63「神速の剣」
「それがどうしたあああああああああああああああああ!」
スカルペルがいかに己の武器が幽霊にとっての天敵じみた存在であるかを説明した後、ヨルが取った行動は、無傷な方の手で放つパンチだった。予想外の行動にスカルペルは驚いたが、回避をしっかりと成功させる。
「なんだかよく分かんねえけどよお! てめえが長々と喋っていた間に、ジューブン休むことができたぜ!」
「おまえ……まさか、さっきの説明を理解してないのか?」
「はあ? イチからジューまで理解してるに決まってんだろ! まあ、料理なんて全然しない儂にとっては関係ない話だったけどな!」
「料理の話題なんて一度も出ていないんだが」
「ともあれ」
ヨルは立てた人差し指をスカルペルに突きつけ、勝ち気な声で言った。
「どうやらその刀は『儂を斬れる刀』らしいが、だからといって『儂に勝てる刀』ってわけじゃあねーだろうが。なのにどうして勝った気でいるんだよ、てめえはァ! 儂を舐めてるのか? 舐めてるぞ。舐めてるな。舐めてるぜ。ぶち殺すかッ!」
言うが早いか、ヨルの片手が霞み、流星雨じみたラッシュを繰り出す。とても片手だけでおこなっているとは思えない猛攻だ。そのひとつひとつに高威力の『ポルターガイスト』が宿っているというのだから恐ろしい話である。
スカルペルはその全てを躱し、カウンターとして『フラグメント』の剣先を閃かせた。まばたきする間に放たれた斬撃が狙うは腹。幽霊に二度目の死を与えるべく、斬撃が横一文字の軌跡を描きながら滑走する。
ヨルはその場で飛び上がって避けた。超人じみた跳躍力である。その行動をただの回避で終わらせず、彼は脚を上げ、断頭台に備えられたギロチンのように構えた。それを見たスカルペルは踵落としでもするのかと考え、自分の頭を防御するように『フラグメント』を配置する。この刀の刃先に触れれば、触れることの出来ない霊体だろうと、不可視のポルターガイストだろうと切断して無力化出来るのだ。『万物切断』という性質は、極まった攻撃でありながら、極まった防御にもなれるのである。
だが、スカルペルの予想は外れた。ヨルはジャンプで得た位置エネルギーに加え、頭上の天井を殴ることで更に加速し、隕石の如きスピードで落下すると……
「おるああああああああああああァッ!」
床を思いっきり踏みしめた。
着地点周辺に凄まじい振動が発生する。それは武術における震脚のような動作だった。この規模の揺れが発生するのなら、地震と言った方が適切かもしれない。
身ひとつで災害じみた現象を発生させたヨルはすかさず拳を構える。なにせ、床が発作を起こしたかのように暴れているのである。その上に立っている者にとってはたまったものではない。必ず隙が生じるはずだ。現に、スカルペルは衝撃に足下を襲われ、バランスを崩しかけていた。
そこを狙い、ヨルは強力な一撃を喰らわせようとする。しかし、それは空振りに終わった。スカルペルが崩れかけたバランスを敢えて完全に崩して背中で床を舐めるような姿勢になり、拳を回避したからだ。そのまま床を蹴り、床を滑ってヨルから離れる。一瞬後、彼が先ほどまで居た座標に向かってヨルの拳が振り下ろされた。
「とっとっと! あっちゃあ、やっぱこんな動きはすべきじゃないなあ。腰が砕けるかと思ったよ」
起き上がりつつ、へらへらと笑うスカルペル。命をかけた戦闘の真っ最中だというのに、なんとも緊張感のない態度だ。
「それにしても『分かち断つフラグメント』が『お前を斬れる刀』であって『お前に勝てる刀』ではないっていうのは一本取られたな。いやあ、まったくもってその通りだ。耳が痛いねえ……それじゃあ、見せてやろうじゃあないか」
「何をだ?」
「『お前を切れる刀』で繰り出す、『お前に勝てる技』をだよ」
スカルペルはそう言うと、『フラグメント』を中段に構えた。
「ほう」
それに応じて、ヨルも構えを取る。
「ならば儂は、それを正面から叩きのめしてやろうじゃねえか」
両者の間に静寂が漂う。先ほどまでの激しい攻防が嘘みたいだ。
一秒、二秒、三秒……、何秒か経った後、不意に『フールブック号』が揺れた。船の進行方向を上に変えたことで生じた、僅かな揺れだ。それが合図だったかのように、ふたりは同時に動いた。
交差の時は一瞬。そんな僅かな時間の後に何かが落ちた。ヨルの腕だった。
先ほどまで無傷だったはずの片腕が、肩からざっくりと切り落とされていたのである。
「がっ……!」
刃に触れたものを一切の抵抗を許さず両断するのが『分かち断つフラグメント』の特性だ。ならば、それが刃の方向に真っ直ぐ動けば、空気抵抗は生じない。何者にも邪魔されない速度に届くことが出来るのだ。
それを応用した神速の剣こそ、今し方スカルペルが披露した技である。
「凄いだろう? ドーピングで眼球周りの筋肉を発達させて動体視力を極限まで高めたフラスコちゃんですら視認できなかったくらいだぜ」
スカルペルの自慢はヨルの耳に届かない。彼はただ、己の足下に視線を向けていた。
腕が落ちている。誰の? 自分の腕だ。その表面に刻まれている龍の刺青を見間違えるはずが無い。
自慢の相棒だった。
唯一の武器だった。
己の誇りだった。
強さの象徴だった。
そんな腕と切り離されてしまった。
まだくっついている方の腕だって、十全な状態とは言いがたい。ほんの数分前に刀の貫通を許してしまったそれでは、ベストコンディションの戦闘なんてとても無理だろう。その事実を誰よりもヨル自身が理解していた。
これには流石の彼もショックを受けたようで、かつて死の直前にだって感じなかった絶望と虚しさが、心中から湧いた。
それと同時に声がした。
『聞こえてい■すか?』
透明感がありながらノイズが混ざっている声だった。
スカルペルの声で無ければ、ヨルの独り言でもない。周囲を見渡してみるが、倒れている『理解室』の誰かが話しかけている様子も見られない。
『聞こえているよ■で何よりです。波長や環境次第では声が届■なかったり、届いたとしてもそちらになんらかの不具合が生じ■りすることがあ■ので、不安だったんです■ね』
「誰だ?」
『ああ、申し遅■ました。私は天使です』
この世界の成り立ちに深く関わる存在を自称する声は、続けてこう言った。
『■■を支配し、管理し、司る■天使と申します。あなたの行く末に非常に興味があるの■すが、どうやら今にも殺さ■てしまいそうな様子。こ■は大変だと思い、寵愛を与え■べく、こうして天啓を送らせていただきました』




