53「”腕鳴らし”改め”腕無し”のメェケン」
落下系ヒロインなんて今日び珍しい気もするが、まさかそれがメェケンだったとは。いや、彼女はヒロインというよりヴィランなのだけども。
島ひとつを恐怖の圧政で治めていた大ヴィランだ。
老若男女を問わず虜にする美しさを湛えているその顔は健在ではあるものの、海上憲兵の大佐の証である真っ白な軍服を着ていない。
全裸にタグ付きの首輪をつけているだけである。そのファッションから彼女が実験体として『フールブック号』に乗せられていることが推測できた。
注目すべき点はもうひとつある。両腕が揃っていない。左側が欠けていた。実験の過程で切断されたのだろうか?
メェケンは驚愕に顔を歪めていたが、次の瞬間、そこに浮かぶ感情は憎悪に一転した。
「オ、マ、エぇぇえ〜! よくも私の前に顔を出せたなっ!」
「顔を出して来たのは突然落下して来たお前の方だろうがっ!」
「ぐぬぬ……ええぇ〜い! うるさいうるさいうるさいっ!」
メェケンは癇癪を爆発させると、右手でロータローの顔を殴りつけた。腹の上に乗っかるというマウンティングの姿勢を取っているとはいえ、そのパンチ自体に大した威力はない。同年代の女性の平均的なパワーよりもやや上、くらいである。
その上、今の彼女は何故か左腕を失っているのだ。つまり左右のバランスを大きく欠いており、そんなコンディションで腰の入ったパンチを放てるわけがない。
『ぽこっ』という可愛らしいオノマトペが似合いそうなくらいには非力なパンチだ。
しかし、メェケンの拳に宿る躰天使の寵愛は、触れるものに確実な死を齎す。
死神の如きその力は、片腕になった今も健在らしく、ロータローは頬を殴られた痛みを感じた瞬間には弾け飛んでいた。
ぼんっ。
ぱしゃあん。
細かくなった肉片が飛び散り、壁や床に叩きつけられる。殺風景だった部屋は一瞬にして赤く染まった。
けれども、まばたきするほどの時間が経つと、赤い汚れは消しゴムをかけたように消えており、ロータローは五体満足で元通りになっていた。
その一部始終を見届けたメェケンは、以前と同じく自分の寵愛がロータローに効かないことを思い知らされ、「ぐぬぬ」と歯噛みして悔しがる。
出会い頭に爆死させてくるなんて相変わらずトンデモない性格だ。
しかしメェケンの凶行は、今回ばかりはロータローに利益を齎した。
何故なら、弾け飛んだロータローが復活したのは、手術台ではなく、それから少し離れた床の上だったからだ。先ほどまで感じていた拘束具による圧迫感が消えている。試しに腕に力を入れてみればスムーズに動くし、腹筋に力を込めれば上半身を起こすことだってできた。
「おお……! なんだか結果オーライな気がするけど助かったぜ!」
「助かったぜ、じゃあない! ここで会ったが百年目! 記念に百回殺してやる!」
意味不明でめちゃくちゃな台詞を吐きながら、メェケンはロータロー目掛けて飛びかかった。
「ちょっ、タンマ! これ以上爆発させられたら、音で外にバレるかもしれねえ! そうじゃなくても、あともう少しでこの部屋にザナドゥが戻ってくるんだよ!」
待ったをかけるロータローだが、自分を破滅に追い込んだ原因を前にして復讐に燃えているメェケンは、聞く耳を持っていない。このままだと本当に百回殺され続けそうだ。
なんとかしてこの暴走機関車を止めなくては。
言いくるめるのは不可能。ならば、あとは実力行使しかあるまい。とは言うものの、半端者の吸血鬼であるロータローと躰天使の寵愛を受けているメェケンとの間には、腕一本がハンデにならないほどの戦力の差が横たわっていた。
「なにか、メェケンの弱点はないか……弱点……」
そう呟くロータローの脳裏に流れたのは、メェケンとの戦いの記憶だった。
あの時は硝子片を仕込んだ体で敢えて『人体破壊』を受けるという人間手榴弾じみた作戦で戦闘不能に追い込んだはずだ。とはいえ、今からそれを再現しようにも、時間と材料がない。
……いや、待てよ? たしか、その作戦の後で復活したメェケンをサスライが撃ったことで、あの時の戦いは完全に終わったのだ。たしか、あの銃は天使の寵愛を持つものに特攻を持つ、機関長お手製の銃だったはず。
「もしもアレが手元にあったら、形勢は逆転していたのかもしれないな……って、んなもん持ってたら、ここに連れて来られる前に使ってたわ!」
自分で立てた仮定に自分でツッコミを入れるロータロー。そうしている間にメェケンはぐんぐんと迫ってくる。
もうダメだ。このまま爆発され続けて、帰ってきたザナドゥにふたりまとめて捕まるんだ……諦めるロータロー。その時だった、彼の手に何かが現れたのは。
不意に出現した物体を訝しむ。目を向けると、そこには銃が握られていた。その造形はサスライの銃とそっくりだった。
「へ?」
あり得ない光景に目をパチクリさせる。依然として、見覚えのある銃はそこにあった。
どういう経緯で手元にあるのか理解不能だ。サスライから貸された記憶なんて、これっぽっちもない。
投薬のされすぎで幻覚が見えるようになってしまったのか? と、自分の正気を本格的に疑いそうになるロータローだったが、彼が見ているのが紛うことなき現実であることを、メェケンがリアクションで証明した。
「げえええええっ⁉︎ その銃はああああああ⁉︎」
彼女は銃を視認した瞬間にロータロー以上に驚き、脚にバネが仕掛けられているのかと思うくらいの勢いで飛び退いた。退魔の槍を目にした妖怪みたいなビビリ様だ。
さっきまでの威勢は何処に行ったのやら、端正な顔を冷や汗で濡らしていて、膝を震わせている。効果は絶大だ。余程この銃がトラウマなのだろう。
まあ、自分の頭を撃ち抜いた銃を恐れるなと言う方が無理な話である。
その頃になって、ロータローはようやく気が付いた。
『そこになかったはずの物体が現れる』という現象に、覚えがあることに。
『物質創造』。
真性の吸血鬼の能力であるそれは、半吸血鬼であるロータローでは使用できない。キロリッターから説明を受けた際に、そのように言われている。
しかし。
しかし、である。
先日のスピア国での一件の後、キロリッターから血を分け与えられたことで、ロータローの吸血鬼性は上昇したのだ。
ならば、『物質創造』スキルが使用可能になっていてもおかしくない!
