48「くっだらない」
前の話で既に出ていたザナドゥ側のキャラクターの名前に統一感を出した方が覚えやすいと思ったので変えました。
シノギ→スカルペル、ソナー→レンズといった感じです。
揺れる視界。震える船。戸惑うアンデッドたち。
そんな中、完全に浮上しきった潜水艦は、上部に取り付けられているハッチを開いた。
中から人影が現れる。
それを見たロータローは目を見張った。何故なら、出てきた人物の枯れ木じみた風体に見覚えがあったからだ。
「お前は……この前の⁉」
「おや、そこにいるのはいつぞやの混ざり物の少年ではないですかな」
枯れ木の男はロータローの姿を認めると偶然の再会を祝福するように顔を綻ばせた。
「君もこの船に乗っていたとは奇遇ですなあ。それに……くんくん」 鼻を鳴らして臭いを嗅ぐ。 「……ふむ、濃い。潮風の只中にあっても感じられるほどに、『混ざり物』の匂いが濃くなっていますな。何かあったのですかな?」
「どうしたんですザナドゥさん」
続いて、ハッチから何者かが現れた。ザナドゥと呼ばれた枯れ木の男と同じく白衣を着流して、刀を背負った中年の男である。
彼はこちらに顔を向ける。その目元は殆どが前髪で隠れているはずなのに、ロータローは鋭く研がれた刃じみた視線を感じた。
「用があるのはシャングリラって女じゃなかったんですか?」
「あの少年は以前に町中で出会った知り合いですな」
「知り合い? へえ、そんな奴とこんな場所で再会するなんて、運命ってやつは分からないものですねえ……おぐぇっ!」
艦内から出てきた誰かが、ハッチの前に立つ刀の男の腰を背後から蹴飛ばした。
長い金髪の女だった。白衣をマントのようにして羽織っており、その下には同じく白いスーツを着こなしていて、手には唯一の黒である手袋を装着している。すらりと伸びた身長をしており、その外見から伺える年齢は、二十歳に成りたてくらいだろうか。
腰を押さえて蹲る男を見下ろしながら、女は冷たい声で言った。
「人間のように邪魔よ、スカルペル」
「せめて行動の前に文句を言ってくれないかなあ、フラスコちゃん! オジサンもう歳だから、腰にダメージがクるとキツいんだよ」
「うるさいわね。人間みたいに死ねばいいのに」
フラスコという名の女は毒を吐くと、つかつかと歩いてザナドゥの隣に立った。その後も、彼女以外に十数人の人間がぞろぞろと艦上へと登場する。彼らは皆一様に白衣を着ていた。それが自分たちのアイデンティティであるかのように。
スカルペルは腰を擦りながら立ち上がる。
「いたた、『理解室』のメンバーはこれで全員揃っ……あれ? レンズちゃんがいない⁉」
「ンッン~、彼女は先に行っているのではないのでしょうかな? 仕事熱心で何よりです、後でまた褒めてあげないといけませんな」
ザナドゥはそう言うと、背後に白衣の集団を従えながら、『シットローズ号』に向かって大声で話しかけた。
「初めまして皆さん。わたくしの名前はザナドゥ。この潜水艦『進み行くフールブック号』で研究をしている生物学者ですな。あなた方の船に我が盟友、ジャングリラが乗っていると知り、訪ねに来たのですがな」
恭しく礼をする。それは大げさすぎる動作であり、いっそ慇懃無礼にさえ見えた。
「シャングリラ……?」
ロータローは聞き覚えの無い名前を復唱する。『シットローズ号』に乗ってから日が浅い彼なら、まだ知らない船員が居てもおかしくない。
しかし、周囲の船員の反応を窺ってみても、誰も彼もが同様に首を傾げている。どうやら『シャングリラ』という人物は、『シットローズ号』全員にとって未知の名前であるようだ。
思えばザナドゥは、メェケンの島でも『何か混ざり物の匂いがする』の一点だけでロータローに誘拐じみたことをしようとしていた男である(その後、ロータローが実際に吸血鬼と人間の混ざり物であることが判明したが)。今回の件もまた、同じような思い込みから来ているのかもしれない。
こういうタイプとは関わっても良いことがなさそうなので、なるべく早くかつ穏便に帰ってもらいたいものだが……と、ロータローが考えていると。
甲板に足音が響いた。その方向に目を向けると、『シットローズ号』の船長であるサスライが船内から出てきていた。
半分だけ残った顔は不機嫌な感情を隠そうともしていない。いや、ロータローは『シットローズ号』に乗って以来、ご機嫌なサスライなんて滅多に見たことがないのだが、それにしても今の彼女の顔はいつも以上に苦々し気だった。
まるで、見たくもないものを見てしまったかのような。
会いたくない人と会ってしまったかのような。
そんな顔だ。
一方、ザナドゥの方はと言うと、サスライとは真逆のリアクションをしていた。
全身から漂う不吉な雰囲気を打ち消すほどに、輝く笑顔を見せている。感動のあまり、目尻に涙を浮かべていた。
「おお! やはりここに居たのですかな!」
「懐かしい名前で呼ばれたから、どこのどいつだと思って来てみれば。アンタか、ザナドゥ。随分変わったねえ」
「そう言う貴方も変わったようで。まさか、アンデッドになっていたとは驚かされましたな」
言葉を交わすふたり。それを傍から見ているだけのロータローは彼らの詳しい関係を知らないが、『シャングリラという名がサスライを指していて』『彼らふたりが旧知の間柄』であることを理解した。
