47「戦天使・ルハマエル」
ヘルの服装をコートから修道服に変更しました。
戦闘班の面々と邂逅してから数日後、『彷徨えるシットローズ号』は未だにどの島にも着いていなかった。
大陸の殆どが沈んだ世界においては、どれだけ漂流しても土地が見えないなんてことはザラにあるらしい。先のメェケンの島からスピア国までの直通便の方がレアだったのだ。
暇を持て余していたロータローは、何人かの船員と一緒に食堂でカード遊びに興じていた。
この世界にはトランプもなければポーカーもなく、代わりに見覚えのないカードとやったことのないルールがあるのだが、それは異世界から来たロータローでも覚えられる程度には簡単な遊びだった。また、カードに書かれているのが簡単な記号と図柄だけというのも、異世界の文字に通じていない身にとっては非常にやりやすい。
とはいえ、簡単なだけでなく、そこには駆け引きじみた面白さもしっかりあるというのだから、実によくできた遊びである。
今はゲームの終盤戦。次の一手で勝敗が決まるかもしれないという熱い展開だ。
ロータローは緊張で喉を鳴らしながら、他のプレイヤーの手札からカードを一枚引こうとした。
が、そこでうっかり手を滑らせてしまい、カードを落としてしまう。慌てて掴もうとしたが、滑空するように動くカードはロータローの手を巧妙に潜り抜け、後ろのテーブルまで飛んで行った。
そして、空中で見えない壁にぶつかるような挙動をした後、カードはそこで勢いをなくし、床に落ちた。
カードが見せた物理法則を無視した動きを訝しむロータロー。カードを拾った後、試しに見えない壁が存在するであろう空間に手を伸ばしてみる。触感が固い何かを認識した。
ドアをノックするみたいに叩いてみる。やはり、そこには見えない何かがあった。
ゴーストよりも透明で、スケルトンよりも固い。
不思議に思いながらベタベタと触っていると、壁が消えた。
一瞬で消えると言うというよりも、霧が晴れるような感じで不可視の壁は消えていく。ロータローはその消え方に見覚えがあった。
たしか、先日の戦闘班の会合でも似たようなものを見た気が……そう考えている間に、壁の中身が完全に露わになる。
そこでは庇護欲を擽られる小動物じみた姿勢で椅子に座っている修道服姿の少女が、こちらに迷惑そうな視線を送っていた。ヘルだった。
機関長曰く、ロータローはこの世界において天使から愛される才能がないらしいが、その愛されなさはどうやら幸運の女神との間にも同じことが言えるらしい。
というわけでその日のゲームの最終戦はロータローの惨敗で終わり、解散となった。負けで落ち込んだ気分を癒すべく、機関長のお茶を飲みに行きたくなったが、それは不可能である。
なぜなら、ヘルがどんよりと暗い雰囲気を放っているからだ。夜の闇よりも真っ暗なオーラである。放っておけば自殺するんじゃないかと心配しそうになるくらいだ(ゾンビであるヘルは既に一度死んでいるけども)。そんな人物を放って茶飲み話に出かけられるほど、ロータローは能天気な性格をしていない。
「いや、なんでお前が落ち込んでいるんだよ。さっき負けたのは俺だろ。ていうか、お前はゲームに参加すらしていなかっただろうが」
「どうせ……」
「どうせ?」
「大事なゲームの直前に私みたいな陰気な奴と接触したせいで、ケチが付いたと思っているんですよね」
「思ってねーよ! あの時俺がカードを選んだのは、お前と会う前だっただろ!」
自分を下げるのはクズ自称者のロータローもよくやることだが、ヘルのそれは行き過ぎている気がする。
自分さえ信じられないんだから、他人なんてもっと信じられない。たしか前にそんなことを言っていたな、難儀な性格だ、とロータローは思い出す。
「そんなに自分を下げる必要はないと思うぜ。少なくとも戦闘班なんていうスゲー組織に属している時点で、雑用や使いっ走りの俺よりは人の役に立ってるだろ? な?」
「たっ、戦うなんてこの船に乗ってるアンデッドの殆どが出来ることなんですううううぅぅぅ……私は雑用すらロクにできないから、戦闘班に入れられたんですよお」
今にも泣きだしそうな声で語るヘルだった、これではロータローが自分を下げてでも褒めた甲斐がない。
「でも、ほら、アレだろ? ヘルって天使から寵愛を貰っているんだろ? 凄いじゃん。羨ましいぜ」
天使の寵愛なんて、手に入れようと思っても中々手に入らないSSR級の能力だ。そんな物を持っているだけで、十分なステータスとなるだろう。
そのような考えに基づいて、上記のような台詞を吐いたロータローだったが、それを聞いたヘルは、ついに目から大粒の涙を溢した。嬉し泣きには見えない。どうやら、この話題は彼女の地雷だったらしい。
「そんなに羨ましいならくれてやりたいですよ、戦天使の寵愛なんて」
「ルハマ……なに?」
「どうせならお花の天使とか光の天使とか愛の天使みたいな可愛くてきらきらしてる天使からの寵愛が欲しかったに決まってるじゃないですか……」
ロータローは突然出てきた単語を聞き返したが、泣きじゃくるヘルの耳には届いていないようだ。あれだけ隠したがっていた天使の名前を明かしてしまったことにも気付いていない。
「思えば、生まれた時にこんな寵愛を持たされていた時点で私ってついてなかったんですううぅうぅ……その上ドジで頭が悪いから、いっつもイジメられてたし、海岸で滑って転んで頭を打って死んじゃうし、かと思えばゾンビとして蘇ってしまって、島のみんなから更にイジメられちゃうし……ううぅ~!」
話していて『シットローズ号』に乗る前のトラウマが蘇ったのか、ヘルは顔を覆いながら泣き喚いた。
適切なカウンセリングが必要だ。ここまでくるとコミュニケーション能力が最低のロータローの手に余る。こちらが泣きたくなるくらいだ。
「とりあえず一回外に出ようぜ。風に当たれば落ち着くって」
ロータローは自分が『シットローズ号』に乗ってからすぐ後に甲板に上がった際、風を浴びて風景を目にしたことで気分が軽くなったことを思い出した。アレと同じことをすれば、人間型ブラックホールと見紛うほどの暗黒女子であるヘルも落ち着くのではないかと考えたのである。
顔中の穴という穴から液体を垂れ流しているヘルの手を引いて、食堂を出る。そのまま通路を進み、甲板への扉を出た。
潮風が出迎える。開かれた視界の上を見上げれば、真っ青な空があり、ふたつの太陽が巨人の目のようにこちらを見下ろしていた。
そして海に目を向けると、陽光を反射して煌々と輝く海面が目に映る。
そんな、心が洗われるような風景の中に、異物が混ざり込んでいた。
最初は波に紛れるくらいに小さかったそれは、段々と大きくなる。
否。
大きくなったのではなく、浮上することでその巨体を露わにしたのだ。
浮上。そう、異物の正体は巨大な潜水艦だった。
そんな巨体が近くで浮き上がった所為で波が発生する。『シットローズ号』は大きく揺れ、ロータローたちはその場に倒れた。




