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ゴーゴーストーリー  作者: 女良息子
第三章 腕無しと理想郷の継承者
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54「みっつの密室」

 メェケンを無事鎮圧できた後になっても、ロータローの前にはいくつもの問題が立ちはだかっていた。

 現在、彼はみっつの密室の中にいる。ひとつ目は殺風景な実験室。ふたつ目は潜水艦型の研究船『フールブック号』。そしてみっつ目は船の周囲を覆う海水だ。

 特に最後の密室の存在は深刻である。『フールブック号』がどれほどの深さで潜行しているのか定かではないが、仮にロータローが流水に弱い吸血鬼体質ではなく、元水泳部としての泳力をフルに発揮できるコンディションだったとしても、深海の中を泳ぐのは不可能だろう。

 その上、これらの密室を突破する際には、ザナドゥを始めとする研究者集団『理解室』の手を掻い潜らなければならないのだ。難易度ベリーハードなミッションである。

 先日ザナドゥがサスライに向かって放った宣言を信じるなら、あと数日もしないうちに彼はとある島でサスライと再会するつもりのようだが、その時までロータローが無事である保証はどこにもないし、仮に無事だったとしても『シットローズ号』へと戻れる保証はもっとない。

 というわけで自力での脱出を試みる必要があるのだ。そういう意味では、ちょうどザナドゥたちがいないタイミングに乱入者が現れたのは僥倖だった。しかしまさか、それがメェケンだとは。


「そういや、どうして左腕だけないんだ? 『理解室』の奴らに実験で切られたのかよ」


「そのとぉ~り。でも、切られたのは左腕だけじゃなくて、両腕と両脚の四本だね。『手足を切るだけで「肉体破壊」と脱走の両方を封じられるなんて、一発の弾丸で二匹の獲物を仕留めるみたいにお得ですな』とかいうふざけたこと言われながらチョンパされてさア! 酷くない?」


「両腕と両脚? え、でも左腕以外は生えて……ああ、そういえば『肉体再生』の寵愛も持っていたんだっけ、お前」


「そだよオ。まあ、今は『シットローズ号』の船長の所為でだいぶ弱まってるけど」


 思い出したら怒りが再燃してきたのか、右手の指をイソギンチャクみたいにわなわなと蠢かせるメェケン。しかし、ロータローの手にある『ハネモギ』を見ると、彼女の怒りの炎はみるみるうちに勢いを落としていった。

 メェケンが達磨になった状態から右腕と両脚を生やして脱走したということは分かった。しかし、ザナドゥたちも馬鹿ではないはずだ。ロータローに施した実験みたいなことをすれば、『肉体再生』の存在はすぐに明るみに出ただろうし、そうと分かれば手足が元通りにならないように定期的なチェックをするはずである。

 ロータローがそのような疑問を投げかけると、メェケンは、


「モチのロン、アイツらは私の寵愛の再生ペースを把握して、それを踏まえた対応をしていたよ。でも、その再生ペースはあくまで『体全体を同時に再生した場合』のものだよね?」


「つまり?」


「全体じゃなくて一部分、例えば右腕だけに寵愛の力を集中させれば、通常よりも早く再生するってコト! くっふっふ!」


 得意げに笑うメェケンだった。

 彼女が『肉体再生』の寵愛を得たのはロータローたちとの戦いの最中という比較的最近の時期だったが、そんな得たばかりの能力で応用をあっさりとやってのけたとは驚きだ。

 馬鹿っぽい言動が目立つキャラクターをしているが、案外そういう部分では頭が回るのかもしれない。ロータローは密かに感心した。


「というわけで、『理解室』が把握しているよりも早いスピードで右腕と左脚を再生させた私は、収容されていた檻からの脱出を成し遂げたわけなのです!」


「へえ、やるじゃねえか。でも、右腕と左脚だけでよく脱出できたな。今いるこの部屋からの脱出に役立つかもしれないし、どうやったのか教えてくれよ」


「簡単なことだよオ~。同じ檻に収容されていた奴らのうち何人かを吹き飛ばして、それで起きた騒ぎのドサクサに紛れて逃げただけ」


「何やってんのお前!?」


 先ほどした感心を撤回しつつ、仰天したロータローは、メェケンが倫理的な部分が破綻した悪人であることを再認識した。

 とはいえ、当の本人である彼女は、今し方暴露した悪行をなんら罪と思っていないようで、武勇伝の一エピソードのように語り続ける。


「檻から出た直後はとりあえず通気口の中に入って、そこでもう片方の脚が回復するのを待ったよ。で、ついさっきようやく生え終わったと思ったら……」


「あそこから落ちてきたってわけなのか」


 顔を上げる。そこには穴がぽっかりと開いた天井があった。


「あそこまで上れば、この部屋から脱出できるか? いや、手術台を使っても高さが足りないな」


 あるいはメェケンと力を合わせて手術台の上で肩車をすれば、届くかもしれないが、どちらが上になるにせよ、『肉体破壊』の力を持つ女とゼロ距離で触れ合うのは避けたいところである。

 また、仮に天井裏に張り巡らされた空調ダクトの中を通って逃げたところで、この部屋に戻ってきたザナドゥたちが室内の惨状を目にすれば、逃走ルートなど一目瞭然だ。そうなれば、ロータローたちはあっさりと捕まってしまうだろう。