「それで」 挨拶じみた会話を切り上げて、サスライは本題に入る。 「何の用だい? 古い知り合いの顔が見たいだけだったら、わざわざ自分の部下を見せびらかすように並べる必要はないだろう?」
「おお、話が早くて助かる。流石シャングリラですな」
「その名で呼ぶな。今のアタシはサスライだ」
「わたくしがここを訪ねたのは、シャングリラ、貴方と共に世界を救うためですな」
サスライの訂正を無視して、ザナドゥは続ける。
「現在、わたくしは『進み行くフールブック号』にて世界を救うための研究をしているのですな。『理解室』の方々の協力や実験材料の充実もあり、研究は順調に進んでいるのです。もしシャングリラがわたくしと協力してくだされば、救済の時は飛躍的に早くなるでしょうな」
つまるところ、ザナドゥはサスライを自分の船に乗せるために現れたのだ。
世界を救う。なんともヒロイックな動機である。
そんな勧誘の言葉に対し、サスライは、
「くっだらない」
と吐き捨てた。
「世界を救う、だあ? 間抜けかい、アンタは? この世界はね、二十年前にとっくに終わってるんだよ。そんなモンをどうやって救うって言うんだい。ふざけんじゃあないよ。アンタといいアトランティスといい、現実を受け入れられないまま英雄願望だけで突っ走ろうとする馬鹿は、見ていて吐き気がする。死ねばいいのに」
よほど『世界を救う』という言葉が頭に来たのか、辛辣な台詞を並べていく。言葉だけで相手を射殺できそうな勢いのマシンガントークだ。
真っ向から拒絶されたザナドゥは肩を落とした。
「おやおや、どうやらお断りになられるようですな」
「あーそうだ。分かったらとっとと失せな」
「それは残念。とはいえ、ここで退くわけにはいきませぬな」
ザナドゥがそう言うと、『フールブック号』の白衣の集団が一歩前に出た。好戦的な姿勢を隠そうともしない動きだ。
「わたくしは必ずや世界を救わなくてはいけませんので──まあ、同じ船に乗る仲間が居れば、他所からの言葉には否定的になるものですな。なので、まずは貴方のお仲間を先に切除することとしましょう」
サスライが勧誘を拒絶したのは、仲間がいるからではなく、ザナドゥが掲げる理念が気に食わなかったからというのは、どれだけ愚鈍な者でも分かるはずなのだが、彼はそうと理解していないようだ。
というより、理解しようともしていない。自分の理念を絶対的な物だと思っている狂人でなければあり得ない思考である。
「アンタ……アタシに、アタシの『彷徨えるシットローズ号』に攻撃するつもりかい? あのひよっこのザナドゥが随分偉くなったじゃあないか、ええ?」
声に苛立ちを滲ませながらサスライは懐の銃に手を伸ばした。
ザナドゥは眼前に手を掲げて、待ったを掛ける。それは、今しがたサスライが言った台詞を訂正するためだった。
「おっと、『攻撃するつもり』は間違いですな」
だって。
「既に攻撃しているのですから。私の仲間であるレンズが」
そう言った瞬間、『シットローズ号』は大きく揺れた。先ほど『フールブック号』が浮上した時とは違い、船体に大きな衝撃を受けた揺れだった。
まるで、船底に魚雷を撃ち込まれたような……いや、『シットローズ号』は実際に船底に何かを撃ち込まれていた。
ロータローは柵に駆け寄り、海を見下ろす。そこには大穴が開いた船体があり、すぐ近くの海面には何者かが居た。
それは魚人だった。上半身は白衣を着て眼鏡を掛けている人間の少女だが、下半身が蛸になっている。ロータローの乏しいファンタジー知識において、そのパッチワークじみたビジュアルは『スキュラ』という種族に分類されていた。
「ひゃっほう! 見て見てザナドゥさん! わたくし、ちゃんと仕事したよ!」
そう叫ぶスキュラ少女が高く掲げた触手には、鈍器が握られていた。石製の壁くらいなら容易く壊せそうな重量感があるスレッジハンマーである。
ザナドゥは満足そうに頷くと、
「よくやりましたな、レンズ。偉いですな」
と、褒める。
するとレンズと呼ばれたスキュラ少女は今にも昇天しそうなくらいに恍惚とした表情を浮かべた。彼女はザナドゥにかなりぞっこんのようだ。
船底に穴が開いた今、『シットローズ号』の位置は徐々に下降している。船員たちは慌てて修復に向かって行った。ちなみにヘルはいつの間にか消えていた。またどこかに隠れたのだろう。こういう時でも自分を曲げないのはある意味強さと言えるのではないか、とロータローは思った。
ロータローも船員たちに続こうとする。雑用しか任されたことがなく、船大工なんてやったことがないので、役に立てるかは分からないが、自分が乗っている船が沈みそうになっているというのに何もしないわけにはいかないだろう。
それにこれ以上甲板にいたら、これから始まるであろう戦いに巻き込まれかねない。そんな展開は御免だ。
そのような考えからロータローは走りだそうとした。
が、その時。
彼の体を……否、『シットローズ号』を……否、周囲の海を、大きな影が覆った。
顔を上げる。
そこには巨大な触手があった。
先日見かけた巨大イカよりも更に大きなイカが、天まで届きそうなほどの触手を振り上げていたのである。




