58「もしも」
ロータローたちが落ちた先にあったのは、沢山の機械がごうごうと音を立てている部屋だった。
見覚えのある光景に、ロータローは『シットローズ号』の心臓部であった機関室を思い出し、きっとここも同じような用途の部屋なのだろうと考える。事実、その推測は正解だった。彼らは現在、エンジンルームにいるのである。
船の心臓部に到着した、と言えば聞こえが良いかもしれないが、この部屋にロータローの目的を叶えてくれるものがあるとは思えない。せめて小型の潜水艦でも見つかればよかったのだが、エンジンが所狭しと並んでいる部屋にそんな気の利いたものは置かれていなかった。
壁の向こうからは多くの足音が聞こえてくる。『理解室』が上から降りてきたのだろう。逃げ場を完全に塞がれてしまっている。
「あ、いいこと思いついちゃった! くっふっふっふふ!」 メェケンは頭上に豆電球が浮かんでいそうな顔をしながら言った。 「『自分達を脱出させなかったら、この部屋を爆破する』って脅すのはどーお? 向こうだって、その言葉がハッタリじゃないっていうのは十分理解するはずでしょ?」
「…………」
「なにさア? どうしたの? 変な顔になってるけど」
「い、いや、何でも無い」
いきなり『ハッタリ』という言葉が飛び出してきたものだから、てっきり『ハネモギ』が偽物であることがバレてしまったのではないかと思い、ドキリとしてしまった。
ともあれ、メェケンが提案した脅迫作戦。これは結構悪くない。しかし、百パーセント良いとは言い切れなかった。
エンジンが爆破されれば『フールブック号』に待っているのは確実な沈没である。いくらイカれた研究者集団である『理解室』とはいえ、そんな末路は望んでいないはずだ。その内この部屋に乗り込んでくるであろう彼らに向かって、先ほどメェケンが言ったようなことを言えば、渋々と脱出経路を開けてくれるかもしれない。
だが、その後はどうする?
まさか『エンジンルームの真横に『フールブック号』の出入り口があったので、すぐに脱出できました』なんて都合の良い展開があるわけがないだろう。ロータローの記憶が正しければ、ハッチがあるのは最上階のはずだ。仮にそこが唯一の出入り口だったとして、そこに辿り着くまでには、いくつかの階段を上らなくてはならない。その過程での自分たちの身の安全は確実だと断言するのは、些か楽観が過ぎるというものだろう。爆破の威力がエンジンルームに届かない場所まで離れた瞬間を狙って捕獲されるのがオチだ。
とはいえ、現状これ以外にやれることは思いつかない。
ならば、せめてこの部屋にやって来る追手だけはメェケン案で乗り切り、その後はタイミングを見計らって再度逃走するというのはどうだろうか。
「ふうん、それでいいんじゃない? でもさア、それってまた振り出しの状況に戻るってことでしょ? それともなに? 当てもなく逃げていたさっきとは違って、次は目的地を考えているの?」
「さっきフラスコ……あ、あの金髪の女な……が投げた注射が刺さって倒れた時さ、体が全然動かなかったんだよな。起き上がろうにも指一本動かねせえし、顔を上げることさえ無理だった。で、こう思ったんだよ。『まるで肉体の操作スイッチが壊れたみたいだ』って」
「ふぅ~ん。それがどうかしたの? 『俺はそんなヤバい薬からお前を守ってやったんだぞ』って恩着せがましいことでも言うつもりぃ?」
「いや、違う。この体験からふと連想したんだが、『フールブック号』の操作スイッチはどこにあると思う?」
操作スイッチ。
つまり、操縦席。
「そこならボタンやレバーを弄るだけで、こんな巨大な潜水艦を海上に向かって浮上させることができるだろ。そうなりゃ第三の密室は解けたも同然だ。あとはなんとかしてハッチまで辿り着いて第二の密室から脱出すればいい」
「『なんとかして』っていうアバウトな計画もそうだし、この船が深海から浮上したところで周囲に大海原が広がっているのは変わらないって問題も気になるんだけどさア……、そもそも操縦席がどこにあるのか知ってるの?」
知らない。
『フールブック号』に入ってからずっとひとつの部屋から出ておらず、それ故トイレがどこにあるのかすら知らないロータローが、操縦席の場所を知っているはずが無かった。
むしろこういう知識は長い間脱走生活を過ごしていたというメェケンに期待したいところだったが、残念ながら、彼女もまた、操縦席の在処を知らなかった。
「この場に機関長がいればよかったんだけどなあ」
「キカンチョー? 喋る鳥がいたところで意味ないでしょ」
「それは九官鳥だ。俺が言ってるのは機関長。……ええと、『シットローズ号』にそんな名前の奴がいるんだよ。理由あって機械方面の能力が凄く高くてさあ、その場にない機械の存在を、残り香から感じ取れるんだぜ。きっとアイツがここにいたら、操縦席の場所だってすぐに探り当てていたはずさ」
もっとも、そんな仮定の話をしたところで機関長が現れるわけがないので無意味なのだが。肩を落とすロータロー。
彼はまだ気付いていない。
現在、機関長どころか多くのアンデッドたちが、小型の潜水艦に乗って『フールブック号』を急襲していることを。
そして。
突入直後、操縦席の場所に目星を付けた機関長が、サスライと共にそこへ向かっていることを。
ロータローは何も知らないまま、エンジンルームの出入り口に目を向けた。
やがて扉が開かれる。重々しい音を立てながら開放されたそこには、『理解室』の追手が大勢いた。