 天井裏を除けば、今のロータローが取れる第一の密室の脱出手段は、大きく分けてふたつだ。

 ひとつは扉か壁を壊す方法。とはいえ壁も扉も殴って壊せそうにない材質をしているし、扉にいたっては外から鍵をかけるタイプだ。当然、今は施錠済みである。実験体に拘束具を嵌めているとはいうのに、こういう所で油断をしないのが、ザナドゥのいやらしいところだ。メェケンとふたりがかりで扉にタックルすれば、いつかは壊せるかもしれないが、そんな身体を張った演奏じみたことをしていれば、脱出するよりも前に薬品庫から戻ったザナドゥや不審に思った『理解室』のメンバーがやって来るだろう。

 ふたつ目の脱出手段は、あえてザナドゥたちの帰還を待ち、扉が開いた瞬間にメェケンをけしかけるというものだ。『肉体破壊』の魔手に触れられれば、流石のザナドゥもひとたまりもないだろう。とはいえ、この作戦には大きな懸念がある。それは、この部屋に帰ってくるのはザナドゥだけでなく、スカルペルという男もいることだ。彼が弱っちいモブAみたいな非戦闘員ならば、メェケンがザナドゥを吹き飛ばしている間にロータローで対処しておくという手があるかもしれないが、しかし刀を背負った風体から、彼がそれなりに戦えるであろうことは容易に想像がつくことだった。そんな男を含めた二対二で勝負を挑むというのは、やや分が悪い。


「ねエねエ、そんなに考え込んでどうしたの? ここでボーっとしてると、あのマジでキショイヒョロガリが帰ってくるんでしょ? だったらさっさと逃げなきゃいけなくない? ほら、天井に穴があるし、あそこから逃げようよ。ふたりで肩車すれば届くじゃん。ねっ? ほらほら、別に『肩車で上になって先に天井裏に上がったら、そのあと引っ張り上げるフリで触れて、吹き飛ばしてやろう』なんてこれっぽっちも思ってないからさ。ねっ? ほらほらほら」


「あのなあ、今他の方法を考えているから少し黙っ……」


 言いつつ振り返ると、メェケンは撃たれると思ったのか、「ひぇっ」と体を震わせた。

 ……うーん、やかましくないのは助かるが、これはこれでやりづらい。

 そもそも、今のメェケンは全裸に首輪を付けているのである。そんな奴隷みたいな格好をしている女性を銃(偽物)で脅して言うことを聞かせるというのは、心理的な抵抗が結構ある行動だった。

 無論、メェケンは百回死んでも許されないほどの罪を犯している悪党であり、同情する余地なんて微塵もない。とはいえ、だからといって(偽りの)暴力を突きつけてなんら罪悪感が湧かないほど、ロータローは非情な人間ではなかった。


「……とりあえずさ、服貸すから着ろよ」


 細部に至るまで黄金比が内蔵されているほどに完成されたメェケンの玉体を目にして、この場で気恥ずかしくなるほどロータローの男の子の部分は不謹慎ではないが、現状あるやりにくさを少しでも解消するには、まず両者の格好をなるべくイーブンにした方がいいと思ったのだ。

 身軽すぎるメェケンに対し、ロータローのファッションはこの世界に転移するときに着ていた部屋着の上に船乗り風の上着を着込むという重ね着である。船乗り風の上着をメェケンに渡したところで、ファッションの風通しは全く変わらない。


「え、なに。オマエって銃を突きつけられて反抗できない裸の女に自分の匂いが染みついた服を着させるのが趣味の変態なの?」


「こいつっ……! 人の好意を……!」


 うっかり罪悪感を抱いてしまった自分が馬鹿に思えて、悲しくなるロータローだった。

 とはいえ、メェケンもずっと全裸でいるのは抵抗があったらしく、上着を渋々受け取ると、とても嫌そうな顔で着た。隠されたのは上半身だけで、下半身は太腿のやや上までしか隠れていないが、まあ先ほどよりはマシな肌面積である。


「でさア、そんな壁を眺めたところでどうするの? 爆弾でもないと壊せなくない?」


「やっぱそうだよなあ」 


『物質創造』で爆弾を作れればベストなのだが、ピーマンみたいな構造をしている銃しか作れないロータローでは不可能に決まっている。

 ならば、大きなハンマー、たとえば『理解室』の一員であるレンズが『シットローズ号』の船体に穴を開けた際に振るっていたようなものならばどうかと思ったが、それも先ほどと同じ理由により無理だ。まあ、仮に作れたところで、ロータローにそんなものを振り回せる力はないのだが。 


「じゃあ、ザナドゥたちが帰ってくるのを待っての奇襲……よりは、天井裏に逃げる方がまだリスクは低いのかな」


 ……………。

 ……………。

 ……………。

 ……………。

 …………ん?


「メェケン。お前さっきなんて言った?」


「え? 『喉が渇いてきたし、そろそろ水が飲みたいな』」


「こういう時に全然言ってなかったことを言う奴がいるか!」


「ええっと、『爆弾でもないと壊せなくない』?」


「そう、それだよ!」


 ロータローは失念していた。

 この場に爆弾があることを。

 メェケンの手にかかれば、自分自身が爆弾になれることを。


「お前って手に入れたばかりの『肉体再生』で『一部分に集中して、普段以上の速度で回復する』って応用ができたんだし、『肉体破壊』でもいつもとはちょっと違う使い方ができるんじゃないか?」


 たとえば。

 ロータローの肉体を一方向に向かって、普段以上の威力で吹き飛ばすとか。


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