「つまり、土壇場で覚醒したってことか……⁉︎」
感激するロータロー。
これで近代兵器を具現化させての異世界無双生活という夢想も実現可能であるという事実に、思わず頬が緩んでしまう。もしもすぐ傍にメェケンがいなければ、ガッツポーズをしていたくらいだ。
自分の成長の証にして、『物質創造』で生み出した第一号である銃を愛でるように、ロータローは握る手に力を込めた。
「……あれ?」
もうひとつ、気付く。
銃の重量が見た目に反してあまりにも軽いことに。
気のせいかと考え、試しに上下に振ってみた。やはり軽い。中身がスカスカなんじゃないか思うくらいだ。
しかも、銃の外見をよく見てみると、サスライの銃とは微妙に違う気がする。パッと見では気付かないかもしれないが、冷静な目で観察すれば一発で分かるくらいには粗悪な類似品だ。
「…………試しに撃っ、いや、やめよう」
考えうる限り最悪の結果だった場合が怖い。
どうやらロータローは『物質創造』に目覚めたとはいえ、キロリッターのようなハイレベルなものではなく、見た目が微妙に似ているパチモンを生み出すというなんとも粗末なものだった。
半端者に相応しい半端な能力である。
どうやら、真性の吸血鬼とやらになるのは、まだまだ遠い先の話らしい。ロケットランチャーや対物ライフルを使っての異世界無双なんてもっと遠い。
こうなると、冷や汗を流して膝を震わせるのはロータローの方だった。
握っている銃が偽物だとバレたら、メェケンはあっさりとこちらに手を伸ばしてくるだろう。騙されていたと知ったら、先程よりも強い怒りを向けてきそうだ。
とはいえ幸いなことに、メェケンはその事実にまだ気付いていないらしい。
手術台の陰に隠れて、こちらの様子を窺っている。
ロータローは構えた銃を手術台に向けた。
「ひえっ!」
メェケンはその場で飛び跳ねて怯えた。
「おっと、迂闊に動かない方がいいぜ。もしさっきみたいに俺に危害を加えようとしたら、この銃が」 「『この銃』? 名前は無いの?」 「……『ハネモギ』だ」
たしか機関長が対天使用の工学理論の説明中に実例としてサスライの銃の名前を上げた際に、そんなことを言っていた気がする。まあ、仮に記憶違いだったとしても、今この場にそれを指摘できるものはいないので、どうでもいいことだ。
「『ハネモギ』が火を吹くことになる。だから、」 「……やっ、やっぱさア〜、こうやって弱い者いじめをするのはよくないと思うなあ? うん、ヨクナイヨクナイ! だからここは、ほらねっ⁉︎ いったん休戦するってことで、ねっ? どう? どうどう?」 「分かったから少し静かにしてくれ。騒ぎすぎると外に聞こえる」
銃を見せつけるように動かすと、メェケンは右手で口を押さえた。息まで止めているんじゃないかと思うくらいにオーバーな行動だ。
すると、彼女は涙をボロボロと溢し始めた。
「ひぐっ、うえええええん!」
「だから大声出すなって! なんで急に泣いてんだ⁉︎」
「ぐすっ……だって、だってさア、久しぶりに人間を吹き飛ばせると思ったら、こんな風に追い詰められるなんて……酷い、酷いよ。あんまりだよぅっ! 左腕がない私を銃で脅すなんて、オマエに道徳心はないの?」
「てめーに道徳を説かれたくねえよ」
「オマエに抱いている怒りを、逃走生活で溜まったストレスを、どう発散すればいいのさあああああ。せっかく一方的にボコボコにできる相手を見つけたと思ったのにいいいいいい! うわああああん!」
「……………」
自分より年上の人間がガチで泣いているのを見て、ロータローはドン引きした。しかも泣く理由が酷すぎる。
感情が激しくて我儘な癇癪持ちのところといい、ふざけた言動が多いところといい、子供っぽい性格だ。
その後、ロータローは何とかしてメェケンを泣き止ませた。
こっちが泣きたい気分だった。




