表を固い何かが覆う。海で生きる女であるサスライは、それが貝類の殻であることがすぐに分かった。ザナドゥの変化は更に続き、肩から羽毛が生え、かと思えば爪が鋭く伸びた、吹き飛ばされた際にはだけた胸元には魚類の鰓じみたスリットが見える。
まるで色んな生物の特徴を切り貼りして作り上げたパッチワークみたいだ。
……いや、『まるで』ではない。
ザナドゥは実際に、自分の体に色んな生物の要素を切り貼りしていたのだ。
「あらゆる生物と交わえるということは、あらゆる生物と繋がれるということ。真の異種交配を可能とする究極の生物がいるとしたら、それはきっと、あらゆる生物の特性を有しているのでしょうな。このわたくしのように。……とはいえ、今の段階でわたくしの体に宿っている生物の数は人種、動物、魔獣をあわせて百と少しほど。これでは改造はまだまだ不完全と言えますな」
「なんだいそりゃ……アンタ、いったいいつの間にそんな面白おかしい体になったのさ」
「『大いなる死』から今までの間にですな」
ザナドゥの瞳が、魔獣の如き野生を感じさせる金色に染まる。
「自分の体すら弄らずに他人の体を弄るなんて、おかしな話でしょう? それに、凡人であるわたくしが、かの勇者が掲げた世界救済の意志を継ごうとするのなら、人間をひとつやふたつは超えなくてはならないのは当然ですからな」
「ふん、イカれてやがる。ひょっとして、改造のついでに頭まで弄ったんじゃないだろうね」
サスライは嫌悪感をたっぷりと込めた声で言った。
「けどまあ、アンタの手品のタネはだいたい分かったさ。三桁に届く数の生物の要素を持つ生命体だぁ? 考えるだけで恐ろしい相手だねえ。かつてのひよっこザナドゥは何処に行ったのやらって感じだよ。おまけに、それに天使の寵愛が全く関わってないのなら、機関長お手製のこの銃はただの銃以上の意味を持たなくなるんだから困ったものだね」
「おい、なんだその言い方は。確かに天使の寵愛を持っていない相手に『ハネモギ』に内蔵されている『堕天機関』は無意味だが、『ハネモギ』は単純に銃としてのクオリティも高いんだぞ。それを指して『ただの銃』とはなんだ。訂正しろ」
背後から機関長の小言が飛んできたが、今は構う暇がないのでスルーする。
サスライは銃口をザナドゥに突き付けると、
「どれだけ究極に至ろうが、理想に届こうが、別に不死身ってわけじゃあないんだろ?」
「ええ、今の所は残念ながら」
「そうか。ということは、撃ち抜けば普通の生物と同じようにぶっ倒れるってことだね。なら安心だ」
発砲音が鳴った。
音速を超えた鉛玉が胸に直撃したザナドゥは上体を僅かに反らす。が、傷を負っていない。見ると、胸元に貝類の殻を作り、即製の防弾チョッキにしていた。おそらく、先ほど銃撃を受けた際も同じようにして身を守っていたのだろう。
一射目はあっけなく防がれた。サスライは続けて引き金を引き、弾幕を形成する。機関長が主張した通り、『ハネモギ』は対天使の機能を差し引いても、単純に銃としてのクオリティが高い。
火力。速射性。携行性。連射性。精密性。耐久性。その全てが揃っているのだ。それにサスライの技術が加わった結果、凄まじい速度での連射を可能としていた。小銃とは思えない。これではまるで機関銃だ。
弾丸は次々と貝の盾を叩く。このままあと一秒もしないうちに罅を刻み、砕くことが出来るだろう。しかし、ザナドゥはそのまま防御に徹するなんてことはせず、脚に力を込めて床を蹴った。人外じみた脚力と跳躍力を持って床を跳び、壁を跳ね、天井を踏み、スーパーボールのような軌道で走る。銃弾を器用に回避しつつ、サスライとの距離を詰めようとした。
「それにしても貴方が射撃をするとは意外ですな! 射撃と言えば、我らが勇者一行の狙撃手、ティルナの専売特許だったのではないですかな? ……いえ、彼女のアレを射撃と表現するのは、やや不適切なのかもしれませんが」
「私も二十年の間で色々と変わったってこと……さッ!」
叫びながら放った弾丸はザナドゥの頬を掠めるだけに終わった。それを見届けたサスライは舌打ちを鳴らすと、転がるようにしてその場から退避した。
直後、ザナドゥが先ほどまでサスライがいた座標に触手と化した腕を叩きつけた。その衝撃で床が大きく凹んだ。どうやら見た目だけでなく、その膂力にも人ならざる因子が含まれているらしい。
腕は触手の次に鉤爪じみた形状へと変わり、ザナドゥはそれを突き入れた。サスライは左手の銃のグリップで横から殴りつけることで鉤爪の軌道を逸らし、カウンターとしてもう片方の銃でこめかみを狙う。この距離だ。避けることは出来ないし、貝殻のプロテクターも精製が間に合っていない。
終わりだ。
確信と共に引き金を絞る。同時にザナドゥの首が明らかに可動域を超えた範囲に曲がった。勝手に首の骨が折れたんじゃないかと思ったくらいだ。そんな動きをしたものだから、こめかみを狙っていた弾丸は何も撃ち抜けずに明後日の方へと飛んで行く。
「スカルペルくんからはなかなか評判が悪かったのですが、こういう場面では役に立つのですな」
ザナドゥは腕の筋肉を膨らませ、表面を硬質化させると、それをサスライに叩きつけた。




